閣下は罪人と結ばれる

帆田 久

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8:私を知って

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気まずい。

……実に、気まずい。


目前の、開かれたドア。
ドアを引いたまま、ニヤニヤしながらも呆れた眼差しを送ってくる、ララ。
そしてベッドから目をまん丸に見開いて自分を凝視している、ディー。


(…ああ、なんて気まずいんだ)

愛しい少女から目を逸らすことすらできないまま、
俺は、この後どうすればと冷や汗を背に流し続けるのだった。



===




ディーが我が家に来てひと月、少しずつ笑顔を見せてくれるようになったものの、未だ彼女が己の番であり、一刻も早く結婚をしたいと、契りを交わしたいのだと告げられていない。
それなのに愛しさはどんどん募り、今や職場でも彼女を想っては猛スピードで書類仕事を済ませて早くに帰宅するということを繰り返していた。

正直に言おう、俺は焦っている。

彼女は既に大分回復しており、1人で出歩けるほどにまでなっている。
食事もしっかりと摂り、適度に庭を歩いては体力をつけ……。
つまり、いつ出て行ってしまってもおかしくはないのだ。


獣人は一目で番だとわかる。
だが、人間は番がわからない。
だから早く俺が彼女の番だと早く告げねば。
彼女に自分を好きになってもらわねば、彼女はここを去り、やがて他の相手を見つけてしまう!

(こんなことなら最初に会話?した時、
さっさと番であることを説明してしまえばよかった)

何度そう思ったことか、と弱気な自分にがっかりしつつ、今日こそはと帰宅して早々、彼女の部屋へと向かう。

そうして部屋のドアをノックしようとした瞬間に中から聞こえてきたララの言葉に、思わず手を止めて聞き耳を立ててしまったのだ。
他ならぬ自分がしようとしていた話を、
ララが彼女に語っていたのだから。

本来なれば自分自身で彼女に告げなければならなかった、番について。
そして俺が己の番を長い間待ち望んでいて、ディーがその待望の番だということまで!

彼女が自身を俺の番であると理解してくれたことは嬉しい。
素直に嬉しいのだが、それを自身で告げてでなく他から告げられて知られるというのは酷く誠実さを欠いた行為のように思えてならない。
まだ声を出せない彼女がララの言葉に何と返答しているのか、嫌がっていないか?
ここはもう、そのまま突入して改めて自分で告げるべきかとドアの前でうだうだとしていた罰なのだろう。
突如ドアが勢いよく開き、ララとディー双方それぞれの視線に捉われることと相なったのであるーー



===



「はいはい!
我らが若様がおいでになりましたんで後は本人の口からお聞きなさいなお嬢様!」

パンパン!とふくよかな手を叩いてディーへの会話を打ち切ったララは、俺を室内へと引き込みながら入れ替わるようにして退出、バタンと勢いよくドアを閉めて去っていった。
入れ替わり際、


「若様、正念場だよ。
弱気の虫にヒヨってないで一発で決めなモノにしな…!」


ぼそりとドスの効いた声を落としていくのも忘れなかったが(どこのラスボスだ!!)


そろそろと彼女のいるベッドへと歩み寄り、すぐ側で止まる。


「………」

「………」

双方、沈黙と凝視継続!


(これではまるで睨み合っているようではないか!)

何でもいいから何か話せ~!と己に向けてひたすら念じていると、
黙していた俺に焦れたのか、ディーの方からアクションを起こした。

さらさらと書かれて見せられた文字は……


『私は本当に、ジル様の番ですか?”』

だった。

「……ああ、そうだ。
出会った場所は占術師の言った孤島。
そして何より海中で君を一目目にした時にすぐに確信した。
君が、ディーが俺の番だと。

……嫌か」


わざわざ念を押して確認するということは、やはり……?
そんな後ろ向きな考えに縋るような眼差しを向けると。
彼女は薄く目を伏せてふるふると横に首を振るい、再び何かを書き始めた。


『このひと月、有り難くもゆっくりとこのような上等な部屋で静養させてもらい、
公爵家長子であり将軍閣下であられるジル様のことを、人となりを含めて少しは知ることができました。
とても優しくてお強く、責任感があり懐が深い…とてもとても素敵な殿方であることも。
ですが私は貴方様に全く自分の話をしておりません。
出会った時につけていたモノについてすら。
嫌われるのも、軽蔑されるのも怖く、ずるいと知りつつも貴方様の優しさに付け込んで何も語る努力をしませんでした。
……そんなずるい女であっても、どんな事情を抱えていても。
貴方様は番というそれだけで、私を愛せますか?』

(そんなの、愛せるに決まっているだろう!)


勢い込んでそう告げようとしたが、彼女の殊の外強い視線で制された。

彼女の意図通りに俺が黙ったことを確認して、彼女はベッド横のランプチェストの引き出しからもう一冊の冊子を取り出した。
筆談用に彼女へと与えたものの予備だ。

それを俺に向けて差し出し、筆談していた手元の紙をこちらに向けた。

『ここには、私が貴方の元へ至るまでの…私の出自、歩んできた道、事情を出来るだけわかりやすく綴ったつもりです。
これを読んだ貴方様に後日、もう一度同じことを聴きたく思います。


ーー最後までずるくて申し訳ございません』

(後日、か。つまり今日はここまでということか……)

それを俺が読み終わるのを待つことなく、彼女は布団の中へと潜って隠れてしまった。


「分かった。……心して読ませてもらう。
だが」

彼女に渡された冊子を手に入り口へと向かい、開いたドアから出る寸前。
それでも最後に言わずにはいられなかった。

「読まずとも、どのような事情があろうとも。
やっと見つけた己の半身であり最愛を、俺が手放すことはないと断言させてもらうぞ。
獣人が番に抱く執着の強さを、あまり舐めないでもらおう」

びくり、と布団が揺れたような気がしたが、構わず退室した。
ドアを閉めて自室まで歩き、ベッドに腰掛けて初めて、深く深く息を吐く。


折角俺が番だと理解してくれた彼女。
しかし番というものがどれほど相手を求めるのか理解してくれていないことが悲しかった。
そして何より、
聡明な彼女が、番と知ってなお、自身の事情を知れば俺が拒絶を示すと思っている。
それほどの、彼女の事情……


「是非とも教えてもらおうではないか、ディー。
君の恐れる事情とやらを、な」

半ば睨めつけるようにして、彼女から預かった冊子を開いた。
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