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彼の被害者である元婚約者も王弟と熱烈な恋愛を楽しんでいますのでご安心下さい
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「…ああ」
離宮にて幽閉される元王太子…彼は、ただただ悔やんだ。
愛すべき婚約者を妬み、憎み、蔑ろにして。
そして暴言を浴びせて、仕事を押し付けた結果。
彼はそれら全部を証拠付きで告発されて、王太子の座を弟に譲ることになってしまったのだ。
「もう、いっそ…」
弟は優秀で婚約者との仲も良い。誰もが祝福したという。
婚約者だった女性は、父の末弟…歳の比較的若い王弟に嫁ぐという。王弟もまた有能で、優しいと聞いた。彼女はあっという間に熱烈な恋に落ちたらしい。
なぜ幽閉される彼がそんなことを知っているのか。
それは、母である王妃が時々ドアの向こうから金切り声でヒステリックに叫んで、恨み言を撒き散らすからだ。
王妃は、王の寵妃たる第二妃を憎んでいる。その第二妃の息子が王太子となったのだから、それはもう狂った。
「でも、死ぬ覚悟すら俺にはない…」
ナイフで手首を切ろうとしても、手が震えて出来ない。蝶よ花よと育てられた彼には、なんの覚悟もなかった。
ある日、父である王の声が聞こえた。お前を生涯幽閉するつもりだったが、婿養子にどうしても欲しいとお願いされたから嫁げとの命令。
そして、重苦しいドアが開いた。
伯爵令嬢、アタナシア。
その実家は国内の鉱山の大半を占める元商家で、経済的な功績を挙げたため男爵位を賜り突然貴族になった。そして、アナスタジアという公爵家のお嬢様を嫁に迎えるため伯爵位をアナスタジアの元婚約者、元王太子の男から買い取った。アナスタジアが嫁入りしたことで公爵家と親戚関係にもなり、その力はますます強くなった。
地位も権力もあり、財力に至ってはトップクラスのアタナシア。その見た目も、アナスタジアそっくりでとても美しい。両親に特別愛されて、アタナシアはちょっとわがままだが優秀で心優しい女性となった。
また、縁あってアナスタジアの実家とは別の公爵家に嫁入りした叔母リゼットからは「お義姉様にそっくり!」と猫可愛がりされている。
さて、そんなアタナシア。とんでもない性癖がある。
「…ふふ、彼はどんな人かしら。プライドもなにもかも、ポッキリと折れているといいのだけど」
可哀想な人を庇護下に置いて、とびきり甘やかして自分に心酔させるのが好きなのだ。はっきり言って歪んでいる。…甘やかされすぎた弊害だろうか。
しかし、そんな性癖も役には立つ。なにせ自分に心酔させるのが目的なので、崇拝してくる者のなんと多いことか。熱狂的な信者に守られているので、アタナシアはいつだって幸福だ。
そして、可哀想な人を甘やかす…つまりは人助けに見えるわけで。慈愛の人、なんて呼ばれてまた別の信奉者まで作ってしまう始末。見た目も美しいのでなおのことタチが悪い。
しかも目をつけられた人々は、そりゃあ助かる。そして心の清らかな者はアタナシアと社会に恩返ししたいと頑張り、悪人は改心して被害者とアタナシア、そして社会に罪滅ぼしを頑張る。
誰も損していないのである。
「ああ、早く着かないかしら」
元王太子の彼…デリックを乗せた馬車が見えた。
「デリック様。今日から夫婦として、よろしくお願いしますね」
「あ、ああ」
一応、デリックとアタナシアには縁があって顔は知っていた。しかし、急に夫婦になったデリックは戸惑っていた。
アタナシアは書類だけ出して、結婚式は挙げなかった。デリックに気を遣ってくれたのだ。デリックはアタナシアに感謝してもしたりない。
「その…すまない。助けてくれて、ありがとう。だが、何故特別仲が良いわけでもなかった俺にこんなに尽くしてくれるんだ」
「あら、尽くしてなんていませんわ」
「え?」
「可哀想な可哀想なデリック様に、〝施して〟差し上げているんですわよ?」
