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改心はしないけど優しい心くらいはある
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グレース・イアサント・エルキュール。エルキュール公爵家の一人娘であったわがままな彼女は、ある女性をターゲットにいじめを行なっていた。
聖女ユリア。異世界から来たという彼女は聖なる力を使い沢山の人を癒して人気を集めた。
自分の代わりに爵位を継ぐため養子縁組された遠縁の親戚である義弟ヒューゴ・イポリート・エルキュールと、自分の婚約者である王太子オノレ・エルヴェ・コンスタンタンを含むたくさんの貴公子から愛されるユリア。グレースはそれが気に入らなかった。
だからといっていじめが正当化されるわけではないが、婚約者がいるのにユリアを愛するヒューゴやオノレはそれはそれで非難の対象にはなった。しかし、愛の前には関係ないらしい。
グレースはやがて、お決まり通りオノレやヒューゴを含めたたくさんの貴公子達に断罪された。それでも彼女が貴族令嬢であることには変わらなかったし、婚約破棄もされず、お咎めも謹慎処分だけだった。
そして、騒動が落ち着いた頃。王太子であるオノレと聖女であるユリアの結婚を多くの国民が望んでいるとして二人が結婚し、聖女が王太子妃となることが決定した。
グレースはそれならば婚約は解消か、と思ったが…ユリアには聖女としての仕事がたくさんあるので、王妃としての仕事がこなせる人材が欲しいと言われた。つまり、グレースが側妃になれと言うのである。
頭に血が上ったグレースはそのまま倒れた。そして、長い夢を見た。これまたお決まり通り、前世の記憶である。
その記憶では彼女は独身貴族であり、仕事をバリバリこなして、稼いだお金を貯金もして、贅沢もした。ただ一つの不満は、両親達から結婚と出産をと何度も言われること。彼女は結婚はしないと宣言していて、弟や妹が孫の顔を見せても言われるのである。正直煩わしかった。親より先に死んだ今となってはちょっと申し訳なくも思うが。
「…なるほどね」
グレースが起きて初めての一言がそれだった。
「いいじゃない。受け入れてやろうじゃないの。契約結婚」
これを契約結婚と言っていいのかはわからないが、オノレの心はユリアに有りおそらく子作りは強制されないだろう。むしろ全力でお断りされる自信がある。そして、仕事さえしていれば決められた範囲でなら贅沢ができる。将来の保証もある。
結婚と子供をせっつかれることもなく、仕事と贅沢を謳歌できる生活。乗らない手はない。
グレースは、基本的に前世の記憶を思い出してもそちらに性格を引っ張られることはなかった。わがままグレースのままである。しかし、価値観は少し変わった。バカにされているとか、プライドとか、どうでもいい。誰にも文句を言われない贅沢な生活の方が大事だった。いくら金持ち公爵家の長女といえども、側妃になった方がもっと贅沢できるというものだ。
前日とは一転してすんなりと側妃になることを受け入れたグレースに周りは驚いたが、グレースの意思は固かった。
ー…
王太子オノレが聖女ユリアと結婚して数ヶ月。側妃としてグレースが迎え入れられた。結婚式はユリアの時と違い質素なもの。しかしグレースはこれからの贅沢な生活を送るだと思えば我慢出来た。そんなグレースにオノレはぽつりと零す。
「…変わったな」
その声はグレースに届かなかった。
グレースは真面目に王妃として働いた。元々完璧主義なグレースなので、当たり前といえば当たり前だった。
そして、贅沢はするが決して決められた予算をオーバーすることはなかった。老後までしっかりと面倒を見てもらうためである。しかし前世の記憶も思い出して価値観の少し変わったグレースには十分すぎるほどの贅沢だった。
そして、心に余裕の出来たグレースは自分の虚栄心を満たすために行動に出る。自分のために使われる予算を、他で多少の贅沢をしてもオーバーしないギリギリの金額で、新しい孤児院を作ったのだ。これには彼女をわがままなだけの女だと思っていたヒューゴも、彼女が少し変わったと思っていたオノレも、いじめを受けていたユリアもびっくりした。
グレースの孤児院では職員への監視も徹底され、虐待は一切ない。美味しいご飯も十分な睡眠時間も温かなお風呂も約束される。条件はただ二つ。孤児であること、勉強を頑張ること。一定の期間で成績を上げなければ他の孤児院へ移動になる。全員血眼で勉強をした。そして、この環境をくれたグレースに心からの忠誠を誓った。
