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契約

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ある時から突如流れ出した噂。

ある山に登れば、一匹の龍がいるそうだ。

死と引き換えに、なんでも願いを叶えてくれると言う。

その龍に出会えれば、私は幸福になれるだろうか。













「…ふー」

山に登るのは至難の業だ。

だってこの山は本来、人が足を踏み入れることを想定していないのだから。

「結局、獣にも出会わなかったな…」

獣に食い殺されるでもよかったのだけど。

あるいは、遭難するでもよかった。

でも、私は祠についた。

本来ならあるはずのない、祠に。

「龍神様、龍神様。どうか私を―…」

『ふふ、妙なお願いをする人間だ』

「―…」

いつのまにか、この世のものとも思えないほどに美しい男が後ろにいた。

長い髪を一括りにした、色白の男。

その辺にいたら違和感しかない、美丈夫。

『さあ、人間。僕に願いを託すなら、正直に答えなさい』

「…はい」

『ふふ、これを聞くのはいつぶりか…ねえ、君は生きたいですか?死にたいですか?』

「…消えたいです」

『ほう?』

興味深げな彼に告げる。

「くらげは…」

『ええ』

「あいつらは、溶けて死ぬそうです」

『ふふ、それはそれは』

「私は…くらげに憧れている」

彼の取ってつけたような笑みが深くなった。

『その胃の中で、溶かしてくれ…そんな願いを聞いて、興味を惹かれましたが』

彼は私の頬を撫でる。

『君は本当に、面白い。ねえ、僕と契約しませんか?』

「契約…」

『僕の願いを聞き入れるなら、引き換えに君を丸呑みにして生きたまま胃液で溶かしてやりましょう』

「…」

『ふふ、その代わり…僕が飽きるまで、君と友達ごっこをさせてください』

友達ごっこ…?

『僕が君を喰らい尽くしたくなるくらい、君に魅力を感じるか…あるいは、僕が君に飽きてぽいと腹のなかに飲み込むか。その時まで、君を見守りたい』

「え」

『僕にそんな変なお願いごとをするのは、君くらいのものなんです。ね、いいでしょう?』

にこっと笑う彼は、ひどいと思う。

こちらは死にたくて来たのに、見守りたいだなんて。

だけど―…

『その代わり、いずれにせよ最期には食い殺してやりますから…ね?』

「約束、ですよ」

『ええ』

そうして私は、彼と契約をした。

『さあ、胸を出して』

「え」

『その心の臓に、契約印を』

彼が私の胸に服越しに触ると、胸が熱くなった。

どうやら印をつけられたらしい。

『ふふ、これで君の命は僕のもの…僕の可愛い愛し子。僕のために頑張ってくださいね』

「…はい、龍神様」

クスクス笑うその男が、今から私の願いを握るのだ。
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