追放令嬢は森で黒猫(?)を拾う

帆田 久

文字の大きさ
上 下
2 / 54

その2 森に捨てられました?

しおりを挟む



ガタン、ガラガラガラ……


夜の闇も深い中、一台の馬車が目一杯の速度を出して荒い道を進む。
今もまたガタン!!と馬車が小石を踏んだかして跳ねると同時に、馬車の中、縄でぐるぐる巻きに拘束されて転がされた私ー…ルシェルディアの身体もポンとと跳ねて更に転がる。

(あぁ~れぇぇぇ~…。ふむ、意外とこの“遊び”も悪くないですね。
少々難点を挙げるとすれば転がる際に節々があちこちにぶつかって痛むところですが。
ま、些細なことですね!)



馬車の中を振動でポンポンと跳ねながらふふふ…と喜色を浮かべる拘束された貴族令嬢を御者台から振り返り不気味そうに身体を震わせる年老いた御者の男。

初め、この洗練されたドレスを着た貴族令嬢を自国の第2皇子に“魔窟”へと早急に捨ててくるよう命じられた時には令嬢に対して酷く同情心を刺激されたものだが。
彼女の場違いなまでの楽しげな様子に、すっかりそれも薄れてしまった。

(きっとあの皇子の気に触ることを何かしでかしたのだろう…。
まぁ…魔窟への追放はやり過ぎなような気もするが)

またも同情心が頭を擡げそうになった男はいかんいかん!!と首を振って前進することだけに集中する。
男が魔窟へと人を運ぶのはこれが初めてではない。
何故なら男は皇室に雇われた、重罪人を運搬する専用の御者なのだから。
しかしいまだかつて、成人して間もない貴族令嬢を、しかも魔窟へと運搬して捨てて来いなどといった指示はされたことがなかった。
しかも縄で縛られた彼女の容姿は成人していると聞かされても疑いを抱いてしまうほどに幼く、まるで自身の溺愛する12歳になったばかりの一人娘を彷彿とさせるのだ。
つまり何が言いたいかと言えばー…

(罪悪感が半端ない!!!)
である。

そんな、彼にとって幾ばくかの良心の葛藤も意味なきこととばかりに最速で走らせた馬車は魔窟と呼ばれる広大な森の入り口へと辿り着く。

森に生息すると言われる魔物達を極力刺激しないよう、緩やかに速度を落として馬車を止め、
御者台を降りて馬車から罪人とされた令嬢を馬車から下ろす。


「……」

「御者様?」


(本当であれば魔窟に捨てる罪人、慈悲すら与える必要などない、ないのだが…)

どうやら男の最後の良心が、縛られたまま彼女を森へと放り捨てることを拒否したようだ。
黙したまま彼女を拘束していた縄を護身用に懐に入れていた小刀で切って彼女の手足に自由を与えると、その小刀を自身用に用意していた非常食と水袋の入った麻袋へと入れ、拘束から解放された彼女へと渡す。


「持っていけ嬢ちゃん」

「……よろしいのですか?」

「よくは、ないなぁ…。でも、持っていけ。少しは助けになるだろう」

微々たるもんだけどな…と辛そうに告げる歳を召した御者の様子を見て、きっと同情してくれたのだろうと思い、ルシェルディアはお気遣い、ありがとうございます、と頭を下げる。
それを目にして更に顔を辛そうに歪めた彼は、止してくれと呟く。

「俺の仕事は罪人を運ぶこと、これを違えることは出来ねぇ…そういう決まりなんだ。
だからそんなもん渡したところで逃してやることは出来ねぇし、あんたが自発的に森へと入っていくのを見届けにゃあならない。…まぁ、さっき渡した小刀で俺を殺して逃げるって手もあるがな」

寧ろそうしてくれた方が気が楽だ、と悲しげに嗤う彼に、小さく首を振る。


「そんなことをすれば、本当に私は罪人となってしまいましょう。
帝都にいる私の家族にも顔向けできません。よってその案は却下ですね」

「っ嬢ちゃん、あんたやっぱりッッ!!」

「それ以上は言ってはなりませんよ?言っても最早詮無いことですし…さて。
それではそろそろ参りますか」


そういって自分が渡した麻袋を大切そうに抱えて踵を返し、森へと足を進め始めた令嬢の後ろ姿に堪らなくなった男は、


「なぁ!!なんか、なんかないのかよ!
その、…親御ざんに連絡とか、伝言とか!!?」

「ん~…そうですね…確かに顔を合わせる機会すらないまま運ばれてしまいましたし。
ではお願いしましょうか…。

私の名は、ルシェルディア・レイブン。レイブン伯爵家の一人娘です。
もしも叶うのなら私の両親へ直接私が魔窟へとに入ったことと、世に出回るであろう罪状は第2皇子と婚約者…いえ元婚約者の嘘八百であることを伝えてもらえますか?」

「…ああ。きっと、きっと伝えるとも!」

「ふふふっ御者様貴方…優しすぎますね。
私が貴方に転職を勧めてきたと付け加えて下さいな。
ではこれにて失礼」

「っおい!!」


そういって今度こそ令嬢は振り返ることなく、まっすぐ森の中に広がる闇へと消えていった。


「だから……。
なんでそう、楽しそうなんだよ……」


年老いた御者の脱力した小さな呟きが、辺りに悲しげに響いた。





しおりを挟む
感想 98

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?

宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。 そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。 婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。 彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。 婚約者を前に彼らはどうするのだろうか? 短編になる予定です。 たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます! 【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。 ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

処理中です...