たまに慰問に行く時の子供達の忠誠に満ちた表情、職員達からの尊敬に満ちた表情、たまに会う貴族達からの賞賛の声。全てがグレースを満たした。
ユリアはいつのまにか自分を讃える声がグレースに移っているのに気付いて焦った。ヒューゴに「心配だから」とお願いして色々孤児院を探っても何も出ない。オノレにグレースの身辺調査をお願いしたが、「あいつも変わったんだろう」と相手にされなかった。
ユリアはより頑張って聖女として励むが、人とは慣れるもの。いつしかユリアの献身は人々にとって当たり前となり、グレースの慈善活動の方が賞賛を受けるようになった。
ユリアは褒められるのが当たり前になっていたのにいつのまにか褒められなくなり、自分を害した人間の方が褒められるようになったのに耐えられなかった。
ユリアは自分がされていた陰湿ないじめを、隠れてグレースにするようになった。しかし彼女の拙いそれはやがて使用人達にバレ、オノレの耳に入った。
この時ユリアは妊娠していたため処罰は猶予された。しかし彼女は猶予期間にも懲りずにいじめを行い、結果謹慎処分を受ける。その間は聖女としては活動出来ず、彼女への民衆の評価は下がる一方だった。
ユリアはその後双子の姫と王子を産む。産んだ後はすぐに取り上げられて、ユリアは一人、側妃をいじめた罪で離宮に生涯幽閉されることとなった。
グレースは一応世継ぎはいるので変な心配はないが、その世継ぎである子供達をどうするか迷った。母親を奪った憎い女認定されて復讐されても困る。そこで彼女は王妃としての仕事とたまの贅沢のための時間以外は、母親の代わりとして子供達に接するようになった。ますます周囲からの彼女の評価は高まる。彼女は幸福の絶頂だった。
その後ヒューゴから貴女を誤解していたと謝罪を受けたり、オノレから今まで悪かったと謝罪を受けたり、オノレから本当の家族になりたいと言われて突っ撥ねたりと色々と忙しくなったグレースだが、今はもっと幸せだ。幸福の絶頂をさらに超えた。その理由は。
「お母様ー」
「お母様抱っこー」
「はいはい」
ユリアの産んだ双子が、我が子のように可愛くなったからである。グレースは良い母親となっていた。しかしこれ以上子供を望むことはない。双子が王位を継承する際に余計ないざこざは必要ないからである。
それに、孤児院の子供達もいる。彼らは彼らで情が湧いてしまったので、可愛がっていた。
「お母様大好きー!」
「お母様愛してるー!」
「私もよ」
打算まみれの人間がこうも上手く幸せになるのだから、人生はわからないものである。
聖女ユリア。異世界から来たという彼女は聖なる力を使い沢山の人を癒して人気を集めた。
自分の代わりに爵位を継ぐため養子縁組された遠縁の親戚である義弟ヒューゴ・イポリート・エルキュールと、自分の婚約者である王太子オノレ・エルヴェ・コンスタンタンを含むたくさんの貴公子から愛されるユリア。グレースはそれが気に入らなかった。
だからといっていじめが正当化されるわけではないが、婚約者がいるのにユリアを愛するヒューゴやオノレはそれはそれで非難の対象にはなった。しかし、愛の前には関係ないらしい。
グレースはやがて、お決まり通りオノレやヒューゴを含めたたくさんの貴公子達に断罪された。それでも彼女が貴族令嬢であることには変わらなかったし、婚約破棄もされず、お咎めも謹慎処分だけだった。
そして、騒動が落ち着いた頃。王太子であるオノレと聖女であるユリアの結婚を多くの国民が望んでいるとして二人が結婚し、聖女が王太子妃となることが決定した。
グレースはそれならば婚約は解消か、と思ったが…ユリアには聖女としての仕事がたくさんあるので、王妃としての仕事がこなせる人材が欲しいと言われた。つまり、グレースが側妃になれと言うのである。
頭に血が上ったグレースはそのまま倒れた。そして、長い夢を見た。これまたお決まり通り、前世の記憶である。
その記憶では彼女は独身貴族であり、仕事をバリバリこなして、稼いだお金を貯金もして、贅沢もした。ただ一つの不満は、両親達から結婚と出産をと何度も言われること。彼女は結婚はしないと宣言していて、弟や妹が孫の顔を見せても言われるのである。正直煩わしかった。親より先に死んだ今となってはちょっと申し訳なくも思うが。
「…なるほどね」
グレースが起きて初めての一言がそれだった。
「いいじゃない。受け入れてやろうじゃないの。契約結婚」
これを契約結婚と言っていいのかはわからないが、オノレの心はユリアに有りおそらく子作りは強制されないだろう。むしろ全力でお断りされる自信がある。そして、仕事さえしていれば決められた範囲でなら贅沢ができる。将来の保証もある。
結婚と子供をせっつかれることもなく、仕事と贅沢を謳歌できる生活。乗らない手はない。
