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その2 森に捨てられました?
しおりを挟むガタン、ガラガラガラ……
夜の闇も深い中、一台の馬車が目一杯の速度を出して荒い道を進む。
今もまたガタン!!と馬車が小石を踏んだかして跳ねると同時に、馬車の中、縄でぐるぐる巻きに拘束されて転がされた私ー…ルシェルディアの身体もポンとと跳ねて更に転がる。
(あぁ~れぇぇぇ~…。ふむ、意外とこの“遊び”も悪くないですね。
少々難点を挙げるとすれば転がる際に節々があちこちにぶつかって痛むところですが。
ま、些細なことですね!)
馬車の中を振動でポンポンと跳ねながらふふふ…と喜色を浮かべる拘束された貴族令嬢を御者台から振り返り不気味そうに身体を震わせる年老いた御者の男。
初め、この洗練されたドレスを着た貴族令嬢を自国の第2皇子に“魔窟”へと早急に捨ててくるよう命じられた時には令嬢に対して酷く同情心を刺激されたものだが。
彼女の場違いなまでの楽しげな様子に、すっかりそれも薄れてしまった。
(きっとあの皇子の気に触ることを何かしでかしたのだろう…。
まぁ…魔窟への追放はやり過ぎなような気もするが)
またも同情心が頭を擡げそうになった男はいかんいかん!!と首を振って前進することだけに集中する。
男が魔窟へと人を運ぶのはこれが初めてではない。
何故なら男は皇室に雇われた、重罪人を運搬する専用の御者なのだから。
しかしいまだかつて、成人して間もない貴族令嬢を、しかもあの魔窟へと運搬して捨てて来いなどといった指示はされたことがなかった。
しかも縄で縛られた彼女の容姿は成人していると聞かされても疑いを抱いてしまうほどに幼く、まるで自身の溺愛する12歳になったばかりの一人娘を彷彿とさせるのだ。
つまり何が言いたいかと言えばー…
(罪悪感が半端ない!!!)
である。
そんな、彼にとって幾ばくかの良心の葛藤も意味なきこととばかりに最速で走らせた馬車は魔窟と呼ばれる広大な森の入り口へと辿り着く。
森に生息すると言われる魔物達を極力刺激しないよう、緩やかに速度を落として馬車を止め、
御者台を降りて馬車から罪人とされた令嬢を馬車から下ろす。
「……」
「御者様?」
(本当であれば魔窟に捨てる罪人、慈悲すら与える必要などない、ないのだが…)
どうやら男の最後の良心が、縛られたまま彼女を森へと放り捨てることを拒否したようだ。
黙したまま彼女を拘束していた縄を護身用に懐に入れていた小刀で切って彼女の手足に自由を与えると、その小刀を自身用に用意していた非常食と水袋の入った麻袋へと入れ、拘束から解放された彼女へと渡す。
「持っていけ嬢ちゃん」
「……よろしいのですか?」
「よくは、ないなぁ…。でも、持っていけ。少しは助けになるだろう」
微々たるもんだけどな…と辛そうに告げる歳を召した御者の様子を見て、きっと同情してくれたのだろうと思い、ルシェルディアはお気遣い、ありがとうございます、と頭を下げる。
それを目にして更に顔を辛そうに歪めた彼は、止してくれと呟く。
「俺の仕事は罪人を運ぶこと、これを違えることは出来ねぇ…そういう決まりなんだ。
だからそんなもん渡したところで逃してやることは出来ねぇし、あんたが自発的に森へと入っていくのを見届けにゃあならない。…まぁ、さっき渡した小刀で俺を殺して逃げるって手もあるがな」
寧ろそうしてくれた方が気が楽だ、と悲しげに嗤う彼に、小さく首を振る。
「そんなことをすれば、本当に私は罪人となってしまいましょう。
帝都にいる私の家族にも顔向けできません。よってその案は却下ですね」
「っ嬢ちゃん、あんたやっぱりッッ!!」
「それ以上は言ってはなりませんよ?言っても最早詮無いことですし…さて。
それではそろそろ参りますか」
そういって自分が渡した麻袋を大切そうに抱えて踵を返し、森へと足を進め始めた令嬢の後ろ姿に堪らなくなった男は、
「なぁ!!なんか、なんかないのかよ!
その、…親御ざんに連絡とか、伝言とか!!?」
「ん~…そうですね…確かに顔を合わせる機会すらないまま運ばれてしまいましたし。
ではお願いしましょうか…。
私の名は、ルシェルディア・レイブン。レイブン伯爵家の一人娘です。
もしも叶うのなら私の両親へ直接私が魔窟へと自発的に入ったことと、世に出回るであろう罪状は第2皇子と婚約者…いえ元婚約者の嘘八百であることを伝えてもらえますか?」
「…ああ。きっと、きっと伝えるとも!」
「ふふふっ御者様貴方…優しすぎますね。
私が貴方に転職を勧めてきたと付け加えて下さいな。
ではこれにて失礼」
「っおい!!」
そういって今度こそ令嬢は振り返ることなく、まっすぐ森の中に広がる闇へと消えていった。
スキップをしながら。
「だから……。
なんでそう、楽しそうなんだよ……」
年老いた御者の脱力した小さな呟きが、辺りに悲しげに響いた。
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