アリスティアは幸福を知る

下菊みこと

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前編

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「申し訳なかった…」

「父上、最低ですね」

「どうするんですか…」

「あり得ない」

「旦那様…せめて子供が出来た時点で言いましょうよ」

妻子に土下座するのは、アンブロワーズ帝国の筆頭公爵家が当主、ボドワン。

数年前、彼は妻と子供たちを裏切り愛人を作っていた。相手は平民の女。その女は他に頼る人もなく、ボドワンからの援助で暮らしていたのだが…。

「愛人を作るのは、まあ、仕方がないとして。避妊はしましょうよ」

「してたんだ!してたんだが…」

「…はぁ」

妻の呆れた冷たい声に冷や汗を流すボドワン。ボドワンの妻シャルロットは目の前の男より、その愛人との間に出来た子供のことを考えていた。

「…愛人が事故で急死。愛人に頼れる人はいない。だから愛人との間に出来た娘を引き取りたい、ね。ご自分が何を言ってるかわかってます?」

「…」

ひくっと喉を鳴らす夫に、シャルロットは冷たい目を向ける。そして子供たちに言った。

「貴方達…将来は、お父様のような不義理を妻に働いてはいけませんよ」

「こうはなりません。一緒にしないでください」

「父上ほどクズじゃありません」

「浮気は好きじゃないなぁ…」

「うぐぅ…」

もう、父親の面目丸つぶれである。自業自得、その言葉がお似合いだろうか。

「父上、一応その子は私達の…妹にあたるんですよね?」

「あ、ああ。そうだ」

「ふむ…」

ボドワンとシャルロットの間に生まれた長男、ベネディクトは父の所業に思うところがないわけではない。が、まだ幼いという異母妹を見捨てられるほど怒り狂っているわけでもなかった。

ちらりと気遣わしげな目線を母に向ける。

「…ああ、可愛いベネディクト。母は大丈夫ですよ」

「母上…」

一方で、次男であるベルナールは正直イライラしていた。父の裏切りがどうしても許せない。

「…妹ね」

とはいえ、幼く頼る人もいない子供を切り捨てるのは貴族としてはあまりにも無責任。貴族としては育てられた彼には、それは選べない。

「兄上は…どう思う?」

「…見捨てることは出来ない」

「だよなぁ?…母上は?」

「引き取り、この家の娘として育てる他ないでしょう。…母も亡くした哀れな娘です。放置すればどうなることか」

「おお…ありがとう、ありがとう!」

妻子の言葉に感謝するボドワンに、シャルロットは呆れ果てる。

「言っておきますが、貴方を許したわけではありません。その子を受け入れるだけです」

「…すまない」

しゅんと肩を落とした夫に、ため息しか出ない。そこで、三男のブノワが声を上げた。

「僕は反対です!」

「ブノワ…」

「父上と不貞を働いた女の子供ですよ!?僕は受け入れられません!」

涙目でそう言うブノワを、シャルロットは抱きしめた。

「ブノワ。ごめんなさい、貴方にそんなことを言わせてしまって…」

「母上…」

「ブノワ、俺も正直イライラしてる。父上の裏切りは許せない。だがな、幼く頼る人もいない相手を見捨てることは許されない」

「…」

「私とベルナールの可愛い弟なら、きっとわかってくれるよね?」

誰よりも傷ついたはずの母、そして兄二人に説得されるとさすがに何も言えない。

「…はい」

「いい子ですね、可愛いブノワ」

そっと母に離されて、頭を撫でられる。ブノワは感情がぐちゃぐちゃになるのを我慢して、ぐっと下唇を噛んだ。

「ああ、ブノワ。ダメだよ。唇を噛んだら痛くなるよ」

ベネディクトが気付いて、優しく注意する。そんなベネディクトに、ブノワは今度こそ抱きついて泣いた。

そんな息子たちの様子にさすがのボドワンも心が抉られる。

「…すまなかった」

妻はただ、冷えた目を向けるだけだった。
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