グレースは、基本的に前世の記憶を思い出してもそちらに性格を引っ張られることはなかった。わがままグレースのままである。しかし、価値観は少し変わった。バカにされているとか、プライドとか、どうでもいい。誰にも文句を言われない贅沢な生活の方が大事だった。いくら金持ち公爵家の長女といえども、側妃になった方がもっと贅沢できるというものだ。
前日とは一転してすんなりと側妃になることを受け入れたグレースに周りは驚いたが、グレースの意思は固かった。
ー…
王太子オノレが聖女ユリアと結婚して数ヶ月。側妃としてグレースが迎え入れられた。結婚式はユリアの時と違い質素なもの。しかしグレースはこれからの贅沢な生活を送るだと思えば我慢出来た。そんなグレースにオノレはぽつりと零す。
「…変わったな」
その声はグレースに届かなかった。
グレースは真面目に王妃として働いた。元々完璧主義なグレースなので、当たり前といえば当たり前だった。
そして、贅沢はするが決して決められた予算をオーバーすることはなかった。老後までしっかりと面倒を見てもらうためである。しかし前世の記憶も思い出して価値観の少し変わったグレースには十分すぎるほどの贅沢だった。
そして、心に余裕の出来たグレースは自分の虚栄心を満たすために行動に出る。自分のために使われる予算を、他で多少の贅沢をしてもオーバーしないギリギリの金額で、新しい孤児院を作ったのだ。これには彼女をわがままなだけの女だと思っていたヒューゴも、彼女が少し変わったと思っていたオノレも、いじめを受けていたユリアもびっくりした。
グレースの孤児院では職員への監視も徹底され、虐待は一切ない。美味しいご飯も十分な睡眠時間も温かなお風呂も約束される。条件はただ二つ。孤児であること、勉強を頑張ること。一定の期間で成績を上げなければ他の孤児院へ移動になる。全員血眼で勉強をした。そして、この環境をくれたグレースに心からの忠誠を誓った。
たまに慰問に行く時の子供達の忠誠に満ちた表情、職員達からの尊敬に満ちた表情、たまに会う貴族達からの賞賛の声。全てがグレースを満たした。
ユリアはいつのまにか自分を讃える声がグレースに移っているのに気付いて焦った。ヒューゴに「心配だから」とお願いして色々孤児院を探っても何も出ない。オノレにグレースの身辺調査をお願いしたが、「あいつも変わったんだろう」と相手にされなかった。
ユリアはより頑張って聖女として励むが、人とは慣れるもの。いつしかユリアの献身は人々にとって当たり前となり、グレースの慈善活動の方が賞賛を受けるようになった。
ユリアは褒められるのが当たり前になっていたのにいつのまにか褒められなくなり、自分を害した人間の方が褒められるようになったのに耐えられなかった。
ユリアは自分がされていた陰湿ないじめを、隠れてグレースにするようになった。しかし彼女の拙いそれはやがて使用人達にバレ、オノレの耳に入った。
この時ユリアは妊娠していたため処罰は猶予された。しかし彼女は猶予期間にも懲りずにいじめを行い、結果謹慎処分を受ける。その間は聖女としては活動出来ず、彼女への民衆の評価は下がる一方だった。
ユリアはその後双子の姫と王子を産む。産んだ後はすぐに取り上げられて、ユリアは一人、側妃をいじめた罪で離宮に生涯幽閉されることとなった。
グレースは一応世継ぎはいるので変な心配はないが、その世継ぎである子供達をどうするか迷った。母親を奪った憎い女認定されて復讐されても困る。そこで彼女は王妃としての仕事とたまの贅沢のための時間以外は、母親の代わりとして子供達に接するようになった。ますます周囲からの彼女の評価は高まる。彼女は幸福の絶頂だった。
その後ヒューゴから貴女を誤解していたと謝罪を受けたり、オノレから今まで悪かったと謝罪を受けたり、オノレから本当の家族になりたいと言われて突っ撥ねたりと色々と忙しくなったグレースだが、今はもっと幸せだ。幸福の絶頂をさらに超えた。その理由は。
「お母様ー」
「お母様抱っこー」
「はいはい」
ユリアの産んだ双子が、我が子のように可愛くなったからである。グレースは良い母親となっていた。しかしこれ以上子供を望むことはない。双子が王位を継承する際に余計ないざこざは必要ないからである。
それに、孤児院の子供達もいる。彼らは彼らで情が湧いてしまったので、可愛がっていた。
「お母様大好きー!」
「お母様愛してるー!」
「私もよ」
打算まみれの人間がこうも上手く幸せになるのだから、人生はわからないものである。
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