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5:押し寄せる後悔と拭えぬ違和感
しおりを挟むミルドルア王国 騎士団長ベスパー
あの方が、“断罪の断崖”から落ち 散った。
長き間、それこそ幼少の折より見知った、美しき黒髪の少女。
中位貴族たる伯爵家の長女として生まれ、
それでいて国随一の魔力量と治癒魔法の使い手であった彼女が。
聖女とも称されて王太子殿下の妃にと10の歳より定められていた彼女が。
……その成婚間近であった相手である殿下を、毒殺せんとした大罪により、罪人に身を堕としてしまった彼女が、死んだ。
死体が上がる事は終ぞなかったが。
彼女があの崖から落ちて既にひと月。
あの日は曇天、波も常になく荒れていた。
絶望が集まり渦巻いたようなあの暗い海原へと落ちたのだ、万が一にでも助かる可能性はあるまい。
しかし……。
俺は、それでも祈らずにはいられなかった。
どうか彼女が生き延びていますようにと。
遥見知らぬ地で、ここでの何もかもを忘れて幸せに生きられますように、と。
あれから我が王国ではいろんなことが足早に流れた。
彼女の実家である伯爵家の取り潰し、王太子殿下の新たなる婚約者の発表、大幅に婚約期間を短縮して半年後の成婚の日取り。
彼女が罪を犯してから投獄され、処刑に至るまで何もかもが駆けるように早かった。
そしてその後の対応や物事も全て。
まるで予めそうなるように決められていたかのように……。
(あの時…どうして自分は)
王妃様の誕生日祝典の折に殿下のワイングラスへ彼女が毒物を入れたと誰かが声を上げた。
彼女の傍で守護の任に張り付いていた自分に気付かれることなく、離れた位置に置かれていたそのグラスに、彼女が毒を?
情けなくも頭が真っ白になり、気付いた時には条件反射で彼女を捕らえ、部下に引き渡した後だった。
誰もが何故か彼女が毒を仕込んだことに疑問すら抱かず、
拘束されて連行される彼女に罵声を上げていた。
聡明で知られる国王陛下や、当の王太子殿下ですら。
後から何度考えても、何故あの時それがおかしなことだと声を上げなかったのか。
何故、声を上げた者は一目見てワインに入れられたのが毒だと分かったのか。
何故、何故、何故?!
あの時連れていかれる彼女の顔が目に焼き付いて離れない。
心から信じていた者全てに、裏切られたような、絶望に染まった顔………
ダン!!
執務机を激しく叩くがまるで気が治らない。
何もかもがおかしい。
崖から転落する前、彼女は言っていた。
“真実とは、事実は、起こった現実はなんだったのか”と。
“ただ出来るなら、貴方達が今後真実を見定める目と耳を持ち国を守護してくれるよう祈っております”とも。
つまりそれは……
「っくそッッ」
何度も何度も机を叩く。
あの日からこうして休憩の度に机へと八つ当たりしているのを、
部下達が戦々恐々としていることに気付いてはいてもやめられない。
風に遮られても、それでも自分には聞こえてしまったのだから。
“どうか私の代わりに殿下をお守りして”という、彼女の最期の言葉が!
今日も既に日は暮れ、明日も忌々しく変化のない日常が続く。
はぁ……と重々しくため息を吐き、最早これ以上残業したとても無駄と帰宅の用意をのろのろとしていると。
「団長、その……」
ノック音の後に扉向こうから躊躇いがちな部下の声。
「……なんだ。用なら明日にしてくれ、今日はもう」
「お、お客様がお見えで……ああ!?」
「失礼する」
部下の伺いを遮って扉を開けた人物ーー
「殿下……」
ひと月前より、酷くやつれた様子の王太子殿下がそこにいた。
ただ、やつれた様子とは裏腹に、その両眼はかなり強い光を帯びていた。
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後半かなりの小声で抑えられた言葉が耳に届いた瞬間、
心の臓が大きく嫌な音を立てた。
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