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3:目覚めと出会いと気付き
しおりを挟む「知らない天井だわ…」
“目覚めた一言めにそう言うのが様式美だと感じてしまったのは何故だろうか?”
などと益体なく考えることができるのも、私が生きている証拠なのでしょう。
(そう、生きている。
ーー…死ななかったのね、あれで)
何日も飲まず食わずで牢内に放置
両手足に魔封じの呪い付き枷
崖から転落
荒れた海に呑まれる
こうまで死ぬ条件が揃っていて死ねなかったのは、
逆に呪われているといって良いのでは?とも思う。
(だけど生は生。
死が等しくも必ず生ある者に訪れるものであるように、
死中に生を拾うのもまた天命ということかしらね。
生きたくとも生きられない人もいるからには、生きていることに感謝しなければならないわ)
……例えどんなに生に絶望を感じていたとしても
兎に角現状を把握しないことにはどうにもならない、と柔らかな感触のベッドから身を起こそうとして、両手足が自由に動くことに気付く。
体内を魔力が自然に循環することも。
ゆっくりと身を起こし、布団から手を出して首を傾げていると。
「起きたのか」
低くも甘い、心地よい響きの声に、ハッと顔をあげる。
自身がいる部屋の入り口に、がっしりと体格の良い長身男性が入り口の枠縁に背を預けて腕を組み、私を真っ直ぐに見つめていた。
===
長い手足を含め、均整のとれた大きくも鍛えられた身体
着衣の上からでもみっしりと筋肉がうねっているのが分かる
彫り深く、意志の強そうな鋭く澄んだ蒼い瞳
そして髪色と同じ毛に覆われた、ピンと立った濃紺の“獣耳”
その男性は、獣人であるらしい。
(!あの耳の形は狼さん、かしら?)
よく見れば尻尾も!と目を見開く私の様子をどう思ったのか、
男性は揺れ動く尻尾もそのままにスタスタと私に近付いて来る。
元々そこまで広くない部屋、すぐに男性はベッドー…私の元へとたどり着いた。
そしてー…
(!?えっ?)
するりと、どこまでも自然且つ優しく。
彼はその大きな手を、私の痩せ細った手に重ねて撫でた。
思わずびくりと肩を跳ねさせた私は、彼がとても愛しげに自分を見ていることに気付く。
線も細く、どちらかと言えば中性的であった自身の元婚約者とは似ても似つかない体格。
顔立ちも何もかもが所謂男らしさと独特な甘い色気を感じさせる彼に、同じく糖度の高い眼差しで見つめられるのはかなり恥ずかしく、頬に血の気が上ってしまうのを止められない。
甘さ故に、本当に甘い匂いが鼻腔を擽っている気すらする。
「起き抜けにすまないな。
だが、どうしてもしっかりと無事に目を覚ますかと心配でな」
「………」
貴方は、誰?
「俺はジルクバル・ロウガルという。
これでも一応ここビルスト国ではそこそこ名の知れた家の者だから安心して欲しい。
君の名は?」
「………」
私はディステル・ア…ただのディステル
「……やはり目を覚ましたばかりでこんな図体のでかい、
それも獣人と顔を合わせるなんて怖いし警戒するよな…、すまん」
は?違う…っ!
「…とりあえず家の者が胃に優しい物を用意して持ってくるから食べてくれ。
充分に休んでそれで自分のことを話しても良いと思ったなら」
だから違うと言っているのに!!
折角優しく重ねられていた手の温もりが離れ、
屈んでいた姿勢から身を起こして去ろうとする彼に、何故分かってくれないのだと咄嗟に彼の服の裾を掴む。
彼が去ってしまう、自分の元から。
そう感じた瞬間、言い知れぬ不安と焦燥、それと心臓が締め付けられるほどに痛んだ。
引き止められたことに目を見開く彼に必死で行かないで、置いていかないでと目で訴えればふわりとその男らしくも鋭い印象の顔を柔らかく緩ませて微笑み。
ややあって何かに気付いて静かに問われる。
「……もしかして、口が聞けない、のか?」
え?
「……。!?…………っ!?」
(もしかして今まで声に出ていなかった?
…声が出て、ない!?)
そこで私はようやく、自分の言葉が彼に届いていなかったことを知ったのだった。
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