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生贄に選ばれたので暴れまわります。妹?元婚約者?全員私と一緒に生贄になぁーれ!

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はじめまして、ご機嫌よう。私、イネス・ノアイユと申します。男爵令嬢です。…一応は。

私は、父と継母によって虐待されて育ちました。

私は母の死後、すぐにやってきた継母の手により一番狭く暗い部屋に移され、一日のほとんどをそこに押し込められて過ごしました。さらに、食事も満足に与えられませんでした。ひどい食事にも慣れざるを得ない状況でした。私は自然と、狩猟を覚え、食べられる雑草と食べられない雑草の見分けがつくようになりました。調理の腕にも自信があります。

さらに、よく夜遅くに父の部屋に呼び出されました。父がひどく酔っている時が多かったです。そして、そこで酒をかけられたり、暴言を聞かされたり、時には暴力や…口にするのもおぞましい折檻が行われた時もありました。

おぞましい仕打ちを受け、怯えながら暮らしていた私は、いつも薄暗い部屋で、自分を守るように体を抱きしめ、座り込んでいました。

そんな私は、時折、屋敷を抜け出し人助けをすることがありました。例えば、足の不自由な人の介助をしたり、お年寄りの荷物を持ったり。それは全て、穢れた自分を浄化したかったからです。人助けをすれば、自分の罪を許される気がしたからです。私が何も知らない他人から、慈悲深いと言われるのは、自分を大事する心が欠けているからなのでしょう。

私は、薄汚れた人間です。父に「醜い下劣な女」と何度も言われました。私は、存在も許されない人間なのです。

なぜなら…私は、母が他の男と通じて作った子どもだったからです。父はそれに気づいていながら、それでも私を男爵家で育てていました。ある目的の為に。そして私は、父が私を恨む気持ちが理解できてしまうため、反発もできませんでした。

この国には邪神の花嫁という風習があります。百年に一度の風習で、今年がちょうどその年です。邪神とは、創造主にして我らが原罪、クレアシオン様のことです。クレアシオン様は地下にあるという世界、ユトピに住まう神であり、この地上の創造主。そして、好き勝手に地上の世界を支配した人間を一度滅ぼし、残った人間達による正しい統治を導いたお方です。しかし、多くの命を屠ったことにより邪神となり、人の様な姿からドラゴンのような姿になったとされます。

邪神の花嫁は、そんなクレアシオン様の悲しみを慰めるため人間達から捧げられる贄です。一日中ずっとユトピに繋がるという湖の近くで剣舞を舞い、湖に身を投げます。すると、不思議なことに遺体は上がってこないのです。それにより生贄はクレアシオン様の花嫁になったとされ、花嫁の家はクレアシオン様の加護により栄え、この国は加護により繁栄するのです。

そして邪神の花嫁は心が怒りや憎しみ、悲しみや嘆きにより濁った者が良いとされます。父が、血の繋がりのない私を男爵家で育てる目的はこれです。父や継母が、必要以上に私に辛く当たるのも私を邪神の花嫁としたいためなのです。

ですが、普通、怒りや憎しみ、悲しみや嘆きにより心が濁りきった者が残される者達のためにそこまでするでしょうか?いえ、しません。だから神殿は、闇の魔力を持つ神官に儀式の進行を任せます。闇の魔力は人を操れます。例外を除いて。その例外とは、闇の魔力の所持者。そうして、無理矢理剣舞を舞わせ、身投げさせるのです。

そんな中でも、私には心の支えがあったのです。それは、心優しい婚約者のアベル・ドルー様と、可愛らしい妹、アンジェル・ノアイユの存在でした。

だから、今起きていることが理解しがたいのです。

「イネス・ノアイユ。私は、君と婚約破棄し、君の妹、アンジェル・ノアイユと結婚することにした。アンジェルとの間に子供が出来たんだ。すまない」

我が家が一瞬で静寂に包まれます。父と継母は無表情で応接室のソファに座り、アベル様とアンジェルは私に向かってただ頭を下げていました。私は、呆然として立っていました。

「…、なぜ」

私の口から出たのは、ただそれだけ。

「…結婚前の火遊びのつもりだったんだ。ちゃんと避妊もしていたつもりだった」

その言葉に継母がくすりと笑います。…ああ、あの人が避妊具に細工をしたのですね。でも、もうどうでもいいです。もう、諦めてしまいました。私は心の支えだった彼らに裏切られて、もうぼろぼろでした。邪神の花嫁?喜んで。私の心は、たった今、怒りや憎しみ、悲しみや嘆きにより濁りきりました。すぐにでも邪神の花嫁に選ばれることでしょう。

「婚約破棄、確かに承りました。さようなら、アベル様、アンジェル」

頭を下げた。もう、部屋に戻ろう。

その直後、おそらく神殿からの使い魔だろう鳩が私を邪神の花嫁にするという手紙を持ってきました。私の人生最期の舞台。せめて晴れやかに、彩りましょう。

ー…

今日は儀式の日。私も、神官の命に従い、舞台の上に躍り出ました。…ですが、ここで一つ。神官の命とは違うことをしました。身体強化の魔法を自分にかけたのです。

…そして、儀式を見守りに来た父と継母、妹と元婚約者を舞台の上に上らせます。そう、私も闇の魔力の持ち主なのです。

血が飛び散ります。同時に、父の腕と足が転がり落ちます。バランスを崩した父は倒れ、しばらく呆然とした後。

「あぁああああああああっ!わしの、わしの腕が!足が!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃいいいいいいいい!」

