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クロヴィス様の親戚の少女が怒鳴り込みに来た

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今日はクロヴィス様とシエル様が二人でお出掛けしている。いつもと違ってシエル様もいないので、ちょっと寂しい。クロヴィス様とシエル様が帰ってきたらファンサうちわでお出迎えするとして、待っている間何をしようかな。

「アリスティア様!」

「ポールさん。どうしたんですか?」

「申し訳ございません!ご当主様の親戚であらせられるニーナ様というお方が、突然お越しになられてアリスティア様を出せと…」

「あ、じゃあ今支度しますね」

「いえ、隠れていてください!何を言われるかわかりません!」

僕はポールさんの言葉に目をぱちくりさせる。何を言われるかわからないってなんだろう。

「ニーナ様はご当主様に昔から執着していらっしゃるのです。今回も、アリスティア様に婚約を解消しろと言いに来たに違いないのです」

「あー…」

やっぱりクロヴィス様、モテるんだなぁ。僕、男だし文句を言われても仕方ないよね。

「…でも、それならやっぱり僕が出た方がいいと思う」

「坊ちゃん、そんな危ない女に近付いたらダメですよ!」

マリスビリーは心配してくれるけど、そういうわけにもいかない。

「僕が出ないと、多分その子ずっと僕を出せって言ってみんなを困らせるでしょ?僕が出る」

「アリスティア様…」

「マリスビリーさん、アリスティア様は俺が守るから大丈夫」

リュックがそう言うと、マリスビリーは不安そうな顔をしながらも渋々引き下がる。

「行こう、アリスティア様」

「うん、行こうか」

リュックとマリスビリーについてきてもらって、応接間にいく。ポールさんにニーナ様を連れてきてもらった。

「アリスティア様、失礼致します。ニーナ様をお連れしました」

「ありがとう、ポールさん。はじめまして、僕はアリスティア。アリスティア・ベレニス・カサンドルです」

「あなたがクロヴィス様を誘惑した悪女ね!?」

「え」

誘惑した悪女?

「本当は私がクロヴィス様と結婚するはずだったのに!あなたが邪魔をするから!」

「えっと、とりあえず落ち着いて?」

「落ち着いていられるわけないでしょう!?」

ニーナ様は何か勘違いしているのかな。

「あの、僕は別にクロヴィス様を誘惑したりしてないです」

「嘘つかないで!じゃなきゃ私の求婚を断って、あなたみたいな胸の貧相な女を選ぶわけないじゃない!」

「えっと…世の中には貧乳が好きな人もいると思う…」

だからなんだってわけじゃないけど、うん。そういう趣味の人もいる。僕は胸より美脚派だからアレだけど。

「え、クロヴィス様はもしかしてあなたのような貧乳が好きなの!?どうしよう…」

そう言って自分の豊満な胸を押さえるニーナ様。なんというか、本当にクロヴィス様が好きなのは伝わってくる。

「えっと…クロヴィス様の好みは僕はわからないです…」

「そ、そう。そうなのね!クロヴィス様…どっちが好みなのかしら…」

…なんというか。猪突猛進だし傲慢さも見えるけど、クロヴィス様への純粋な好意は伝わる。可愛らしい人だと思う。クロヴィス様は迷惑がってそうだけど。

「…あの、ニーナ様」

「なによ」

「僕とクロヴィス様の婚約は、政略的なものです。政略結婚のために、僕は来たんです」

「…」

「僕の祖国はこの国の同盟国。同盟国の結束を固めるため、有力貴族同士の結婚を…というのが今回の政略結婚の主目的です。だから、誘惑したとかではなくて」

僕がそういうと、ニーナ様の目は怒りに燃えた。

「つまり、クロヴィス様のことは好きじゃないってこと?」

「そ、そんなことない!僕はクロヴィス様もシエル様も大好きだよ!でも、そうじゃなくて、どちらにせよクロヴィス様は我が国の有力貴族の女性と結婚するからニーナ様とは…」

僕がそこまで言うと、ニーナ様は今度は泣き出した。

「に、ニーナ様!」

「…ぐすっ。そんなの、そんなの最初からわかってるわよ!それでも…どうしても諦められないの!私はクロヴィス様が好き!愛してるの!」

「ニーナ様…」

僕はかける言葉が見つからない。ただ、その背中をさすることしか出来ない。

「あなたが、我が国の同盟国の有力な貴族のご令嬢なのは知っているわ。政略結婚の意味もわかっているつもり。でも、クロヴィス様が大好きなの…愛してるわ、心から」

「…」

胸が締め付けられる。僕は男で、ご令嬢ではないのだけど。ここまで素直に好きだ、愛していると公言できるのはすごい。僕は、どうだろう。クロヴィス様のことは好き。でも、シエル様も同じくらい好き。きっと、これは恋じゃない。クロヴィス様にはこんなに好きになってくれる人がいるのに、僕はその人からクロヴィス様を奪うのに。

僕は、男だからとクロヴィス様を最初から恋愛対象としては見ていなかった。

ー…僕は、どうするべきなんだろう。

「ニーナ様、僕ね」

「…ええ」

「クロヴィス様が大好き。本当だよ?シエル様も大好き。これも本当。でもね、クロヴィス様への好きはシエル様への好きと同じなんだ。やっぱり僕は、クロヴィス様に恋愛感情はない」

