異世界の神は毎回思う。なんで悪役令嬢の身体に聖女級の良い子ちゃんの魂入れてんのに誰も気付かないの?

下菊みこと

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ちなみに皇女様の国は後々勝手に自滅します。

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「おかしくない?」

「おかしくありませんわよ、別に。わたくしの家族も含めて、貴族なんて結果相手のうわべしか見てませんもの。ほら、このわたくしがあんなちんけな小娘と入れ替わっても誰も気付かないのが良い証拠ですわ。大親友を自称していたドロテだってほら。『今の貴女、輝いてるわ』ですって。わたくしの方があの小娘より素敵ですわよ!」

扇子をぶん投げても、魔力の障壁でモニターは無事だった。それにエルヴィールはさらに気を悪くする。そもそも扇子程度でどうにかなるモニターではないのだが。

「で?わたくしの世界の神様なんですわよね、貴方」

「うん」

「あの小娘にとってはただの異世界の神様でなんの関係もありませんわよね?」

「うん」

「…なんでわたくしの了承もなくわたくしの身体を差し上げてますの!?」

エルヴィールがブチ切れるのも仕方がない。異世界の神…エルヴィールの世界の神はやらかしていた。ただ、これが最初ではなく何回もやらかしていたので大体の会話の流れの持って行き方は心得ている。

「ごめんね、不甲斐ない神で。あの子の世界の神様との約束があって。聖女級の魂が不慮の事故や事件や自殺で寿命を迎えられなかったら、こっちの世界の悪い子の身体を貸してでも受け入れてあげて欲しいって。一度世界の危機を助けられてるから断れなくて」

「…その悪い子がわたくしですの?」

エルヴィールの機嫌がまた悪くなるが、異世界の神は無視して続ける。

「その代わり、君にもチャンスはあるんだ。どっちが良いかは君が決めて良いし」

「…ふむ?」

「一つ目は有利な条件での転生。今より更にいい家柄。容姿。才能。その三つが保証され、記憶も引き継がれる新しい人生。その代わり、いつかどこかの未来への転生になる」

「二つ目は?」

「転生する瞬間、なんらかの理由で命を落とした人への転生。ある程度の条件は絞ってくれて良いから、僕はそれに従って君をその身体を借りる形で転生させる。記憶はそのままだけどボーナスはないよ。その分転生した身体の記憶も転生する時追体験できるから、その人の技術や知識も吸収できるけどね。それに君が生きているこの時代に転生できる」

「わたくし、二つ目にしますわ」

エルヴィールは即決した。

「条件は?」

「そうですわね…わたくし公爵令嬢でしたから、それ以上となると…王族か皇族の人間が良いですわ。もちろん女性。歳はわたくしと近くて、美しい女性。もちろん出自もはっきりしていて、潔白で」

「…わかった。ストップ。そこまでは叶えてあげるからそれ以上の条件出さないで。転生できなくなるから!」

「あら残念。…え、本当にその条件で行けますの?」

「可愛い可哀想な皇女様なら行ける!いってらっしゃい!」

問答無用で神に送られたエルヴィール。…いや、今の彼女はエヴリーヌ・フェリシー・ベルトラン皇女殿下と呼ぶべきか。

彼女は失意の内に死んだエヴリーヌの記憶を追体験した。

針山の上で、彼女は目を覚ます。

「…控えめに言って、最悪でしたわ」

エヴリーヌの人生は悲惨だ。皇族であるにもかかわらず、魔力のなかったエヴリーヌは兄妹から蔑まれて育った。そしてある日、妹の罪を被せられ死罪に。

処刑方法はいくつか候補があったが、針山地獄に決まった。トゲトゲの岩がいくつも連なる山の崖から突き落とされて、生きていたら無罪放免。今まで築き上げた地位や権力、お金は帰ってこないが好きに生きて良い。死んだらそれで処刑は終わり。そんな処刑方法。

つまり。

「わたくしは自由。でも、せっかく皇族の身体なのにもう平民と同じですわね。まあ、元々冗談のつもりで出した条件ですもの。別に良いですわ。きっと、無残に死んだ身体でしょうに怪我ひとつないですしね」

とりあえず、どうにかして下山しなければならない。

「魔力のない身体ですけれど。わたくし、魔力は国一番でしたのよね。合体した今のわたくしは?」

魔力をそっと出してみる。結果前世と同じ魔力を出せた。

「…ふむ。わたくし、神様が割と憎めませんわ」

ということで転移魔法で『エルヴィール』のいた国に転移した。ベルトラン帝国は、エルヴィールのいた国…コルネイユ王国とは大陸ごと違うので、あちらに移れば大ごとにはならないからである。かなり距離があるが、彼女にとっては朝飯前である。

