Antique Love

夏祭りの夜に

２ (6)

　ふと彼が振り返る。参道のざわめきは目の前だ。

「さっきより人が増えたけど、麻衣ちゃん大丈夫？」
「え？」

　私は一瞬言葉に詰まった。一時期人混みが怖くて駅前などを歩けなかった私を知っているのか、と。

　だけど、そんなのあり得ない事。あの時の私を、二宮さんが知っている訳が無い。

「麻衣ちゃん小さいから。埋もれちゃうんじゃないか？」

　案の定、彼の冗談がそれを物語っていた。

「う、埋もれません！」
「そ？　なんなら……」

　からかいの笑みのまま言いかけた二宮さんは、そこで言葉を区切った。

　出来た一拍の間を埋める為にか、頭を掻く。「いや、」と再び口を開いた時には、彼の表情は僅かに変わっていた。

「じゃあ、流されて迷子にならないでね」
「もー！　なりませんっ」

　冗談は続く。ほんの数秒間の雰囲気を打ち消す様に。

　私の恋愛経験は残念なくらい乏しかったけど、そんな私だって、男女の間にうまれる「ほんのり甘い期待を含んだ空気」くらいは分かる。

　そしてその空気を、二宮さんの左手が動いた時に私は感じていた。私もまた期待していたのかもしれない。

　「手をつなぐ？」という言葉を。

　彼の手のあたたかさを。


　私達は並んで混み合う参道を歩いた。

　目的の金魚すくいの屋台に行くまで、何度もお互いの手が触れた瞬間があったけど、それほどの距離を保ちながら、私達が手を繋いで歩くことは、最後まで無かった。

　迷って、でもその手を差し出さなかった二宮さん。

　期待して、でもその後を希望しなかった私。

　伝えたいことがあるのに上手く言葉に出来ないというのは、ここまでもどかしいものなんだと改めて思う。

　見誤ってしまうのが嫌だから慎重になれば、ますます分からなくなってきて身動きが取れなくなり、言葉にするのが一層難しくなった。

　考えれば考えるほど気付く、自分の中の矛盾。

　矛盾を知るたび怖くなる。

（――また繰り返すの？）

　怖い。

　私はそれが怖い。

　楽しくて笑う時間が増えれば、想いが増えていくのも感じた。

　でも比例して、前に進むことも怖く、困難になる。

　胸を締め付ける切なさが、一日ごとに強くなる――。


　そしてまた、私は不都合を誤魔化すのが上手になるのだ……。

　それは逃げてるのとたいして変わらないというのに。