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彼女のために祈る

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色々あって、天涯孤独な身の上だった私は空を飛んだ。

ブラック企業で体を壊したり、そのせいで働けなくなっても必要な支援を受けられず飢えに耐えきれなくなった結果である。

そして目覚めたら…煌びやかな部屋にいた。

どこかに頭のネジがぶっ飛んだ私の頭は、さっくりとその状況を理解した。

ああ、異世界転生か異世界転移だなと。

結果、その直後に急激な頭痛が起こり今世の記憶を瞬時に思い出す。

結果自我と知識が混ざり合う。

多分、知識の面だけを考えればわたくしは今チートレベル。

やろうとすれば軽く科学や文化に革命を起こせそう。

どうやら今世のわたくしは、この世界の大陸の中でも随一の国の筆頭公爵家の娘。

親にも兄にも愛されるわがままお嬢様。

うん、おそらくテンプレ悪役令嬢っぽい。

生まれながらの婚約者は嫉妬深く粘着質なわたくしと距離を置く。

そんな彼には病弱な義妹がいて、最近は彼女が寂しがるからとデートをぶっちされること多数。

義妹は最近彼の父が後妻に迎えた人の連れ子。

一応元々貴族の出身だが、なにぶん病弱なためかわたくしとは別方向で常識がないっぽい。

つい最近義兄になった人に寂しいからデートに行かないでってヤベェ女だなおい。

わたくしもこの女のせいではなく元々わがままで嫉妬深く粘着質なのでどっこいどっこいだけど。

とはいえ、前世の記憶(喪女だった)の混ざったおかげで自分を多少は客観視できたのでこちらはお先にヤベェ女は卒業しようと思う。

具体的に言うと、しばらく婚約者くんとは距離を置こう。流石に無視はしないけどこっちから連絡はしない。自由にしてやろう。

そして今まで無駄に彼の為にかけていたお金と時間(探偵を雇ってのストーキングとか必要以上の自分磨きとか)を慈善活動に使おう。

せっかくの公爵家の娘という出自なので、親と兄のスネをかじり遊び暮らすし自立はする気はない。

だがまあ、ここらで評判をあげるのは将来の役には立つだろう。彼に嫁ぐにしろ、義妹とやらに取られて破局するにしろ周りから同情をさらいやすい環境は必要だ。

それにほら、彼への気持ちも客観視すると愛とか恋とかではないただのお人形さん遊びの延長に感じてきたし。お互いもっと冷静になるにも冷却期間は必要だ。

「ということで探偵さんとマッサージ師さんに連絡だー」

探偵さんとマッサージ師さんに侍女を通してこれからはもうお願いしないと連絡したら、急なことにもかかわらず充分に稼がせてもらったからと快く許してくれた。言葉はもうちょい濁して言ってくれたけど。

ということで、探偵さんとマッサージ師さんに使っていたお金が浮いた。

そして探偵さんの作ってくれた資料を読む時間やマッサージを受けていた時間が空いた。

結果一日の殆どが空いた。

…どんな生活しとったんや、わたくし。

なので早速、慈善活動開始。

浮いた分のお金を寄付金として持参してある日は孤児院、ある日は養老院に慰問に行く。

あるいは浮いた分のお金を資金に、地域の教会と協力して貧民への炊き出しを実施。

他にも貧民への施しを個人的に行い、直接会って渡しつつ励ましの言葉を与えたりした。

結果、傲慢でわがままなお嬢様という評価から一転して領民たちも貴族連中もわたくしを褒め称えるように。

さらにわたくしが前世と今世の意識が混ざり合ったことで性格も変化したらしく、家族的に良い変化だったそうでさらに溺愛されるように。

プラスアルファー使用人たちに自然とお礼を言ってしまうようになりめちゃくちゃ懐かれ今まで以上に特に大切にされるようになった。

お友達からも性格が丸くなったと褒められるし、なんかもう良いことばっかり。

あとは婚約者との関係だけれど、冷却期間を置いたことでわたくしの中で彼への気持ちも落ち着いた。

嫌いにはなってないし、このまま結婚でも全く問題ない。だが、無駄な執着は無くなった…はず。連絡しなくても平気だし。

彼はわたくしから解放されて穏やかな生活を手に入れ、義妹を思う存分可愛がっているっぽい。これは調べたのではなく、憤慨した様子の兄の口から耳に入ってきた。わたくしのために怒っている兄がなんだか可愛くて、一応義妹なのだから浮気とは限らないと宥めておいた。

