追放令嬢は森で黒猫(?)を拾う

帆田 久

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その27 それぞれの前夜祭〜あの人達は今〜

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見つめる視線の先を元気よく跳ねて通り抜ける1人の少女。

腕には少し大きな黒猫らしき生き物を抱え、
実に心から前夜祭を楽しんでいるのが分かる。

しかし。
それが理解できるのと、許容できるかは全くの別物。
を身の動きに合わせて揺らすその少女を、
視線の主は憎悪の籠もった眼差しで彼女が視界から消えるまで凝視続けた。

「…まさか生きて、よりにもよってこの国スレイレーンにいたなんて」

なんてしぶとい、魔窟で死ねば良かったのに

少女の着ている衣服を見るに、明らかに粗末な平民服。
オーダーメイドではないとはいえ、貴族女性に相応しい鮮やかな彩りのドレスや宝石を身につけている自分とは程遠い、見窄らしい姿に多少の溜飲が下がる。
かつて侯爵家長男の跡継ぎを婚約者に持ち、自身も貴族の端くれであったくせになんてざまだと。
好きな男を好きなだけ侍らせることの出来る自分には及ぶべくもない、と。

明日の当日祭で獲物おうぞくを仕留めた暁には、
絶対にこの国で生かしておくものか。
前回は朽ちるに任せようとしたのが間違いだったのだ、
今度こそ間違いなく息の根を止めてやる!

伯爵家屋敷の部屋に備え付けられたバルコニーから遠見の魔道具で街の様子を見下ろしていた女ー…ソフィアは。
もう既にこの国の王族の一員になったと言わんばかりの傲慢さで、明日のの成功と、自分にとって邪魔で仕方のない存在である本来違う色を持つ少女の始末を心に誓い、唇を醜悪に歪めた。


※  ※  ※


一方ー…


一番多くの出店が立ち並ぶ貴族屋敷と平民街の丁度境目にある広場。
当日祭の主要会場でもあまた、ルシェルディア達が駆け回って楽しんでいる場を見つめる眼差しが実はもう二対。


冒険者ギルドの敏腕受付職員女史・エンヴィエルと、
先だってギルドへ来訪を果たしたルシェルディアの母、リリム・レイブンその人達である。

「あらまぁ!前夜祭だと聞いていたのだけれど、実に賑やかねぇ。
出店で出している品物の種類も豊富ですし、
これはきっと参加のしがいがありそうですわねエンヴィ?」

「そう、ですね。私にとっては毎年の恒例行事なのでこんなものかといった感じですが。
それに私、いつも祭事中は都民の小競り合いが多発する関係で騎士団からの依頼で警備や情報整理にギルド代表枠で駆り出されているものですから…。
連れを伴ってこんな風に呑気に祭りを側で見学するのは初めてなのですよ」

「そう、それはとても意義ある理由での不参加だったのかもしれませんが…
同時にとても残念なことでもありますね。
うふふ…では私は光栄にも貴女が祭りに連れて歩く初めての#、ということになるのかしら?」

「まぁ……そうですねぇ」


うふふふふ……と楽しげに笑う隣の美しき翠髪の夫人へ、エンヴィエルもまた控えめな笑みを返す。
側から見ればそれはそれは仲の良い上流階級の女性2人、それも友人同士が祭りを肴に会話に花を咲かせているようにしか見えない。

が、彼女達の視線はお互いには一切向くことはない。

彼女達が見つめる先には1人の少女と1匹の黒猫、ならぬ黒豹(小)が元気に出店の合間を泳いでいる様子が常に映っている。

「楽しそうですねぇ」

「そうですね」


エンヴィエルは勿論少女の腕の中の正体について知っている。
しかしリリムは広場で目にした瞬間一目で見えている姿以外に本来の姿をそれが持つことを見破った。
最初、黒いものを含んだ笑みでエンヴィエルを問い詰めたリリムではあったが、
その正体と、何より自身の愛しい愛しい娘が
追放され逃げた先であんなにも幸せそうに笑っているのを目にして。
寸前のところで彼女の元へと突撃していくのを止まったのだった。

そうして思い止まった結果、こんな広場の端で木陰に用意されたチェアに座って自身らが直接祭りを楽しむこともなく目だけで姿を追って見守っていたのだが……。

不意にぴくりと眉を動かしたリリムが、
暫しあって目を形の良い口の端を上へ吊り上げた。


「……ふふ、うふふふ」

「リリム様、どうなさ」


ったのですか、と続けようとして、ぶわりと開いた毛穴に怖気が走る。
恐る恐る視線をリリムに向けると、彼女の眼差しは。
飢えて飢えて仕方のない猛禽類が、念願の獲物をようやくその目に捉えた
そんなギラつく目つきで広場の向こうを見つめ、嗤っていた。


「……リリム様、どうかご自重くださいませ。
昨日もお話しした通り、明日の当日祭で殿下が手筈を整えているようですし…ここで場を乱してしまえば」

「ええ、ええ、分かっているわエンヴィ。
可愛い私のルーシェちゃんがせっかくお祭りを心から楽しんでいるのですもの。
その楽しみを与え、娘を保護してくれた恩人たる殿下の邪魔は致しませんわ?
ええ致しませんとも。
でも……
万が一明日、殿下の手を逃れることがあれば…」


好きに遊んで嬲り殺して、良いのでしょう?

凄絶な殺意と色気が混合した気を緩やかに発しながらうっそりと笑むリリムに大量の冷や汗を背中に流しながら、やむなくエンヴィエルは小さく頷くしか自身の正気を保つ術はなかった。

(アルフレッド殿下……明日はどうか、
絶対にソフィア嬢なる害悪をその手で捕らえてください)

でなければスレイレーン王国の行く末は……と疲れ切ったため息を漏らすエンヴィエルを尻目に、美貌の死神は愉快そうにクスクスと嗤い続けた。

「ふふふ、でもそうねぇ。
あんなにあからさまで、下劣で、下品にルーシェちゃんを見下す屑。
直接手を下せないというのなら。
冒険者の方々はエンヴィの顔を立てて手を出すのは控えるけれど…
あの程度の屑に堕とされた殿方達ばか遊んだところできっと王弟様は文句など言いませんよねぇ?
本当に、明日が待ち遠しいわぁ…アルフレッド殿下?」

ぬるい遊びに興じるような甘い処分で済ますような腑抜けには、
可愛いルーシェちゃんはあげないわ?


そんな呟きが聞くとも無しに聞こえてしまった不幸なエンヴィエルは。
当日祭の後確実に不幸なる運命を辿るであろう貴族男性と、
恐ろしすぎる姑を得るであろう自国の王弟に心から手を合わせたのだった(主に冥福を祈る的な意で)ー…



楽しい時間はあっという間に過ぎていき、

当日祭という名の“狩り”が、始まる。



※  ※  ※


(おまけ)


ブルリ……!!


「ぬぉッッ!?」

「猫ちゃん様?どうしたんですか?」


喉でも乾いたのですか?と可愛らしく小首を傾げるルシェルディアに何でもないと返すと、彼女の腕の中で、情けないことを承知の上で身を震わせた。

(ななななんだ今の怖気は!?
なんか、恐ろしいモノに目をつけられたような……)→正解!

相も変わらず勘が良いことが災いとなって、
黒豹王弟は去らぬ寒気に城へ帰るまで身を震わせていたとかいなかったとか……

「ほぇ?」

そんなアルフの感じた恐怖など露とも知らないルシェルディアは、
いつまでも震えの止まらないアルフを心底不思議そうに見下ろしていた。

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