「…さて」

考えなければならないことは多い。まず自分は何と名乗るか。前世の名前はあの小娘の手前使えない。今世の名前は大陸ごと違うとはいえ同じ世界だし使うと面倒。新しい名前が必要だ。エルヴィールという前世の名前は気に入ってるから使う。フェリシーというのも響きが可愛いから使おうか。

「フェリシー・エルヴィール…ええ。わたくし、裕福だった平民の孤児のフェリシー・エルヴィールですわ」

いっそエルヴィールという名前をファミリーネームにした。いけるいける、バレないバレない。バレても平民の孤児だから問題ない。

一応見た目も魔法で変えることにする。人気のない森に転移しておいたので、まだ人には見つかってない今のうちに、皇族特有の銀の髪を美しい赤に。紫の瞳も知的な青に。これは偽装や目眩しではなく、ガチガチの人体改造魔法である。だから顔立ちはそのままにしておいた。元々可愛いし。スタイルもいいのでそのままで。

処刑服や粗末な靴も流石にやばいので魔法で今の見た目にも合う、上品なドレスへと作り変える。もちろん素材からデザインまで上質なものに。

…ちょっとやりすぎたかもしれない。普通に上流階級っぽくなった。が、まあ、『裕福だった平民の孤児』だから!ちょっと色々事情があるけど、この一張羅だけは手放さなかっただけだから!

…この言い訳は通るだろうか。取り敢えず森から出て人里に下りていく。この辺は一度と言わず何度も来たことがある田舎のお祖父様の家の近くだから、まあ、道はわかる。小さい頃駆け回って遊んでいたから。

「あ、クロードだ」

幼馴染を偶然見つけた。今はもう話しかけられないけど。

「大きくなったじゃない。かっこよくなっちゃって」

小さな頃は彼が好きだった。…本音を言えば、今でも好きだ。彼は平民だったから、叶わない想いだったけれど。

「…平民になった今なら叶うけど。一からやり直す勇気がないわ」

だから無理だと、思っていた。










「ということで、我が家に泊まることになった村の救世主のフェリシー・エルヴィールちゃんよ!」

彼女はあの後、村で自分の魔力を売りに何でも屋として働かせてくれと願い出た。村人達はそんな彼女に半信半疑でアレコレと頼み、彼女は規格外の魔力を使い全部叶えた。結果的に村の救世主とまで持ち上げられて、なんとクロードの家に住まわせてもらうことになったのだ。ちなみにお代は初回価格ということでお安くしてあげたのだが依頼数が多くそれなりの収入になった。

「よろしくお願いします」

皇女様の記憶の追体験から、自然と出た言葉。あの地獄のような追体験にも、彼女にとっては意味があったようだ。

「フェリシー・エルヴィールね。俺はクロードだ。よろしく」

「わたくしはフェリシーでいいわ。クロード、仲良くしてね」

微笑むと、なぜかクロードは止まった。そして。

「お袋、悪いけどこいつちょっと借りる」

「え」

「あらまあ、うふふ」

クロードは外に彼女を引っ張っていった。

「あの、クロード…」

「お前、こんなところにいたのか!心配してたんだぞ!」

「え」

「お前が急に反省しだしたって聞いて!会いにいったら聖女様みたいになってて!もうあいつはどこにも居ないのかって、なんでみんな別人になってるのに気付かないんだって!でもよかった、やっと見つけた…」

「クロード、貴方わたくしが乗っ取られたのに気付いてたんですの!?今のわたくしにも気付けるんですの!?」

彼女はあまりの嬉しさにニヤニヤする。

「当たり前だバカ!何年片想いしてると思ってんだ!」

「バカは貴方ですわ!わたくしも貴方に片想いしてましたのよ!両片想いですわ!」

「ばっ…か!言えよ!攫ってやったのに!」

「今から両想いになってご両親にも公認になっていただくからいいんですわ!」

「そっか。そうだよな!今のお前平民だもんな!」

紆余曲折はあったが、結局のところ物語というのは収まるところに収まるらしい。二人が家に戻ってすぐにクロードの両親に結婚の了承を得ようと説得し始めたところまで見て、神は微笑んでモニターを切り替えた。悪役令嬢になったあの子も上手くやっているし、聖女に転生した少女は…順調に破滅の道を辿っている。きっと僕の世界に魂を押し付けてくるあの神もモニター越しに愉しんでいるのだろうと彼の悪趣味を嗤いながら、次の魂が来るまで少し休むことにした。
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