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古書とアイスコーヒーと鈴の音
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しおりを挟むカラン、と氷が音を立てた。
透明のグラスにしがみ付いていた滴が数滴、コルクのコースターに吸い込まれていく。
麻衣の表情がそれと同時、やんわりとほどけた。
「ありがとうございます」
「僕もさ、」
空になったカップの縁を指でなぞり見ながら、「これもアンティークだったんだなぁ」なんて全然見当違いなことを考えながら僕は言葉を繋ぐ。
「麻衣ちゃんに伝えたいことがあるんだ。だけど情けないことに僕もそれをまだ上手く説明出来そうにない。……いいかな? 僕の方も待っててもらっても」
「はい」
「とりあえず、今抱えてる課題終わらせるから。それから全力で思考する」
「え……?」
一瞬キョトンとした麻衣だったが、すぐフッと吹き出した。数分前の反応が再び繰り返され、僕は心の中で疑問に頭を抱える。
どうしてまた笑われる……!
「……現実的……! 今度は急に現実的っ」
「ロマンチストだって笑われたら、そりゃ現実的にもなるよ」
「二宮さんて、面白い人ー」
「……もう。勘弁してくれ……」
大袈裟に溜息をついた僕。
麻衣の笑い声がそれに重なった。
麻衣の笑い声で静かな店内がほんの少しだけ華やいだ時、振り時計が鐘を三度鳴らし時間を告げる。
午後三時。最高気温のピークは過ぎただろうか。
暑い外から逃れようと涼みに入る客もいない、ひっそり佇む古書店カフェ。
さすがに僕も、余計なお節介を言いたくなった。
「この店、もう少し集客を狙ってアピールした方が良いんじゃ? 看板だって小さなドアプレートだけだし……」
「良いんです、此処はこれで。元々はお祖父ちゃんの趣味の場所ですから。それに、昔から集客狙って経営なんてしてなかったんじゃないかな」
「そうなの?」
「そうですよ、きっと。それより! 三時のおやつに何か甘いものいかがですか?美味しいケーキ、ありますよ」
「おやつ?……さっきから食べてばっかりな気がする……」
「お昼食べただけじゃないですか。二宮さん、小食な訳じゃないですよね? 普段ちゃんとご飯食べてます? 勉強ばっかして食事をおろそかにしてません?」
「そ、そんなことは……」
「やっぱりそうなんだ。どうせ『集中してるとご飯食べるのも忘れて』とか言うんでしょ」
「………」
ご名答。でも、毎日がそんな生活ではない。課題等が重なった時酷くなるだけで……。
僕は肩を竦め笑った。
言い訳は胸にとどめておく。今更頑張って弁解したところで、僕の短所が招く結果は彼女には既に明白だ。
それを裏付ける様に、苦笑した僕の前では麻衣も同じような苦笑をしていた。
「じゃあ尚更、軽食メニュー考えておかなきゃ」
「え?」
「いえ。えっと……アイスコーヒーにします?」
「うん。……ここのアイス、美味しいよね」
「水出しなんですよ。一晩かけてじっくりと」
褒められた喜びを素直に表情に乗せ、麻衣は席を立った。
一人窓際の席で待つ間、僕はぼんやりと考え事をする。
一晩かけ抽出される水出し珈琲。
琥珀の滴が一粒一粒落ちていくイメージ。
一滴づつ増える。
ゆっくりと、ゆっくりと。
何故かそのイメージは、自分の心と重なった。
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