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脆いけど確かな幸せ
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一度目の人生。
わたくしは悪役だった。
「平民風情が!」
「きゃっ…!?」
わたくしは一度目の人生では、公爵家の娘だった。
婚約者は王太子殿下。
わたくしはキラキラしたものだけに囲まれて、蝶よ花よと育てられ生きてきた。
しかしそんな人生の中で最も愛した婚約者が「平民に惹かれたから婚約はなかったことにしたい」と言い出してから全てが狂った。
両親はわたくしが王太子を繋ぎとめられなかったことを責め、弟は使えない姉とわたくしを罵り、使用人たちは可哀想なものを見る目で見てくる。
「貴女さえいなければわたくしは…!」
「彼女に何をする!」
わたくしたちの通っていた学園の階段の踊り場で、わたくしは平民女をいびっていた。
けれど平民女を一度打って、もう一度打とうとした瞬間愛していた王太子殿下に階段から突き落とされた。
その後はわたくしは即死したそう。
結局王太子殿下はそれがトラウマになりまともに生きていけなくなって、王位継承権を返上して教会に出家してその後しばらくして衰弱死。
平民女はそれにショックを受けて自害したらしい。
だれも報われない話。
それを何故わたくしが知っているかといえば…同じ世界の違う時代に転生したからだ。
今世のわたくしはあのクソ弟の子孫として生まれたらしい。
ただ、そんなすったもんだがあったためか…転生直後、我が公爵家は結構カツカツだった。
王太子をダメにした賠償とか色々あったらしく、借金地獄に苛まれていた。
詳しい事情は別に知りたいとも思わないけれど。
「とはいえ、前世のわたくしのせいで今のわたくしが苦労しているのは因果かしら?」
苦労といっても、今は借金地獄は完済してむしろお金持ちで権力もある公爵家に返り咲いている。
だがその返り咲きのために苦労するはめになった。
わたくしは元々、前世から治癒魔術が大得意だった。
人生二週目の今世はもっと得意になり、魔力量ももっと多かった。
そこで、並みの医者には治してもらえない患者を治癒してがっぽがっぽ稼いだのだ。
結果お金持ちになり、権力者とのパイプを持つことになり、力ある公爵家に返り咲き、と。
その分今更治癒はやめられないので結果苦労しているのである。
「まあ、それはいいのだけど…」
二度目の人生、わたくしは人々を治して回る聖女として有名になってしまった。
そして、今世もまた第一王子との婚約を結ばれてしまったのだ。
今日、第一王子と初めて会う。
けれどなんとなく。
なんとなく、わかっていた。
「…ああ、やっぱり君か」
「いつぞやの階段ぶりですわね、我が君」
「…っ!」
「一言言いたかったんですの」
「…なんだ」
第一王子殿下の手を握る。
「あの時はごめんなさい。もう、あのことはお気になさらないで」
「…え」
「不幸な事故ですわ。わたくしが全て悪いんですの」
「君は…」
「あの頃わたくし、ちょっとおかしくなってたんですの。だから…」
今度は第一王子殿下がわたくしの手を握る。
「聞いたよ、あのあと聞いたんだ。君が、僕が他の女性に目移りしたことを家族から咎められ…君は針のむしろ状態だったと。僕のせいで君はおかしくなったんだ、君は悪くなかった。僕が不誠実だったんだよ」
「…第一王子殿下」
「ごめん、ムシが良すぎるとは思うけど…その声でもう一度、アッくんと呼んでくれないか…昔のように」
「…アッくん」
「ああ、ヴィイ…ごめん、本当にごめんっ」
わたくしを抱きしめる第一王子殿下。
一度目の人生で幼い頃に呼んでいたように呼ぶと、彼はわたくしを抱きしめた。
それからは二人で、少しずつ一度目の人生をやり直すように歩み始めた。
一緒に勉強してみたり、デートしたり、贈り物を渡しあったり。
それはそれは楽しい時間を過ごして、お互い少しずつ近づいていた。
けれど楽しい時間はあっという間。
わたくしたちはまたあの学園で、因縁の再会を果たした。
「…ヴィクトリア様、アンセル様。お久しぶりです」
「…エル、久しぶりだね」
「お久しぶりね」
