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ヤンデレ鬼からは逃げられないお話

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この村は山の頂に住む人喰い鬼さまのおかげで成り立っている。

他の地域は自然災害が多かれ少なかれあるのに、我が村は自然災害が起きることもなく。

天候も良く食べ物に困ることもなく、人々が飢えることもない。

村が戦に巻き込まれることもなく、他所で戦争が起ころうが我が村はいつだって安全で。

それらは全て、人喰い鬼さまのご加護と言われている。

しかも人喰い鬼さまは村の人間に手を出すことはなく、隣の村から食事となる人間を攫って食う。

なんでも、大昔に人喰い鬼さまの嫁となるはずの人間を隣の村の男が殺してしまった報復だとか。

それまでは人喰い鬼さまは、そもそもヒトを食べることもなかったらしい。

元は見目麗しい神だったが、隣の村の男の妻を報復に食べてしまってから人喰い鬼になったとか。

「…可哀想なお話」

同情など願い下げだろうとは思うが、元は神だった人喰い鬼さまにはどうしても同情してしまう。

まして人喰い鬼に堕ちてからも、我が村を守ってくださるのだからなおのこと。

だから今回のお話も甘んじて受けた。

…人喰い鬼さまの花嫁になる、というお話だ。

まあ、こういうのは大抵花嫁という名の生贄という意味だろう。

どうしていつも隣の村の人間ばかりを食ってきた人喰い鬼さまが私を欲するかはわからないが、どうせ私は孤児で村の雑用係。

人から必要とされることもない人間なので、むしろ喜んでという話である。

「では、深雪。人喰い鬼さまに失礼のないように」

「はい、村長さま」

もちろん、心得ている。

そう頷けば、村長さまも満足そうに頷いた。

村の近くに捨てられていた孤児の私を引き取って、ここまで育ててくださった村長さま。

私が成人してからも、村の雑用係としてそのまま屋敷に置いてくださった。

お役に立てるならば本望。
















山に登る私は振り返ることもなく、だから村長さまや見送りにきてくださった方々が涙を流して私の旅立ちを悲しんでくださったことにも気付かなかった。











山の頂に登るのは、意外と苦労はない。

きちんと人の登りやすいようにされた山道があり、また私は体力にだけは自信があったから。

白無垢はかなり、動き辛いけれど。

それでも登ることは難しくなかった。

そして辿り着いたのは、小さな社。

「…」

ごくりと、唾を飲む。

今から死ぬのだと思うと、少し怖い。

いや、嘘だ。

すごく怖くて震えてしまう。

それでも、村のためだ。

そう思って、社の中にいるだろうその鬼に声をかけた。

「…ただいま参りました」

「おお!ようやく来たね!深雪!」

…え?

なぜ人喰い鬼さまは私の名前を知っているのだろう。

そう驚いていた私に構わず、社の扉を開けて出てきた人喰い鬼さま。

その姿は堕ちた神とは思えぬほど見目麗しい。

「おや?そんな顔をしてどうしたの。俺のことは当然、覚えているだろう?」

「…えっと」

え、会ったことあるの?

よくわからない展開が続いて、黙ってしまう。

人喰い鬼さまはそんな私に首を傾げるが、「ああ!」と言ってポンと手を叩いた。

「そうか、人間は前世のことなど覚えていられないのか!」

「え」

「いやはや、これは失礼した。俺は前世のきみと恋仲でな。しかし、君は前世の記憶がない。つまり顔の似た別人のようなものだろう。失敬失敬」

にっこり笑ってそう言う人喰い鬼さまは、しかし何処かご機嫌で。

「えっと、あの」

「それならば、前世と同じ反応をくれそうだな」

「え…」

『花嫁とは比喩じゃない。本当に夫婦になるんだよ』

「…っ!?」

頭が途端に割れるほど痛くなる。

前も何処かで、このセリフを聞いた覚えがある。

けれど、気にしちゃいけない。

思い出したら最後な気がして。

「…ふふ、さあ。俺の花嫁、社の中へとおいで。今世は人間の男になど渡さないよ」

「…あ」

手を握られて、社の中へと引き込まれる。

「もう、君を殺されるのはごめんだからね。俺以外の者からは見えないよう術をかけてやろう。そして、俺の長い長い寿命も少し分けてやろうね。だから、今世は長生きしてずっと俺のそばにいるんだよ」

社の扉がパタンと閉じる。

人喰い鬼さまは私を抱きしめて離さない。

私は何故かうるさくなる心臓を叱咤して、こくりと頷いた。

「…今世の君は素直だね。よし、これで術もかけたし寿命も渡せた。これからはずっと一緒だ」

嬉しそうに笑う見目麗しい彼に、何故か冷や汗が止まらない。

「きみの尊厳を守るために…なんて嘯いて、きみを殺したあの男。だから俺も同じようにアレの妻を殺して食ったのだけど、未だに腹の虫が治まらない」

「…えっと」

「けれど君を手に入れたさっきの瞬間から、俺の心は穏やかだ。隣の村の人間も、もう襲う必要はないかな。君が俺のそばにいてくれる限りは」

「…!!!」

隣の村の人間に情があるわけではないが、途方もない悲劇から救うくらいはしてあげたい。

「ずっと一緒にいてくれるかい?」

「は、はい」

「それはよかった。では、俺の名前を呼んで」

「名前…?」

知らない。

知るはずがない。

そう思うのに。

「春信さま…?」

何故か頭に浮かぶ名前を口にすれば、目の前の人喰い鬼は笑った。

「やっと捕まえた」

どうしてだろう。

選択肢を全部間違えた気がしている。

けれど、今更逃げようとしてももう遅いのだと私自身がわかっていた。

初めてあったばかりの男に、私はそう恐怖していたのだ。

「愛してる。大切にするよ」

言葉は優しいのに、この不安はなんだろう。

いっそ不安の正体などわからない方がいいと私は直感してしまって、春信とやらに抱きついて甘えた。

そう、せっかく孤児の私に旦那様が出来たのだから。

家族、夫婦…呼び方なんぞどうでもいいが、満喫しなければ。

「甘えてるの?可愛いね」

そう言って頭を撫でてくれる旦那様に、思い切って身を委ねた。
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