お互いのお誕生日やイベントごとは普通にお祝いするしプレゼントや手紙も贈り合うが、それ以外ノータッチになったわたくしと婚約者。けれどお互いそれで満たされた生活なので、まあ特別何の問題もない。

そう思って、結局三年くらいそんな生活が続いた。

で、いい加減結婚適齢期になった。

そろそろ結婚の準備も進むのかな、それとも破棄されたりするんだろうか。

そう思っていた時だった。

彼の義妹が突然亡くなった。

葬儀にも出席して、彼女を見送る。

特別関わることも無くなった彼女だが、人の死は悲しい。

悼むわたくしに、彼女の母…将来の義母になる人はなぜか感謝の言葉をくれた。

なぜ感謝されるのかわからないわたくしに、彼の父や彼からもお礼を言われる。

戸惑うわたくしに、彼が彼女からの手紙をくれた。

わたくし宛の遺書、ということになるだろうそれには彼女の切ない想いが書いてあった。

突然亡くなったと思っていた彼女だが、彼の義妹となったあの頃からもう余命宣告を受けていたらしい。

妙に寂しがりなのは彼への恋慕…も、実はあったらしい。が、それ以上に最後の三年間は「家族」というものを感じていたかったのだそう。

彼の家族になる前の彼女は、複雑な家庭環境と病気で苦しい人生だったそうだから。

思っていた数倍可哀想な人だった。ヤベェ女認定してごめんよ。探偵さんには彼女のことまでは依頼してなかったし説明されないしで、本当に全然知らなかった。

そしてあの頃、婚約者には文句を言っていたものの流石に病弱な彼女本人には何も言わなかったわたくし。

その後彼を彼女に譲ったのは、こちらは冷却期間のつもりだったが…彼女にとっては最後の思い出作りとなったそう。

「…彼女の希望で、君には亡くなるまでは余命宣告については言えなくて」

「そうですか」

多分、余命宣告のことを言えば譲らざるをえなくなるのがなんとなくフェアじゃないと感じてたのかな。彼への恋慕の情を考えれば…なんとなくそれは悔しかったとかかも。

「ごめんな、婚約者に我慢させるなんて普通じゃない。君の兄からも散々怒られた」

「え、あれだけ宥めたのに…お兄様ったらもう」

「それも兄君が言ってたよ、妹は健気にも庇うようなことを言っていると」

「お兄様ったら…」

「本当に今までごめん。我慢させた分、君に尽くすから」

彼の父や彼女の母も、お礼にできることはなんでもすると言ってくれる。

「…いえ、ただ尽くさせるだけなんてフェアではありませんわ」

「え」

「だって幼い頃からずっと、わたくし貴方に散々粘着して迷惑をかけていましたもの」

「まあ…ふふ、そんなこともあったけど」

冷却期間のおかげか、彼は今ではあのクソヤバ粘着すら笑って許してくれるらしい。

「だからお互いに尽くしあって、おしどり夫婦を目指してくださる?」

「いいのかい?」

「どう考えても前までのわたくしは悪役令嬢ですので、どうぞお気になさらずに」

「…今の僕から見れば、聖女どころか天使なのだけど」

彼の家族もウンウンと彼の言葉に頷くものだから、笑ってしまう。

まあ、雨降って地固まるでいいのかな。

とはいえ。

「…今世もなんだかんだ、少なくとも最期の三年間は良かったようですけれど。来世は健康に、もっと幸せになってくださいませね」

今は彼女のためにただ祈ろうか。
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