追放令嬢は森で黒猫(?)を拾う

帆田 久

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その18のその頃  あの人は今〜私、◯リーさん!今、法国にいるの〜

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時を遡ること数日前ー



スレイレーン王国の冒険者ギルドに毒風が流れ込んだ丁度その頃。
王国の隣国にして生粋の宗教国家・ナキア法国内に存在する大聖殿。
他国では城と同義なそこの頂点に座する大司教にして国のトップ・ヨルキムは、
豪奢且つ広い自身の寝室に置かれたベッドから転がり落ちて壁際までを必死で床を這い、死への恐怖にガクガクと全身を震わせていた。

他ならぬ、艶然と立ち自身を見下ろす1人の美しき死神を見上げて。


※  ※  ※



「ななななな何用あってす、す、姿を現したのだっリリム・レイブン!!」

「あらあらそんなに震えて。
か弱い淑女を前にして酷いではありませんか
ー…ヨルキム・セプト・ナキア大司教様?」


歯の根が合わずカミカミで告げた決死の問いに、
場に似合わぬ軽やかで、華やかで、艶やかな声が響く。
ヨルキムの目前に佇み、笑むその美女。

美しくも長くたなびく闇にあっても煌めく翠色の髪
同色の大きな瞳
すらりと伸びた白魚のような手足が白一色の簡素且つ上品なドレスから覗き、
整いすぎた容姿も相まって彼女を女神の化身に見せている。

しかしそんな女性を前にしてヨルキムが寧ろ死の恐怖に震えてしまうのは、
歳を重ねた彼が彼女のを知っているからに他ならない。



ある連合国の将軍や王国曰く、
“呪殺の魔女”

帝国曰く、
“死の宣告者”

そしてここ法国ではー…“帝国の死神”


他にも数多あるとされるその通り名全てに共通するのは、“死”

彼女に標的てきと認識されたが最後、あらん限りの苦痛を与えられた末に死を迎えて冥界に堕とされるとまで言われる、恐るべき呪殺術の使い手。
“魔神”の娘であり、単身でも手をつけられないとされる彼女は、
よりにもよって帝国内で“拳神”と謳われる男にして現レイブン家当主のジルバと夫婦となったことで手をつけられない、いやつけてはならない存在として法国では確定した。
主神や女神らと彼らから齎されたとされる魔法を絶対正義として信仰し、
それ以外に連なる魔の術を使う者達を絶対悪だと断罪する法国が、だ。

現在は娘を得て、丸くなっただの淑やかなる華だのと言われているが、
それを信じている者は各国の上層部にはいない。
時折、皇帝からの依頼で自国周辺でからだ。

そんな、近年表立って動くことのなくなった彼女が、なんの先触れもなく唐突に自分の前に現れたのだ。
それも夜深く、寝室に。
想像して欲しい
喉が乾いて夜目を覚ますと、ベッドのすぐ横で、
死神の通り名を持つ美女が自分を覗き込むように無表情で見下ろすさまを。

恐怖しない方がどうかしている!!


今にも恐怖から来る精神的消耗だけで天に召されそうな自分の様子など
まるで意に介していないのか、死神ー…リリムは未だクスクスと笑っている。

(笑ってないから!!目が全く笑ってないから!!)


(主に自分が生き延びる為)早いところ彼女の“用”を聞き、可能であれば協力・解決して我が国から出て行ってもらわねば!!と、未だ尚震えが治まらぬ中でもう一度、何用かと問う。

すると……


「……っっっ!!?」


ぞわぁぁぁ………

「少し、聞きたいのだけれど」


全身に、怖気が走った!
彼女の気配が禍々しく変化し、毛穴という毛穴が開き、汗が噴き出る。
僅かに笑んでいた彼女の口元も既に一文字に結ばれている。
普段であればさぞかし美しいはずの彩光を放つはずの両瞳の、なんと恐ろしいことか!

まるで虚無へと呑み込まれそうになるその瞳でもってじっと見つめたまま、
彼女死神はヨルキムに問う。

「ソフィアという名を持つ成人したばかりの娘、心当たりはないかしら?
黒髪黒目、身長はそれなり、身体の凹凸ははっきりとしているらしいわ…。
ここ一週の内に問題を起こしたり目についたり、
なんでも良いの…心当たりはないかしら?」

「っないっ!!」

「本当に?一応ここへ来るまでに足跡を追ってみたら乗り合い馬車で法国を経由したらしいのだけれど……不審者や断罪された者の中に特徴が合致する娘は?」


嘘をついたら 駄目よ?


そう言外に告げる彼女は最早、ヨルキムの目には人には見えなかった。
彼女は既に…死、そのもののようで………

(もう、限界だ……ッッ!!)

「くどい!……知らぬものは知らぬ!
そうまで言うのならそれこそ地下の牢でも絞首台でも街中でも教会でも好きに見て回るといい!!」


ゼイゼイと息を切らしながらそんな娘は知らんと言い切ると
フ……と禍々しい気が薄れた。
上品に頬へ手を当ててコテンと首を傾げつつ、


「まぁそうね。
髪とか瞳とかは魔法でいくらでも色を変えられますし、さすがに末端の領地に乗り合い馬車が一瞬立ち寄ったからといって法国の都、その頂点たる大司教様のところまで成人したてのごときが到達し身を隠す、、なんて。ふふっ、あるわけないわよねぇ……。
ヨルキム大司教様、夜分遅くにお邪魔致しましたわ」

にっこりと穏やかに笑って非礼を詫び、背を向けたリリム。
音なく扉へと向かうその迷いのない動きに何だったのだと思いながらも、パタンと扉が閉まる音が耳に届いた瞬間心から安堵する。
未だしつこく震える足を叱咤しながらベッドにたどり着き、
のそりと乗り上がって寝る態勢を整えようとしたその時


『ああ、そうでした。

もしも嘘を吐いたことが後から分かった場合は……
私と、遊びましょうねぇ、ヨルキム大司教様?』


「!?!?$※£€???!」

ふふっ
ふふふふふふ………


扉越しに響いたその声に、ビックぅぅぅ!!と身体が跳ねた。
不気味な笑い声が、いつまでも室内に反響していた……ようにヨルキムは感じた。


その後朝を迎えるまで、もう声が聞こえてくることはなかったが。
その2週間後の公務で倒れるまで、彼に眠りが訪れることはなかった。


※  ※  ※



(ナキア法国国境地点)


「う~ん、やっぱり法国じゃないかもしれませんね…元々可能性低かったですし。
やっぱりここは……お隣のスレイレーンにでも足を伸ばしてみようかしら?
元々乗り合い馬車の最終到着地もそこですし。

早く会いたいわぁ…
見つけたら、遊んでのろって遊んでのろって遊び尽くしてのろいつくしてから……殺してあげるわ屑娘」



ふふふふふふふふふ………


禍々しい笑い声を最後に、リリム・レイブン死神の姿は掻き消えた。

死神が目指す次なる地は、スレイレーン王国………
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