「パパ!?」

倒れた父に駆け寄ろうとした妹を切り捨てます。

「お、ねえ、さま…?」

「ごめんなさいね、可愛いアンジェル。…おやすみなさい」

裏切られても、やっぱりアンジェルは可愛くて。だから、アンジェルは一瞬で首をはねて終わりにしてあげました。

「う、うわぁああああ!?」

儀式は当然大混乱。関係ない多くの野次馬は逃げ出しました。次いで、一応念のために置かれていた騎士様達も逃げ出します。闇の魔力を持つ神官様も、最後に結局逃げ出しました。…ですが、父と継母と婚約者は逃げ出せません。私が操っているので、当然ですね。

「…っ!まっ、待ちなさい!私は貴女の継母よ!穢れた貴女を愛してあげられるのは私だけ!ね、見逃してちょうだい!」

「今更何を言っているのですか?お義母様。お義母様もお父様も、アンジェルもアベル様も私と一緒に生贄になるのですよ?」

「な…!?イネスっ!育ててやった恩を忘れたか!?」

「いえ、お父様。貴方の仕打ち、怨は忘れませんわ」

そう言って父の腹を割き、継母の美しい顔を斬りつけます。

「あぁああああああああ!痛い痛い痛い痛い痛いぃいいいいいいいい!」

「私の、私の顔がぁああああああああああああ!?」

その後、継母も父と同じように腕と足を切り落とし腹を割きます。

「あ、ああああああああああああ!?」

「おやすみなさい、お父様、お義母様」

そう言って最期に、首を切り落とします。鮮血が舞う様は美しいです。

「…ああ、イネス。私のせいなのか?」

「ええ、アベル様。貴方のせいです」

愛しいアベル様。貴方が、愛しくて、憎くて、愛しくて、憎くて、愛しくて、憎くて、愛しくて、憎くて、愛しくて、憎くて、愛しくて、憎くて、愛しくて、憎くて、愛しくて、憎くて、愛しくて、憎くて、愛しくて、憎くて。…だから、殺します。

腕をもぎ、足を切り落とし、腹を割き、内臓をぶち撒き、そして頭を切り落とす。

何も喋らない…私を虐げたり、裏切ったりしない愛しい人達をそのままに、私は一日剣舞を舞い、湖に身を投げようとしました。その時でした。

「何もお前まで死ぬ必要はないだろう」

夜のような、優しい、低い声が響いたのです。

「クレアシオン…様?」

そこには、黒い鱗に紅い瞳の荘厳なドラゴンが佇んでいました。

…そして、私の愛しい人達の亡骸をその口から放つ焔で焼き尽くしました。

「!?」

「安心しろ。その者達の魂は輪廻の輪に乗った」

「それは…つまり?」

「生まれ変わり、また新しい生を受けることが出来る」

「…っ!」

安心したような、憎たらしいような。なんとも言えない気持ちでクレアシオン様を見つめます。

「それよりもお前、俺の花嫁になれ」

「つまり贄に?」

「違う。正真正銘の花嫁となれ」

私は目を丸くしてしまいます。プロポーズされているのでしょうか?でも、この深い夜のような声を聞いているととても癒されるのです。この方と共に行けば、私の孤独を癒せるような、そんな気がしていました。

「…喜んで」

そうして私は、気付けばプロポーズを受け入れていました。

クレアシオン様に連れられていったユトピは、それはそれは素晴らしい世界でした。あちこちに自然がありながら、進んだ文化もあり、妖精どころか幻獣や精霊、果ては精霊王や数々の神様が住まう世界なのです。この美しい世界に、私がいていいのでしょうか。

「そもそもな」

「はい」

「俺は邪神に堕ちてなんていないし、元々人間の姿にもドラゴンの姿にもなれる」

そう言って人間の姿になったクレアシオン様はとても美しい姿でした。

「生贄なんて、勝手に寄越されるから仕方なく魂を輪廻の輪に乗せてやって、身体だけ食ってただけだ」

「はぁ」

「つまり、贄なんて俺は必要としていない」

…なら、私の人生はなんだったのでしょうか。

「まあ、流石にそれだけだと可哀想だから加護は与えたけどな」

「そうですか…」

「だから、俺が愛するのは後にも先にもお前だけだ」

「…!?」

今のだから、はどこにかかっていたのでしょうか。あまりにも美しい方からの、あまりにも恐れ多い言葉とその優しい声になんとも言えない気持ちになります。

「…愛している。大事にする。だからまずは警戒を解け」

「そうはおっしゃられましても…なぜ私を愛してくださるのです?」

「俺は強い女が好きだ。慈悲深い女が好きだ。可憐で、容易く手折ることができそうな女が好きだ」

お前は全てに当てはまる、とクレアシオン様。買い被り過ぎではないでしょうか?

「…まあいい。そのうち俺に惚れさせて、幸せな家庭を持たせてやる」

喜べ、とクレアシオン様。私は、はい、としか答えられませんでした。

ー…

あれから随分と時が経ち、私は二男三女のお母さんです。クレアシオン様からもたっぷりと愛されて、子供達をたくさん愛して、今はとても幸せです。

「だから言っただろう?」

「ええ、クレアシオン様」

私は今日も、この方の隣で、幸せに生きています。
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