デリックのほんの少しだけ残っていたプライドが、ポッキリと折れた。
初夜は結局、デリックはアタナシアに触れることは許されなかった。将来的には、この伯爵家を継ぐ女伯爵となるアタナシア。そんな女性に拾っていただいたという認識に変わったデリックは、おいそれとアタナシアに触れられない。そして、許可を待ったがそれは下りなかった。同じベッドで、共に寝るだけ。大きなベッドで離れて、決して触れられない距離。
デリックは歯痒い気持ちで、悶々としたまま朝を迎えた。目の下にクマを作るデリックに、アタナシアはにっこりと笑っておはようと告げたのだった。
アタナシアはそれから、プライドをへし折ったデリックを猫可愛がりした。似合う服や靴、装飾品を日々プレゼントしたし、気まぐれに膝枕をして頭を撫でてやったり、良い子にしていれば抱きしめつつ背伸びをして頭を撫でてやった。
アタナシアはデリックに『可哀想で可愛い』『可哀想で愛おしい』『可哀想な良い子ね』と愛をたっぷりと伝えた。デリックは不思議と自己肯定感は伸びないものの、愛されていることにホッとしてアタナシアを段々と愛するようになる。
そんなデリックの様子を見て、アタナシアはゾクゾクした。性癖が満たされる。そしてそろそろ頃合いかと、肌を許してやった。
それから、アタナシアは伯爵位を継いで女伯爵となった。
アタナシアにはデリックとの間に幼い六人の子供がいる。一人っ子だったアタナシアは大家族に憧れたのだ。
子供達はすくすくと育ち、夫からは愛される幸せな日々。
アタナシアは満たされていた。
「ふふ、可哀想で可愛いデリック様。こちらへおいで」
「ああ」
「良い子」
デリックが近寄れば、気まぐれに頭を撫でられた。
デリックは主従関係が完全に構築されているのに気付いている。でも、アタナシアに愛されているのならばそれがデリックの幸せなのだ。
「ふふ、いつまでもそばにいてくださいね」
「たとえこの命が尽きても、ずっとそばにいる」
「まあ、嬉しいわ。可哀想な愛おしい人」
デリックは時々思う。もし、過去をやり直せるとして。それでも自分は、この未来をまた選ぶのだろうと。
離宮にて幽閉される元王太子…彼は、ただただ悔やんだ。
愛すべき婚約者を妬み、憎み、蔑ろにして。
そして暴言を浴びせて、仕事を押し付けた結果。
彼はそれら全部を証拠付きで告発されて、王太子の座を弟に譲ることになってしまったのだ。
「もう、いっそ…」
弟は優秀で婚約者との仲も良い。誰もが祝福したという。
婚約者だった女性は、父の末弟…歳の比較的若い王弟に嫁ぐという。王弟もまた有能で、優しいと聞いた。彼女はあっという間に熱烈な恋に落ちたらしい。
なぜ幽閉される彼がそんなことを知っているのか。
それは、母である王妃が時々ドアの向こうから金切り声でヒステリックに叫んで、恨み言を撒き散らすからだ。
王妃は、王の寵妃たる第二妃を憎んでいる。その第二妃の息子が王太子となったのだから、それはもう狂った。
「でも、死ぬ覚悟すら俺にはない…」
ナイフで手首を切ろうとしても、手が震えて出来ない。蝶よ花よと育てられた彼には、なんの覚悟もなかった。
ある日、父である王の声が聞こえた。お前を生涯幽閉するつもりだったが、婿養子にどうしても欲しいとお願いされたから嫁げとの命令。
そして、重苦しいドアが開いた。
伯爵令嬢、アタナシア。
その実家は国内の鉱山の大半を占める元商家で、経済的な功績を挙げたため男爵位を賜り突然貴族になった。そして、アナスタジアという公爵家のお嬢様を嫁に迎えるため伯爵位をアナスタジアの元婚約者、元王太子の男から買い取った。アナスタジアが嫁入りしたことで公爵家と親戚関係にもなり、その力はますます強くなった。
地位も権力もあり、財力に至ってはトップクラスのアタナシア。その見た目も、アナスタジアそっくりでとても美しい。両親に特別愛されて、アタナシアはちょっとわがままだが優秀で心優しい女性となった。
また、縁あってアナスタジアの実家とは別の公爵家に嫁入りした叔母リゼットからは「お義姉様にそっくり!」と猫可愛がりされている。