「あなた…!」

涙を流しながらも怒りの形相でこちらを振り向いたニーナ様は、僕の泣きそうな顔を見て固まった。

「僕ね、こんなだから。クロヴィス様から見ても恋愛対象外だろうし、最初からクロヴィス様を恋愛対象として見てなかった。でもね、ニーナ様の純粋な愛を聞いて、僕…もう、どうしたらいいか…」

「…」

「これは政略結婚。家同士の、国同士のための婚姻。僕に逃げる選択肢はないし、クロヴィス様もそれを選ぶことはない。なら、穏やかな幸せな生活をと思っていたけど…やっぱり、それだけじゃなくてもっと色々考えなきゃって思って」

「…そう」

「僕はどうするべきだと思う?」

ニーナ様はいつのまにか、震えるほどの怒りは消していた。

「甘えないで。それはあなたが考えることよ」

「ご、ごめん」

「…でも、そうね。あなたは色々貧相だし、頭も残念そうだし、顔しか取り柄がないように思うけど」

「ひ、ひどい」

「…でも、自分でちゃんと考えようとするのは偉いと思うわ。政略結婚のことも、シエル様のことも、クロヴィス様への思いもね」

ニーナ様の表情は、穏やかになった。

「…本当にムカつくけど、我が国の飢饉の危機を救った〝農業国から来た美食の神〟でもあるのだし?クロヴィス様の妻になるには良い功績だと思うわ。なんだかんだで役に立つところは、素直にすごいと思うわ」

「ありがとう…!」

「ていうかあなた、敬語じゃなくなってるわよ」

「あ、ご、ごめん…!」

「まあいいけど。…クロヴィス様は、女性にモテるわよ。恋愛対象として見るようになると、当然色んな子に嫉妬する毎日になるわ。とはいえあなたもボクっ娘なんか辞めて、男装もやめてきちんとドレスを着たらもっと可愛くなるわ。色々レクチャーしてあげましょうか?」

ニーナ様は、やっぱりなんだかんだ優しい。

「んー…必要になったら相談するよ」

「もう。やる気出しなさいよ」

「偽りの自分より、僕は僕のまま勝負したいかな」

「…そ。ならいいわ」

「…ニーナ様」

ニーナ様に謝ろうとすると、口を抑えられた。

「謝らないでちょうだい。私はあなたのために、クロヴィス様を諦めるわけじゃない。…私自身の、幸せを掴むためよ」

そう言い切ったニーナ様はとてもとっても眩しくて。

「…うん。わかった。ありがとう、ニーナ様。色々お話し出来て、僕…なんというか、とってもよかった」

「…私も、あなたと腹を割って話せてよかったわ。あなたを誤解したままだったら、ずっとずっとクロヴィス様を諦められなかった」

「そっか…でもさ、恋愛対象としては諦めるとしても、推し活はしてもいいんじゃない?」

「…推し活?アイドルの?」

「クロヴィス様の」

ニーナ様の目が点になる。

「どういうこと?」

「好きな人は推しでしょう?だから、推し活するの」

ニーナ様がポールさんの方を見る。ポールさんは何故かニーナ様に無言で頷いた。

「ファンサうちわを振ってお迎えしたり、グッズを作って部屋に飾ったり、楽しいよ」

「グッズを?」

「そう。ぬいぐるみ作ったり、絵を描いたり。そうだ、僕の部屋を見てみる?クロヴィス様グッズがたくさんあるよ?」

「ええっと…ええ、見てみるわ。なんだかすごく、ものすごく気になるもの」

せっかく打ち解けたので、ニーナ様を連れて自室に部屋に入った。

「見てみて!ここが僕のお部屋!すごいでしょう!」

「…控えめに言ってドン引きよ!なにこの部屋、私だってこんなマニアックなじゃないわよ!ベッドの上にクロヴィス様の等身大のぬいぐるみまであるし!怖いのよ!」

叫ぶニーナ様。そんなに変かな?

「変よ」

「え」

「顔に出てたわよ。そんなに変かなって。変に決まってるでしょ!まったくもう…そんなに好きなら、心配要らないじゃない」

「でも、恋愛感情とは違うし…」

しょぼんと肩を落とす僕に、ニーナ様はぺしっと肩を叩いた。

「これからゆっくり考えて、恋愛対象として見てみようと思ったらそうすれば良いじゃない。政略結婚なのだし!」

「でも…」

「安心なさい。あなたがクロヴィス様と恋愛関係になれないのなら、私がクロヴィス様の愛人になってクロヴィス様を毎日癒すわ」

「ええ!?」

そのニーナ様の言葉に、なんとなくモヤモヤする。

「…冗談よ。私はクロヴィス様と同じくらい素敵な殿方を捕まえて幸せになるもの。でも、今の私の言葉でそんな顔を出来るのなら、案外大丈夫だと思うわよ」

「え?」

「無自覚か…厄介ね。まあ、でも。あなたなら大丈夫。もしあなたが嫌じゃなければ、恋愛相談にもたまになら乗ってあげるから手紙でも寄越しなさい」

「…あのさ」

「なによ」

僕は意を決して、ニーナ様に言う。

「それ以外の時も、手紙を書いたり一緒にお茶会をしたりしてもいいかな」

「え?」

「僕のお友達になって欲しいな」

「…バカ。もうお友達でしょう?」

ニーナ様の笑顔は、やっぱり眩しかった。
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