閣下は罪人と結ばれる

帆田 久

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15:それぞれの品格(上)

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サマンサさんに導かれ、扉を開いたララ様に笑顔で促されて入室した応接室。

体力が回復した後も、この部屋を訪れたことはなかった。
私に用意された部屋も簡素ながら上品な調度品が備えられてはいたが、この部屋は一段と雅だった。
カーテンや天井に吊るされた照明、ローテーブルからそれを挟んで鎮座するソファまでも、どれもが一級品であることが見て取れる。
それでいて成金趣味に走ったようにギラギラと光る下品なものは一切なく、
とても寛げる空間が完成していたのに小さく感嘆のため息が漏れる。
が、今日この時、この部屋に私や屋敷の働き手以外に1人存在することを思い出して即座に気を引き締める。
ちゃんと意思の疎通ができるようにと手に冊子とペンを持っていることを感触で確認しつつ、かつて王城で他貴族と接していた際の笑顔を顔に貼り付ける。
何を言われようとも決して剥がれることのないように。

『大変お待たせ致しました。
私にご用がおありとか?』

対面のソファ前に立って淑女の礼をとり、
予め部屋にて書いてきた文字を掲げてかの女性へと向き直ると。

「………」

入室の際、あれほど声を荒げていた彼女は、
ポカンと間の抜けた表情で、口をあんぐりと開いたまま座して硬直していた。

(?一体どうされたのかしら…?)


『あの?大丈夫ですか?もしやどこかお加減でも』

冊子に素早く書いて女性に向けると、ボーッとそれを目で追ったその女性はややあって顔色を赤黒く変化させながらブルブルと小刻みに震わせ始めた。

部屋に怒鳴り込んできた時の剣幕といい、あれだけの気力があれば体調が悪いわけもなしと本心では思ってのつなぎの言葉であったために、もしや本当に体調が急変してしまったのかと思わずララ様に彼女の介抱を頼もうと目を逸らしたその時ーー。


「……んじゃないわよ」

(え?)

「閣下に命を助けられただけの矮小な貧乏平民が!
不相応な格好をしてこの私を見下ろしてんじゃないわよ!!」

「お嬢様ッッ!?」


突如激昂した彼女が立ち上がり、
ララ様の悲鳴じみた声が制止する間も無く
素早く私の胸ぐらを掴んでそのまま腕を横に薙いだ。


===




(Side:ソリュー)



入室して目の前に佇んだその女を目にした瞬間、
束の間怒りを忘れて頭が真っ白になった。

上質な素材だと一目で分かる、クリーム色のワンピースドレス
その衣服から姿勢良く伸びる、細くも色の白い手足
それらの細さとは裏腹に、バランスの取れた体つき
長く艶やかな黒に染まった真っ直ぐな髪に同色の濡れたような大きな瞳


先ほど目にしたベッドの住人とはかけ離れた、可憐な淑女がそこにはいた。

焦りが一欠片も感じられない、余裕のある笑みの淑女
対して……
(これでは、まるで私が……)

余裕もへったくれもないーー

薄らと笑みを湛えて、優雅な仕草で私へと頭を下げたその女のあまりの変わりようを認めたくなくて、挨拶すら返すことなく呆然と見上げる。
文字の書かれた冊子をこちらへと向けてひたとこちらを見下ろす女。
女はややあって何やら困ったように微笑むと、

『あの?大丈夫ですか?もしやどこかお加減でも』

と書いてみせてきた。
あろうことか、この私を上から見下ろしたまま、巫山戯た笑みを浮かべて!

(この骨女……!)

よりにもよってこの私を見下して!?
カッと怒りに目の前が染まる中、弟がお父様に告げていた言葉を思い出す。


“将軍閣下が休憩と称して抜け出して寛いでいた孤島で、拾ってきた女”
“ボロボロの布を巻いて死にかけのようだった”
“素性の類いは全く不明ながら、手足枷を嵌めていたらしい”


つまりは、どこぞのものとも知れない、身なりも整えることの出来なかった平民!
ともすればそれより下ーー下層階スラムの住人である可能性も大いにある女が!
しかも手足枷?罪人じゃない!!
そんなゴミが侯爵家の長子でもあるこの私を!
閣下から与えられたであろう上等な衣服を見につけただけで調子に乗って!
見下して嗤った、ですって!!?


「閣下に命を助けられただけの矮小な貧乏平民が!
不相応な格好をしてこの私を見下してんじゃないわよ!!」

考えが至った瞬間には、膂力に任せて女の胸ぐらを掴んで床に向かって突き飛ばしていた。

「……ッッ」

強い力で床へと半ば叩きつけられて苦悶の表情を浮かべながら、
それでも声を発さない女に苛立ちと怒りがなお増す。

そうよ

あんたはその位置から高貴な私を見上げる、それが常識

それ以上に相応しい立ち位置はないわ

あんたみたいな貧相な女、すぐに閣下の前から消してやる…!


使用人らに囲まれながら床に這い蹲ってこちらを見上げるその害虫を、
私は怒りに染まった思考のまま女を見下ろしてうっそりと嘲笑を浮かべた。
先ほど一瞬の間に心中に抱いた、
女としての敗北感を黒く黒く塗りつぶして消しながら。
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