異世界恋愛の短編集

下菊みこと

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魅了魔術で操られていた婚約者をどうしたら許せるか?

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私は侯爵家の娘。

婚約者は辺境伯家の跡取り。

生まれながらの婚約者。

優秀で見目麗しいアダン様。

身分以外どこまでも平凡な私。

たいして仲が良いわけでもなかった。

でも、裏切られはしないだろうと思っていた。

それはアダン様がどこまでも真面目で誠実だから。

相手の人の良さに、胡座をかいていた。

結果、私は見事に裏切られた。












「アダン様が、浮気…」

「そうだ、クロエ」

「どの程度なのです?」

「完全に沼ってる」

「あらまぁ」

兄からそんな話を聞かされ、さあ身の振り方を考えようという時。

もっと酷い話が耳に入った。

「アダンの女は、他の男にも股を開いてる」

「兄様、下品な言い方はやめて」

「あんな尻軽よりクロエの方が一億倍可愛いだろ!見る目のないクソどもめ!」

「兄様、言い方!」

兄は私に過保護だから、私のことになると頭に血が昇りやすい。

とはいえ我が侯爵家の跡取りなのだから、もうちょっと気をつけてくれるとありがたいのだけど。

「というか、アダン様も身体の関係はあるの?」

「ある」

断言されて、一瞬心臓が止まった気がした。

「それも誰が見てるか知らない野外でな、お盛んなことだ」

「…そう、なのね。兄様は、この後のことはどうしたらいいと思う?」

「捨てろ」

…まあ、私もそれしかないとは思う。

アダン様の今の落ちぶれ方は異常だ。

女一人にここまで振り回される人は、侯爵家の娘である私の相手に相応しくない。

「そうね、そうしましょう。特別な理由がない限り」

「特別な理由?」

「遠くのお国で、魅了魔術で混乱した国があったわ。もしそういう理由なら…当人に責任は認められない。相手有責とはいかないわ」

「あー…」

兄様が遠い目をする。

そして眉間に皺を寄せた。

「それがあり得たか。むしろその可能性の方が高そうだな、あの狂い方は」

「その場合は悪質な魔術の被害者という立場になるから、簡単には捨てられない。却って私の評判に傷がつく」

「だなぁ」

「とはいえ、ただでは済まさないけれど。迂闊にも魅了魔術に引っかかって私を裏切った責任は取らせないと」

「どうやって?」

どうやってもなにも。

「…」

「無言で笑顔向けないで。頼むから無茶するなよ」

「ふふっ」

まあ、とりあえず。

「魅了魔術の件、調べてくださる?兄様」

「もちろんだ。可愛い妹のためだからな」

さて、どう転ぶだろう。












「結論から言うぞ。魅了魔術だった」

「やだ、私ってすごい」

「ご明察だったな。で、魅了魔術を使った魔女は檻の中。魔力は封じられてる」

「うん」

「後日縛り首になるそうだから、それ以上報復は必要ないだろう」

なるほど。

これから死にに行く人間を甚振っても仕方ないか。

「だからあとはアダンの件だ」

「賠償金は魔女の持っていた資産から、アダン様や他の被害者に払われたのよね?」

「そうだな」

「他の被害者の婚約者は?」

「形の上では許してる。ただ、色々男側に首輪をつけたようだがな」

首輪ね。

色々不利な結婚条件を上書きでもしたんだろう。

「お前はどうする?」

「首輪は必要ないわ。そもそもうちに優位な婚約なのだから」

「ああ、まあな」

「正式な、誠意ある謝罪。それと、私が彼の身を清めることで手を打ちましょう」

「は?え?清めるって…」

物理的に、ですよ。兄様。

そう言って手にたわしを持った私を、兄様は青ざめて止めようとした。

でも、私が許す条件を変えることはなかった。

その日の午後。

私の屋敷で、とある男があまりの痛みに咽び泣く声が響いたそうな。













「その、クロエ、本当にすまなかった」

「アダン様こそ、お身体はもう大丈夫ですか?」

「ああ、幸いすぐに治った」

「そうですか」

「普段穏やかな君にあそこまでさせたのは俺の責任だ。本当にすまなかった」

誠心誠意謝ってくださる婚約者に、微笑む。

「あれだけされて、文句を言うどころか謝ってくださるのなら…もういいです。許します」

「ありがとう…!もう、二度と悪質な魔術には引っかからない。絶対に。そして、クロエを一途に愛する。本当に、すまなかった」

「いいんです、本当に。でも、その誓いは受け取ります。貴方をもう一度、信じます」

「クロエ…!」

ぎゅっと抱きしめられる。

単純な人だ。

嫌いではないけれど。

他の女と愛を確かめた、その身体が汚いとも思わない。

何故なら隅々まで綺麗にしてあげたから。

やはり、あの過激な躾は私たちが許し合うために必要だったと今でも思う。

大人の男が泣くほどの痛みだったようだが。

「アダン様こそ、私を嫌になったりしないのですか?」

「まさか!その、ずっと、クロエのことが大好きだったから…捨てられなくて、安心してる」

「まあ、お上手」

誠実なこの人らしくないゴマスリに思わず笑う。

「え、いや、世辞ではなくて…」

「ふふ、アダン様ったら」

「いや、だから本当に、昔から好きなんだ!」

「またまたぁ」

「本当に!本当に!」

こうなるならもっと前から素直に伝えるんだった!

そう叫ぶアダン様に首を傾げつつ、目の前の紅茶を飲み干した。

紅茶はとても、甘かった。















「クロエ、愛してる」

「あの、アダン様。会うたび挨拶のように愛を告げられると…その、照れてしまいますから」

「照れてくれ、そして信じてくれ」

「分かりました!信じますから!私も愛してますから!」

「その言葉を聞きたかった…!」
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