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キツネの編みぐるみ

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キューのくれた黄色いキツネの編みぐるみは、現在オレの部屋の机の上に無造作に置かれている。

本来ならばキューのくれたプレゼントはどんなものにも価値を見出せるし、無造作に置くなんて勿体ないことはせず大切に飾る。

だが、どうにもこうにもこれだけは大切にし難い。

しかしモデルがキツネとはいえ…キューの手作りで、キューのくれたもので、キューとお揃いの品だ。あまりにも露骨に蔑ろにはできず。

苦肉の策で、よく使う机の上に転がしておくという良いんだか悪いんだか謎な扱いをする。

「…ちっ」

ふと視界の端に黄色い尻尾が見えて、ちょうど持っていたペンの先で突いてやろうとしたが失敗した。

目障りだな。

「キツネでなければ可愛がれたのに」

そう言って編みぐるみを優しくツンツンするが、オレがあの子のくれたものなら好きになれるかもしれないと思ってキツネで良いとしてしまったのだから今更だ。

「…キュー」

キューがお風呂から上がってくるのを待つ間に、キツネの編みぐるみを何度ツンツンしたことか。

今日も今日とて同じことの繰り返し。

ともかく愛用の日記帳は閉じてペンも仕舞い、また編みぐるみと向き合った。

「…この編みぐるみは、あの忌々しいキツネとは違う」

わかってはいるが、キツネだというだけで拒否反応が出るのも事実。

「…困った」

大切にしたいが、無理だ。

困ったな…。

「兄様、上がったよ」

ちょうどそこにキューが戻ってきて、意識が逸れた。

「おかえり、キュー」

今日もキューは寝巻きに着替えて、髪も梳かして乾かしてきたらしい。

「それじゃあおいで。兄様が今日も寝かしつけてあげようね」

キューと共に布団の中に入る。それまで布団を温めてくれていた湯たんぽは安全のために退けた。

「兄様…」

「うん?」

「兄様はキューが好き?」

「もちろん大好きだし愛しているよ」

前世の記憶の話をしてから、キューは眠る前に時々愛情確認をしてくる。

本人にとって、よほど辛い記憶なのだろう。

だからそんなキューに今オレにできるのは、こうして愛情を示すこと。

「…ほら、ぎゅーっ。好きでもない相手にこんなことはしないよ」

「うん…兄様、大好き」

「オレは愛しているよ」

心の底から愛おしい。

そんな気持ちがキューに伝わればいいな。

そう思っていつも大切に大切に強く抱きしめる。

「キューね、わかってるの。兄様がキューを愛してくれていること」

「うん」

「でも、わかりきっているのに時々不安になるんだ」

「いいんだよ。そんな時は兄様を頼っておいで。いつだってこうして包んであげる」

むしろ、こうして甘えてくれるのは嬉しい。

不安をそのままにせず、オレを頼ってくれて嬉しい。

オレからの愛を求めてくれるのが嬉しい。

「愛しているよ、オレの愛おしい妹よ」

「うん…」

「おや、安心したらおねむかな。おやすみ」

「…おやすみ」

そうして、眠気に負けてすやすやと寝息をたてる愛おしい子。

…ああ、やはりいっとう可愛い。
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