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中編
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馬車から出てきた娘を見て、ボドワン以外の全員は目眩がした。
この娘の母は、ボドワンから充分な援助を受けていたはず。また、母が急死してまだ間もない。
だというのに、その娘は痩せ細り、身体中に痣があり、そして風呂にも入っていないのかすごく薄汚れていた。
「…父上、どういうことですか」
「どういうこととは?」
「何故あの子はあんなにボロボロなのですか!」
ベネディクトが声を荒げる。ボドワンは困った顔をした。
「アリスティアは…悪い子だから躾のためだと聞いていたが」
「父上、何故そんな躾を止めなかったのですか」
ベルナールは拳を握る。息子の静かな怒りに気付いてボドワンは固まった。
「い、いや…」
「旦那様」
シャルロットはボドワンを思い切り往復ビンタした。
「最低です」
両頬に紅葉を作ったボドワンは涙目である。正真正銘のダメ男である。
そして、ブノワは一部始終をただ見ていた女の子…アリスティアの元に駆け寄った。
「えっと…アリスティア?かな?」
「うん!」
ボロボロの身体で、酷い目に遭ってきただろうに満面の笑みで返事をする幼い子にブノワは憐れみを抱く。
ブノワだけではない。シャルロットもベネディクトも、ベルナールもただただ可哀想なこの子をどうにかしてやらなければと思った。
「アリスティア、僕はアリスティアのお兄様だよ」
「お兄様?」
「そう。ブノワお兄様。あっちはベネディクトお兄様で、こっちはベルナールお兄様。これからは僕たちがね、アリスティアを守るから」
そう言ってブノワはアリスティアを抱きしめる。
アリスティアはといえば、言われたことがよくわからない。ただ、新しい家族が出来たのは理解した。
「アリスティア」
「うん?」
抱きしめられたまま、シャルロットを見つめるアリスティア。
「私はこれから、アリスティアの義母となるシャルロットと申します。以後、お義母様と呼ぶように」
「…お義母様?」
「ええ」
アリスティアは少し不安そうな顔をする。
「お義母様も、アリスを叩く?」
「…いいえ、しません。大丈夫、貴女を守ってあげますよ」
「本当?」
「ええ、本当です。では、早速…まずはお風呂に入りましょうか」
「お風呂?わーい!久しぶりだー!」
アリスティアのその言葉に、悲痛な表情を浮かべたシャルロット。ブノワがアリスティアの身体を離すと、シャルロットがアリスティアの手を優しく握って浴室まで連れて行った。
お風呂から上がったアリスティアは、見違えたように綺麗になった。傷んだ髪も、その後丁寧に切り揃えたのでそこまで目立たない。そして、用意された豪華なドレスを身に纏えば元々の顔立ちは良いのでそれなりに様になった。痛々しい痣と、細すぎる身体はどうしても目立つが。
「さあ、お腹が空いたでしょう?美味しいご飯を用意しました。食べなさい」
シャルロットが食堂にアリスティアを連れてきた。アリスティアは沢山のご飯を前に、目を輝かせる。
「これ全部アリスが食べていいの!?」
「いいのですよ。さあさあ、お食べなさい」
「わーい!」
豚の丸焼きに国産牛のローストビーフ、豪華な食事にマナーも何もなく齧り付くアリスティアに、シャルロットは優しく微笑んだ。
劣悪な環境にいたのだ。躾がなっていないのも仕方がない。今はそれよりも、美味しいものをたくさん食べさせてあげたい。
そこにベネディクトとベルナール、ブノワがやってきた。
「アリスティア」
ベネディクトとベルナール、ブノワもがっついて食べるアリスティアの様子を特に気にすることはない。そんなものだろうと見守る。そしてベネディクトが、夢中になって食べるアリスティアに話しかけた。
「なあに?えっと…ベネディクトお兄様?」
食べながらも視線はベネディクトに寄越すアリスティアに、ベネディクトは微笑んだ。
「父上のことは締めておいたよ。これからアリスティアはここで幸せに過ごせるからね」
「父上って、いつも来るあのおじさん?」
「…うん、そうだよ。あのおじさんはね、実はアリスティアのお父様なんだ」
「…お父様?なの?」
「うん」
アリスティアがどう受け止めるだろうかと不安になる一同だったが、アリスティアはパッと明るく笑った。
「お父様なんだ!わーい!」
「…アリスティア」
無邪気な様子がいっそ痛々しい。けれど、これからは自分たちがこの無垢な子を守る。それぞれがそう心に誓った。
お腹いっぱいご飯を食べたアリスティアは、今はすっかり安心しきった顔で眠っている。もちろん、アリスティアのために用意された豪華な部屋で。初めてのふっかふかのベッドに、すぐに眠りについた。
そんなアリスティアを、シャルロットはもちろんベネディクトとベルナール、ブノワは見守る。
「…兄上」
「なにかな、ブノワ」
「アリスティアは…どうしてあげれば、幸せになれるかな」
自分のことのように心を痛めたブノワの様子に、ベルナールは頭を撫でる。
「大丈夫。衣食住はここにいる限り保証できるし、あとは愛情を注ぐだけだ」
「愛情を注ぐ…かぁ」
「たくさん抱きしめて、たくさん頭を撫でて、たくさんの言葉をかけて、そうして安心出来る居場所を作ってあげよう。きっとこの子は、これから幸せになる。大丈夫さ」
