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罪悪感とか今更なお話

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「お嬢様。お迎えにあがりましたよ」

そう言って私に手を伸ばす貴方は、誰よりも優しい笑顔を見せてくれる。だから私も、笑うのだ。

ー…

私はナタリア・カートレット。公爵令嬢だ。私には想い人がいる。私の執事、クリスティアンだ。クリスティアンはいつも完璧な執事。けれど二人きりになった時には、幼馴染で恋人だ。

「ナターシャ。愛してる」

「私もクリスを愛しているわ」

「お前の結婚まであと三日」

「…婚約者はいい人よ。それはわかっているの。けれど、やっぱり私はクリスじゃないとダメなの」

「…本当にいいんだな?」

「ええ」

「なら明日の夜。迎えに行く」

「…クリス」

「ナターシャ」

そっと触れるだけの口付け。そのあときつく抱きしめられた。わかってる。駆け落ちなんてしても、そこに幸福は有りはしない。周りも巻き込んで、不幸になるだけ。それでも、今だけは。クリスへの想いを何よりも優先したい。

ー…

駆け落ちしてから二年。思っていたより世界は私達に優しかった。着の身着のまま隣国に逃げ込んだ私達は、とある辺鄙な村の老夫婦の元に身を寄せることになった。老夫婦は何も持たずに屋敷を出た私達を拾ってくれた。仕事は老夫婦の身の回りのお世話。とても穏やかな日々を過ごしている。

「奥様、お茶をどうぞ」

「ありがとうねぇ、ナタリアちゃん」

「旦那様、マッサージを致しますね」

「クリス君、助かるよ」

「おぎゃあ、おぎゃあ!」

私達には赤ちゃんがいる。名前はセシル。老夫婦は私達を実の子供のように、セシルを実の孫のように可愛がってくれる。何一つとして文句はない。幸せだ。

「赤ちゃんはいつ見ても可愛いねぇ。私はいいからセシルちゃんを見てあげなさい」

「ありがとうございます、奥様」

「クリス君もセシルちゃんを構ってあげたらいい。そうだ、私達もセシルちゃんを抱かせてもらおうかな」

「旦那様、お気遣いありがとうございます」

家族の団欒。幸せな時間。心が温かくなると同時に、強烈な罪悪感に襲われる。置いてきた両親はどうしているだろうか。不誠実な真似をしてしまった元婚約者はどれだけ傷ついただろうか。もしあのまま元婚約者と結婚していたとしたら、両親と元婚約者とこうして笑いあっていたのだろうか。

これは私の罪。不誠実な真似をした罰。幸せになればなるほど、同じだけの罪悪感に苦しみ続ける。それでも、私はこの幸せを手放すことは出来ない。私はこのまま幸せを享受し続けるだろう。誰に罰せられることもなく、罪悪感を抱えたまま、ずっと。
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