上 下
5 / 61

初めて気に入った女の子

しおりを挟む
今日はお忍びでとある教会の視察にきた。しかし、教会には星辰の神々のご加護が全く見えない。星辰の神々への信仰が足りない証拠だ。これでは文句の一つも言いたくなるもの。

聖王である俺は、神官たちを集めて説教を開始。しかし、そこに邪魔が入った。

「あの、私達も中に入って大丈夫…でしょうか」

空気の読めない小娘だ。顔立ちこそ可愛らしいが、どうせ顔だけの貴族の娘だろう。

「なんだお前」

「その、出家したくてご相談にきたんですけど」

神官になりたいらしい。だが、神官とは甘やかされてきた貴族の娘に務まる仕事ではない。

「はっ!お前のような小娘に神官が務まるか!」

「私は光魔法も使えますし、星辰語の翻訳もできます。バカにされる覚えはないです」

どうせ、ほんのちょっとできる程度だろう。少しいじめて現実を見せてやろう。

「…ほう?なら見せてもらおうか」

「はい?」

俺は自分の腕を、懐から取り出した短刀で切りつけた。それもすごく深く、大きく。並みの光魔法では治しきれないほどに。

「え?は?なにしてるんですか!」

「ほら、光魔法が使えるんだろう?治してみろ」

「…あーもう!」

貴族の娘は光魔法を展開する。魔力を注ぎ込めば、俺の傷は塞がった。俺の着ていた白い服に染み付いた血も、浄化される。

俺は驚き興奮して、娘に話しかける。

「お前、こんな技術どこで身につけた!どこの神学校出身だ!?」

「ジェムゥ神学校出身です」

「専攻は!?」

「星辰語です」

「よし、じゃあこの星辰語を翻訳してみろ!」

俺はもしや結構使える人材かもしれないと、興奮したまま娘に星辰語で書かれた古い資料を渡した。その場で翻訳して音読する娘。その才能に、俺は虜になった。これは、育ててやれば花が開くように国の宝となるだろう。

「やるじゃないか!お前、もしかしてベルとかいう星辰語の翻訳家じゃないか!?」

あ、という顔を見て確信する。この娘がベルだ。

「…ええっと」

「こんな教会で出家などもったいない!俺の元に来い!」

「俺の元に?」

よくわからないといった顔の娘。察しの悪さは、これからの課題か。

「失礼。お嬢様、我が主人が絡んでしまってすみません」

「あ、いえいえ」

俺の護衛が娘に話しかける。

「我が主人は、とある高貴な…」

「もったいぶるな!全部話して良い!」

「…我が主人は、皇帝陛下の大叔父である聖王猊下です」

「…え?」

「聖王猊下です」

ぽけっとした顔はとても可愛らしい。

「…え?」

「聖王猊下は今日はお忍びで教会の視察に来ておりまして」

わかってるのかわかっていないのか、頷いてはいる。

「聞いたことはあると思いますが、聖王猊下は皇族にも珍しい先祖返りのハーフエルフで、齢七十五歳の御老体です」

「体はまだ若い!」

御老体と言われて護衛を蹴る。

「ハーフエルフのため寿命が長く、身体の成長が遅くまだ少年に見えますがお爺ちゃんです」

さらに護衛を蹴る。まだまだ若いぞ!

「…まさか、本物ですか?」

「はい」

娘とその侍女はその場に這い蹲る。しかし俺は、娘の頭を上げさせる。

「いい。そんな畏まるな」

「は、はい」

「ほら、立て」

「はい」

娘と侍女は立ち上がる。満を持して俺は言った。

「お前を俺の妻兼星辰語翻訳の弟子にしてやる!」

「…はぃ?」

「結婚しろ!そして俺の元で働け!」

「…?」

なぜか理解できていない様子の娘。

「妻にしてやると言っているんだ」

「な、なんでですか?」

「気に入ったからだ!」

目が泳いでいる。どうしたんだろうか。光栄だろうに。光栄過ぎて狼狽えているのか?