平民女とかつて罵ったエル…さんとの再会は、正直ちょっとキツイ。
今世は聖女ムーブしていたから余計に。
「やっぱりお二人とも覚えてましたか」
「はは、なんか因果だね」
「…エルさん、あの頃は本当にごめんなさい」
「いえ…恋愛脳になって、バカをしたのは私の方です。ヴィクトリア様は悪くありません」
エルは微笑む。
「二度目の人生で、色々と己の在り方を再確認して…私は私に腹が立ちました。婚約者のいる男性から好意を寄せられてホイホイついていった私が一番バカだったと」
「僕も。こんなに可愛い婚約者がいながら目移りした僕が悪かったと思った。事の発端は僕だ」
「それならばそもそも、一度目の人生でアッくん…王太子殿下を繋ぎとめられなかったわたくしが悪いですわ」
「…なんか色々、空回りしてしまった感じですが」
「二度目でやっと、落ち着くところに落ち着けたかな」
エルは私に言う。
「今は身の丈にあった生活をして、穏やかで身分差もない素敵な人とお付き合いしています。ヴィクトリア様は?」
「わたくしは…出来る限り治癒魔術で人助けをしつつ、王太子殿下とイチャイチャしてるわ」
「王太子殿下は?」
「前回の人生を顧みつつ、愛すべき人と想いを紡いでいるよ」
「…よかった」
彼女は胸をなでおろして言った。
「もう、お互い関わらずに生きましょう」
「ええ、そうね」
「さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
この後わたくしたちは、本当にエルと関わることはなくなった。
そして時は過ぎ、わたくしとアッくんは結婚。
子宝にも恵まれて、忙しいけれど幸せな日々を過ごした。
時々人生を振り返っては、不思議なものだと思う。
悪役だったわたくしが、次の人生では聖女で王妃だなんて。
「ヴィイ、どうしたの?」
「アッくん…その、また思い出していたの」
「ああ…不思議だよね、本当に」
「ね」
アッくんはわたくしを抱きしめる。
「今君は幸せ?」
「ええ、もちろん。アッくんは?」
「君のおかげで、とても幸せだ」
アッくんを抱きしめ返す。
今度こそ間違えないように、今度こそ繰り返さないように…わたくしは不安を抱えながら、アッくんを愛し続けるのだ。
わたくしは悪役だった。
「平民風情が!」
「きゃっ…!?」
わたくしは一度目の人生では、公爵家の娘だった。
婚約者は王太子殿下。
わたくしはキラキラしたものだけに囲まれて、蝶よ花よと育てられ生きてきた。
しかしそんな人生の中で最も愛した婚約者が「平民に惹かれたから婚約はなかったことにしたい」と言い出してから全てが狂った。
両親はわたくしが王太子を繋ぎとめられなかったことを責め、弟は使えない姉とわたくしを罵り、使用人たちは可哀想なものを見る目で見てくる。
「貴女さえいなければわたくしは…!」
「彼女に何をする!」
わたくしたちの通っていた学園の階段の踊り場で、わたくしは平民女をいびっていた。
けれど平民女を一度打って、もう一度打とうとした瞬間愛していた王太子殿下に階段から突き落とされた。
その後はわたくしは即死したそう。
結局王太子殿下はそれがトラウマになりまともに生きていけなくなって、王位継承権を返上して教会に出家してその後しばらくして衰弱死。
平民女はそれにショックを受けて自害したらしい。
だれも報われない話。
それを何故わたくしが知っているかといえば…同じ世界の違う時代に転生したからだ。
今世のわたくしはあのクソ弟の子孫として生まれたらしい。
ただ、そんなすったもんだがあったためか…転生直後、我が公爵家は結構カツカツだった。
王太子をダメにした賠償とか色々あったらしく、借金地獄に苛まれていた。
詳しい事情は別に知りたいとも思わないけれど。
「とはいえ、前世のわたくしのせいで今のわたくしが苦労しているのは因果かしら?」
苦労といっても、今は借金地獄は完済してむしろお金持ちで権力もある公爵家に返り咲いている。
だがその返り咲きのために苦労するはめになった。
わたくしは元々、前世から治癒魔術が大得意だった。
人生二週目の今世はもっと得意になり、魔力量ももっと多かった。
そこで、並みの医者には治してもらえない患者を治癒してがっぽがっぽ稼いだのだ。