さて、そんなアタナシア。とんでもない性癖がある。
「…ふふ、彼はどんな人かしら。プライドもなにもかも、ポッキリと折れているといいのだけど」
可哀想な人を庇護下に置いて、とびきり甘やかして自分に心酔させるのが好きなのだ。はっきり言って歪んでいる。…甘やかされすぎた弊害だろうか。
しかし、そんな性癖も役には立つ。なにせ自分に心酔させるのが目的なので、崇拝してくる者のなんと多いことか。熱狂的な信者に守られているので、アタナシアはいつだって幸福だ。
そして、可哀想な人を甘やかす…つまりは人助けに見えるわけで。慈愛の人、なんて呼ばれてまた別の信奉者まで作ってしまう始末。見た目も美しいのでなおのことタチが悪い。
しかも目をつけられた人々は、そりゃあ助かる。そして心の清らかな者はアタナシアと社会に恩返ししたいと頑張り、悪人は改心して被害者とアタナシア、そして社会に罪滅ぼしを頑張る。
誰も損していないのである。
「ああ、早く着かないかしら」
元王太子の彼…デリックを乗せた馬車が見えた。
「デリック様。今日から夫婦として、よろしくお願いしますね」
「あ、ああ」
一応、デリックとアタナシアには縁があって顔は知っていた。しかし、急に夫婦になったデリックは戸惑っていた。
アタナシアは書類だけ出して、結婚式は挙げなかった。デリックに気を遣ってくれたのだ。デリックはアタナシアに感謝してもしたりない。
「その…すまない。助けてくれて、ありがとう。だが、何故特別仲が良いわけでもなかった俺にこんなに尽くしてくれるんだ」
「あら、尽くしてなんていませんわ」
「え?」
「可哀想な可哀想なデリック様に、〝施して〟差し上げているんですわよ?」
デリックのほんの少しだけ残っていたプライドが、ポッキリと折れた。
初夜は結局、デリックはアタナシアに触れることは許されなかった。将来的には、この伯爵家を継ぐ女伯爵となるアタナシア。そんな女性に拾っていただいたという認識に変わったデリックは、おいそれとアタナシアに触れられない。そして、許可を待ったがそれは下りなかった。同じベッドで、共に寝るだけ。大きなベッドで離れて、決して触れられない距離。
デリックは歯痒い気持ちで、悶々としたまま朝を迎えた。目の下にクマを作るデリックに、アタナシアはにっこりと笑っておはようと告げたのだった。
アタナシアはそれから、プライドをへし折ったデリックを猫可愛がりした。似合う服や靴、装飾品を日々プレゼントしたし、気まぐれに膝枕をして頭を撫でてやったり、良い子にしていれば抱きしめつつ背伸びをして頭を撫でてやった。
アタナシアはデリックに『可哀想で可愛い』『可哀想で愛おしい』『可哀想な良い子ね』と愛をたっぷりと伝えた。デリックは不思議と自己肯定感は伸びないものの、愛されていることにホッとしてアタナシアを段々と愛するようになる。
そんなデリックの様子を見て、アタナシアはゾクゾクした。性癖が満たされる。そしてそろそろ頃合いかと、肌を許してやった。
それから、アタナシアは伯爵位を継いで女伯爵となった。
アタナシアにはデリックとの間に幼い六人の子供がいる。一人っ子だったアタナシアは大家族に憧れたのだ。
子供達はすくすくと育ち、夫からは愛される幸せな日々。
アタナシアは満たされていた。
「ふふ、可哀想で可愛いデリック様。こちらへおいで」
「ああ」
「良い子」
デリックが近寄れば、気まぐれに頭を撫でられた。
デリックは主従関係が完全に構築されているのに気付いている。でも、アタナシアに愛されているのならばそれがデリックの幸せなのだ。
「ふふ、いつまでもそばにいてくださいね」
「たとえこの命が尽きても、ずっとそばにいる」
「まあ、嬉しいわ。可哀想な愛おしい人」
デリックは時々思う。もし、過去をやり直せるとして。それでも自分は、この未来をまた選ぶのだろうと。
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