「その…あの…聖王猊下…」

「うんうん、光栄だろう?」

「は、はい、とても光栄です」

「そうだろうそうだろう」

「ですがその…辞退させていただきます」

俺はその言葉に驚いて、でも言いたいことは言わせてやる。

「…何故だ?」

「その、私は元婚約者に捨てられたばかりでして…今はそんな気にはなれなくて…」

「そんな男、俺が忘れさせてやる」

まったく、こんな可愛らしい娘を捨てるとはバカな奴だ。こんなに有能なのに気づかなかったのか?それとも…優秀過ぎて、荷が重くなったか。

「それに、星辰語翻訳も私には荷が重いと言いますか…」

「大丈夫だ、安心しろ!ベルという翻訳家の能力は俺も知るところだ!お前ほどの実力があれば、魔法書の翻訳もすぐにできるようになる!光魔法も得意なようだしな!」

娘はなおも続ける。

「お互い名前も名乗ってませんし…」

「俺はユルリッシュ・ナタナエル!ナタナエル皇国の現皇帝の大叔父で、聖王だ!」

「は、はい」

「お前は?」

「…イザベル・ヤニックです。伯爵家の娘です。ベルという名で星辰語の翻訳家もしています」

やはりベルは娘のペンネームらしい。しかしイザベルか…良い名だな。

「これでもう不安はないだろう!さあ、俺と結婚しろ!」

「…ええっと」

なぜ困った顔をするのか。

「申し訳ございません。やはり私では荷が重いです…」

「…むう。強情だな。ならばこうしよう」

俺はイザベルの手を掴み、手の甲に手をかざした。…そして、星痕を宿す。

「え?猊下?」

「うむ。これでいい」

「なにしたんです?」

「星痕をつけた」

「え」

星痕とは、星辰聖王が妻とする相手につける印。浮気防止や危機回避などの色々な魔法を付与される。

「え、消してください!」

「いやだ」

「聖王猊下!?」

「結婚式が楽しみだな」

にっこり笑う。反対にイザベルは頭を抱える。素直に喜べばいいのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お医者様に救われたら、なんか家族になってたお話

下菊みこと
ファンタジー
魔法世界のご都合治療魔法。 魔法世界における自然派治療と現実世界の自然派療法はもちろん別物。 家族になる過程ももちろんご都合主義。 悲しくて可哀想で、そして最後は幸せな方向に無理矢理持っていくいつも通りのご都合主義。 そんな感じの短いSSです。 小説家になろう様でも投稿しています。

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

私のところの執事がスキンシップ過多なんですがどうすればいい?

下菊みこと
恋愛
異世界にもネット掲示板的なのがあったら? 小説家になろう様でも投稿しております。

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】見た目がゴリラの美人令嬢は、女嫌い聖騎士団長と契約結婚できたので温かい家庭を築きます

三矢さくら
恋愛
【完結しました】鏡に映る、自分の目で見る姿は超絶美人のアリエラ・グリュンバウワーは侯爵令嬢。 だけど、他人の目にはなぜか「ゴリラ」に映るらしい。 原因は不明で、誰からも《本当の姿》は見てもらえない。外見に難がある子供として、優しい両親の配慮から領地に隔離されて育った。 煌びやかな王都や外の世界に憧れつつも、環境を受け入れていたアリエラ。 そんなアリエラに突然、縁談が舞い込む。 女嫌いで有名な聖騎士団長マルティン・ヴァイスに嫁を取らせたい国王が、アリエラの噂を聞き付けたのだ。 内密に対面したところ、マルティンはアリエラの《本当の姿》を見抜いて...。 《自分で見る自分と、他人の目に映る自分が違う侯爵令嬢が《本当の姿》を見てくれる聖騎士団長と巡り会い、やがて心を通わせあい、結ばれる、笑いあり涙ありバトルありのちょっと不思議な恋愛ファンタジー作品》 【物語構成】 *1・2話:プロローグ *2~19話:契約結婚編 *20~25話:新婚旅行編 *26~37話:魔王討伐編 *最終話:エピローグ

美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました

葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。 前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ! だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます! 「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」 ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?  私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー! ※約六万字で完結するので、長編というより中編です。 ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...