結果お金持ちになり、権力者とのパイプを持つことになり、力ある公爵家に返り咲き、と。
その分今更治癒はやめられないので結果苦労しているのである。
「まあ、それはいいのだけど…」
二度目の人生、わたくしは人々を治して回る聖女として有名になってしまった。
そして、今世もまた第一王子との婚約を結ばれてしまったのだ。
今日、第一王子と初めて会う。
けれどなんとなく。
なんとなく、わかっていた。
「…ああ、やっぱり君か」
「いつぞやの階段ぶりですわね、我が君」
「…っ!」
「一言言いたかったんですの」
「…なんだ」
第一王子殿下の手を握る。
「あの時はごめんなさい。もう、あのことはお気になさらないで」
「…え」
「不幸な事故ですわ。わたくしが全て悪いんですの」
「君は…」
「あの頃わたくし、ちょっとおかしくなってたんですの。だから…」
今度は第一王子殿下がわたくしの手を握る。
「聞いたよ、あのあと聞いたんだ。君が、僕が他の女性に目移りしたことを家族から咎められ…君は針のむしろ状態だったと。僕のせいで君はおかしくなったんだ、君は悪くなかった。僕が不誠実だったんだよ」
「…第一王子殿下」
「ごめん、ムシが良すぎるとは思うけど…その声でもう一度、アッくんと呼んでくれないか…昔のように」
「…アッくん」
「ああ、ヴィイ…ごめん、本当にごめんっ」
わたくしを抱きしめる第一王子殿下。
一度目の人生で幼い頃に呼んでいたように呼ぶと、彼はわたくしを抱きしめた。
それからは二人で、少しずつ一度目の人生をやり直すように歩み始めた。
一緒に勉強してみたり、デートしたり、贈り物を渡しあったり。
それはそれは楽しい時間を過ごして、お互い少しずつ近づいていた。
けれど楽しい時間はあっという間。
わたくしたちはまたあの学園で、因縁の再会を果たした。
「…ヴィクトリア様、アンセル様。お久しぶりです」
「…エル、久しぶりだね」
「お久しぶりね」
平民女とかつて罵ったエル…さんとの再会は、正直ちょっとキツイ。
今世は聖女ムーブしていたから余計に。
「やっぱりお二人とも覚えてましたか」
「はは、なんか因果だね」
「…エルさん、あの頃は本当にごめんなさい」
「いえ…恋愛脳になって、バカをしたのは私の方です。ヴィクトリア様は悪くありません」
エルは微笑む。
「二度目の人生で、色々と己の在り方を再確認して…私は私に腹が立ちました。婚約者のいる男性から好意を寄せられてホイホイついていった私が一番バカだったと」
「僕も。こんなに可愛い婚約者がいながら目移りした僕が悪かったと思った。事の発端は僕だ」
「それならばそもそも、一度目の人生でアッくん…王太子殿下を繋ぎとめられなかったわたくしが悪いですわ」
「…なんか色々、空回りしてしまった感じですが」
「二度目でやっと、落ち着くところに落ち着けたかな」
エルは私に言う。
「今は身の丈にあった生活をして、穏やかで身分差もない素敵な人とお付き合いしています。ヴィクトリア様は?」
「わたくしは…出来る限り治癒魔術で人助けをしつつ、王太子殿下とイチャイチャしてるわ」
「王太子殿下は?」
「前回の人生を顧みつつ、愛すべき人と想いを紡いでいるよ」
「…よかった」
彼女は胸をなでおろして言った。
「もう、お互い関わらずに生きましょう」
「ええ、そうね」
「さようなら」
「さようなら」
「さようなら」
この後わたくしたちは、本当にエルと関わることはなくなった。
そして時は過ぎ、わたくしとアッくんは結婚。
子宝にも恵まれて、忙しいけれど幸せな日々を過ごした。
時々人生を振り返っては、不思議なものだと思う。
悪役だったわたくしが、次の人生では聖女で王妃だなんて。
「ヴィイ、どうしたの?」
「アッくん…その、また思い出していたの」
「ああ…不思議だよね、本当に」
「ね」
アッくんはわたくしを抱きしめる。
「今君は幸せ?」
「ええ、もちろん。アッくんは?」
「君のおかげで、とても幸せだ」
アッくんを抱きしめ返す。
今度こそ間違えないように、今度こそ繰り返さないように…わたくしは不安を抱えながら、アッくんを愛し続けるのだ。
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