閣下は罪人と結ばれる

帆田 久

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プロローグ  断罪の崖

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ああーー


「この世のなんと、世知辛きことか……!
なぁんて、ふふ…
呟いたところで何も変わりはしないのでしょうね」

どんよりとした曇り空の下。

切り立った崖の上ー、
佇んで空を見上げる黒髪の少女。
今にも折れそうなほどに細い肢体はそれでいてとても均整がとれていて美しく儚げ、
しかしその身体を包んでいる衣服はあまりにもボロボロで見窄らしい。
まるで長き時を囚われていた虜囚のようであった。
否ー、
手首足首に未だ巻きついたままな分厚い鉄製の手足枷が、
現在進行形で彼女がであると無言の主張をしているが。
勿論、悲しいことにそのことに抗議の声を上げる人間は、この場にはいない。

彼女は1人ではなく、
その崖上には彼女の他にも十余人もの人間が存在している。
が、彼女の出で立ちとは全く異なり、皆がとても上等な騎士服を着ている上に帯剣している。
そしてその剣先は全て、唯一崖の終わりを背にしているその少女へと向けられているのもまた、彼女と彼らとの違いといえば違いだろうか。

彼女にじりじりと接近する騎士達の先頭に立つ、
彼らの中でも1番立派な防具を身につけている男が、少女の自嘲の言葉に自分こそが傷付けられたかのように顔を歪ませる。


「貴女様に一度は忠誠を誓った身として。
最後に……最後にどうかお聞かせ頂けませぬか」

「何を?」

絞り出すような騎士の問いに、淡々と問いを返す少女。

「何故……何故っ…!
王太子殿下を、婚約者であり御成婚間近であった貴女様が!弑し奉ろうなど!!訳がわか」

「無駄な問いですね」

「…は?」

冷たく凍りついた声色の少女の言に、騎士の切実な問いは打ち消された。
色のない空虚な瞳で騎士を暫し見据えた少女は、
やがてくく…と小さく、それでいて全てを諦め切った故のおかしげな笑い声を上げた。

「本当に、無駄な問いです。
そんなことをよりにもよってこの状況で、私に問うとは。
ふ、くく!おかしくて可笑しくて仕方がありません!
今更それを問うくらいならーー



何故ので?」

騎士の後ろから別の、赤毛の青年騎士が口を挟んだ。


「はっ!
あの時あの場で問うたところで
未練がましくも醜い言い訳と責任転嫁を喚いて無罪を主張したに決まっている!
王族を殺そうなどと貴族の恥、いや人間の屑が!!」

「コンラッドやめろ!」

「いいえ団長、もうこのクズの言葉を聞こうとなさらない方がいい。
今更この女の罪は消えませぬし、ましてこの場は死刑遂行の場!
さっさと断罪なさいませ!!」

たっぷりと侮蔑を含んだ大声が響き、
その言葉に反論の言葉はない。

それでも。
その青年の言葉を聞いてなお刃を振り下ろすことを躊躇っている団長と呼ばれた騎士に、小さく苦笑する。
まるで、全く仕方ない人、と言わんばかりの懐かしい表情に、
騎士は、否。騎士は、息を呑んだ。
その苦笑があまりに儚げで、濁りのない澄んだものだったからーー

「っえーー…」

「真実とは、事実は、起こった現実はなんだったのか。
私の思いも主張もただただ全て、今となっては無意味。
ただ出来るなら、貴方達が今後真実を見定める目と耳を持ち国を守護してくれるよう祈っております」


その後何事かを呟いた少女の小さな囁きは、
肝心の人物の耳へと届いたかどうか。


ゴウゥ…!!

少女の身体が強風に煽られて大きく揺れた。



彼女の逃亡を危惧して険しく顔を歪めたコンラッドと呼ばれた騎士も

彼女の断罪を躊躇っていた騎士団長も

彼の背後に立ち並んでいた他の騎士達も


彼女の身体が傾いだ先が崖の外であることに、一瞬思考を停止した。

まるで風に吹かれて軽々と空中を舞う木の葉が如く。


「ーーーーーー…!!」

騎士の伸ばした手に捕われることなく、
崖の下の荒れうねる暗き海原へと飲み込まれて 
実に呆気なく 消えた。







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※体調が安定せずすみません!
体調が良い時に書き溜め、話を投稿→休むを繰り返しております。
最近やたら虚弱となりつつある作者です。
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