兄二人に励まされて、ブノワはこくりと頷いた。
この娘の母は、ボドワンから充分な援助を受けていたはず。また、母が急死してまだ間もない。
だというのに、その娘は痩せ細り、身体中に痣があり、そして風呂にも入っていないのかすごく薄汚れていた。
「…父上、どういうことですか」
「どういうこととは?」
「何故あの子はあんなにボロボロなのですか!」
ベネディクトが声を荒げる。ボドワンは困った顔をした。
「アリスティアは…悪い子だから躾のためだと聞いていたが」
「父上、何故そんな躾を止めなかったのですか」
ベルナールは拳を握る。息子の静かな怒りに気付いてボドワンは固まった。
「い、いや…」
「旦那様」
シャルロットはボドワンを思い切り往復ビンタした。
「最低です」
両頬に紅葉を作ったボドワンは涙目である。正真正銘のダメ男である。
そして、ブノワは一部始終をただ見ていた女の子…アリスティアの元に駆け寄った。
「えっと…アリスティア?かな?」
「うん!」
ボロボロの身体で、酷い目に遭ってきただろうに満面の笑みで返事をする幼い子にブノワは憐れみを抱く。
ブノワだけではない。シャルロットもベネディクトも、ベルナールもただただ可哀想なこの子をどうにかしてやらなければと思った。
「アリスティア、僕はアリスティアのお兄様だよ」
「お兄様?」
「そう。ブノワお兄様。あっちはベネディクトお兄様で、こっちはベルナールお兄様。これからは僕たちがね、アリスティアを守るから」
そう言ってブノワはアリスティアを抱きしめる。
アリスティアはといえば、言われたことがよくわからない。ただ、新しい家族が出来たのは理解した。
「アリスティア」
「うん?」
抱きしめられたまま、シャルロットを見つめるアリスティア。
「私はこれから、アリスティアの義母となるシャルロットと申します。以後、お義母様と呼ぶように」
「…お義母様?」
「ええ」
アリスティアは少し不安そうな顔をする。
「お義母様も、アリスを叩く?」
「…いいえ、しません。大丈夫、貴女を守ってあげますよ」
「本当?」
「ええ、本当です。では、早速…まずはお風呂に入りましょうか」
「お風呂?わーい!久しぶりだー!」
アリスティアのその言葉に、悲痛な表情を浮かべたシャルロット。ブノワがアリスティアの身体を離すと、シャルロットがアリスティアの手を優しく握って浴室まで連れて行った。
お風呂から上がったアリスティアは、見違えたように綺麗になった。傷んだ髪も、その後丁寧に切り揃えたのでそこまで目立たない。そして、用意された豪華なドレスを身に纏えば元々の顔立ちは良いのでそれなりに様になった。痛々しい痣と、細すぎる身体はどうしても目立つが。
「さあ、お腹が空いたでしょう?美味しいご飯を用意しました。食べなさい」
シャルロットが食堂にアリスティアを連れてきた。アリスティアは沢山のご飯を前に、目を輝かせる。
「これ全部アリスが食べていいの!?」
「いいのですよ。さあさあ、お食べなさい」
「わーい!」
豚の丸焼きに国産牛のローストビーフ、豪華な食事にマナーも何もなく齧り付くアリスティアに、シャルロットは優しく微笑んだ。
劣悪な環境にいたのだ。躾がなっていないのも仕方がない。今はそれよりも、美味しいものをたくさん食べさせてあげたい。
そこにベネディクトとベルナール、ブノワがやってきた。
「アリスティア」
ベネディクトとベルナール、ブノワもがっついて食べるアリスティアの様子を特に気にすることはない。そんなものだろうと見守る。そしてベネディクトが、夢中になって食べるアリスティアに話しかけた。
「なあに?えっと…ベネディクトお兄様?」
食べながらも視線はベネディクトに寄越すアリスティアに、ベネディクトは微笑んだ。
「父上のことは締めておいたよ。これからアリスティアはここで幸せに過ごせるからね」
「父上って、いつも来るあのおじさん?」
「…うん、そうだよ。あのおじさんはね、実はアリスティアのお父様なんだ」
「…お父様?なの?」
「うん」
アリスティアがどう受け止めるだろうかと不安になる一同だったが、アリスティアはパッと明るく笑った。
「お父様なんだ!わーい!」
「…アリスティア」
無邪気な様子がいっそ痛々しい。けれど、これからは自分たちがこの無垢な子を守る。それぞれがそう心に誓った。
お腹いっぱいご飯を食べたアリスティアは、今はすっかり安心しきった顔で眠っている。もちろん、アリスティアのために用意された豪華な部屋で。初めてのふっかふかのベッドに、すぐに眠りについた。
そんなアリスティアを、シャルロットはもちろんベネディクトとベルナール、ブノワは見守る。
「…兄上」
「なにかな、ブノワ」
「アリスティアは…どうしてあげれば、幸せになれるかな」
自分のことのように心を痛めたブノワの様子に、ベルナールは頭を撫でる。
「大丈夫。衣食住はここにいる限り保証できるし、あとは愛情を注ぐだけだ」
「愛情を注ぐ…かぁ」
「たくさん抱きしめて、たくさん頭を撫でて、たくさんの言葉をかけて、そうして安心出来る居場所を作ってあげよう。きっとこの子は、これから幸せになる。大丈夫さ」
兄二人に励まされて、ブノワはこくりと頷いた。
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