捨てられたものと拾うもの〜空虚な獣は眠り姫を渇望し囲う〜 

帆田 久

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7話 エピローグ SIDE:陸  捨てられたものと拾うもの

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そよそよと、頬に心地の良い風を感じる。
同時に、なんだか眩しさを感じて、意識が覚醒していく。

「……んん…」

ゆっくりと目蓋を押し上げ目を覚ますと、窓から差し込んだ朝日が酷く眩しい。
明るく映し出された室内とその天井を見上げて、ああそういえばここはと停滞気味の脳が動き出す。

ぼろぼろな僕を山で拾い、医者まで呼んでくれたこの部屋の主。
まだ姿を見たことのない彼は、一体どんな人だろうかと、
骨折で固定された手足と長く寝過ぎて怠さを感じる身体を持て余しながら想像する。

(眠る前は、優しい人だと良いとか思ってたけれど……
あまり希望を持つべきじゃ、ないかもね)

視線を彷徨わせた範囲で見て取れるだけでも、この部屋がとても家賃の高い部類のマンションの内装であることが分かる。或は賃貸ではなく購入済みかも、と。

アパートにしては高い天井に、大きな特注のベッドが置かれた広い部屋。
換気の為か、少しばかり開けられた窓から見える景観に数えるほどのビルの上部しか映り込んでいない。
であるからしてこれは高層マンションだと分かるのだ。
部屋の位置が断じてアパートのそれではない。
そんな、世間でいうところの勝ち組に属する人間。
少なくとも陸の知る社会的に地位の高い人間は総じてプライドが高く、
なんの目的もなく人助けをする善人ではなかった。
腹違いの兄然り
その兄に同調して陸を蔑み都合の良い玩具として扱った
上司や取引先の社長・部長クラス然りー

つらつらとそんな益体もないことばかり思い返してしまうのは、
この後自分を助けてくれた人物が彼ら同様の性質を持ち合わせていても心が痛まないようにとの自己防衛が働いたからだろうか……。

(本当に僕は。つまらない人間だなぁ…)

意識がはっきりしていくにつれて自分という存在全てに不甲斐なさを感じ、
自嘲気味に薄く笑んだその時
カチャリとドアノブの回る音がした。


※  ※  ※

僅かに身体を強張らせながらゆっくりと開くドアを凝視する。

(またあのお医者様だろうか、それとも)

自分を助けてくれた人だろうか?
ドアの向こうから姿を現すだろう人物を脳内で予想しながら注視していると、
やがてドアは開き切り、かなり長身の男が姿を現した。
その人物を目にした瞬間、ひゅっと喉が鳴った。

彼を。
彼を、自分は知っている。


もう何年も前になるが、それでもくっきりと出会った時を覚えていた。
それ程までの、印象深く鮮烈な存在感。

以前はもう少し長く、
今は短く整えられた特徴的な灰色の髪と同色の瞳
髪同様に光の加減によっては銀色にも見えるその両眼は鋭く、それでいてとても理性的な光も放っている。
形のいい鼻筋や漢らしい眉、厚めの唇も
そこはかとなく獰猛な色気を放ち、しかし決して下品な類いではない
厚い胸板も
長く太い手足も
大きな手も精悍さを増していて、無性に鼓動が早まる

自分がこうあれたならと考えて止まない理想的な姿
以前ー…8年前に会った彼と変わりのない、いや正確には存在感は増していたがそれでもあの時同様に目が釘付けになり、陸は身体の痛みも忘れて見惚れた。


ドアが開ききった際僕が起きていることに気付き、緩やかに目を見開いた彼はー…
開け放ったドアを閉めることも忘れてスタスタと僕へと歩み寄り

(!!)

ベッドに横たわる僕の背中を救い上げ、ぎゅう……と抱きしめた。


突然のことに、感情と感覚が麻痺した。
上から覆いかぶさるように僕を広く厚い胸板へと押し付け、長く太い腕を離してなるものかと僕の身体に巻きつけている。

「ぁ、あのっ……?」

何故自分のような“要らない”人間をこんな風に抱きしめるのか。
決して逃げるのを許さないと言わんばかりに。
もしや知らぬ間に粗相でも!?と混乱する思考の中問いかけようと試みたものの、何故か上手く声が出せない。
か細く小さな声が漏れ出ただけだ。
身動きも取れずもどかしさを感じ始めた段になって、男からああ、と何か得心がいったような納得を示す声が発せられた。
同時にゆっくりとなかなかの力で巻きついていた腕と自分を覆っていた彼の身体が離れ、室内のテーブルの方へと歩みを進め始める。
現状を把握するためにも身を離してもらったことは良かった筈なのに、
彼の少し高めの体温が自分から離れていってしまったことを何故だか無性に寂しく感じた。

さして時間もかからず戻ってきた彼の手には、水のたっぷりと注がれたガラス製のコップ。


「起き抜けで声が出しにくいのだろう?飲むといい」

「…りがと、ござぃま…」


ズイ…と差し出されたコップに急に喉の渇きを自覚し、
途切れ途切れの言葉で礼を述べようと試みるもままならず。
少しばかり決まりが悪くなりながらコップを受け取った。
苦労しながら上体を起こし、コクコクと常温の水を嚥下して喉が潤うのを感じホッと息を吐くと、
その間もベッド横に椅子を持ってきて座り自分を注視する男へと目を向ける。

「あの。水、手当てもありがとうございます。
………不動 道鷹さん、ですよね」

(……彼は、僕を覚えているだろうか?)

山中で倒れている人間など本来ならば厄介事しか抱えていない。
というのにわざわざ助け、尚且つこうやって手厚く介護してくれているのは、もしかすると10年前と8年前に2度会ったことを覚えてくれていたからではないかと止せばいいのに淡い期待を抱いてしまう。

そんな叶うべくもない期待は


「…ああ。
久しぶりだな、


俺を覚えていたとは予想してなかった。
目を覚まさないので心配した。


そう言って目を細めて表情を綻ばせた不動によってさらりと応えられた。

「っ夢、かな」

「何がだ」

「貴方が…僕を覚えていて,
それで助けてくれたのだと。
僕の都合の良いことを言ってくれるので、まだ夢を見ているのかと……」


更に心配までしてくれたなんて。

知らず、ポロポロと涙が目から零れ落ちる。

今まで僕の人生で僕が抱いた期待や希望は、尽く裏切られ、潰えてきた。
いつしか期待など、希望など持たぬようにと、ひたすらに甘い考えを打ち消し、押し殺して生きるようになった。
ー叶うことのない望みなど要らない。
そうして凡庸に生きるのに、世の理不尽にもやっと慣れてきて、
その末に死ぬ筈だったのにこの人は。


「夢なわけがないだろう。
お前は俺に拾われ、現実ここにいて、そして…これからもここにいれば良い」

「あまり、優しくしないで下さい。
不相応な期待を……しそうに、なります」

「馬鹿野郎。望めばいいだろう好きなだけ。
寧ろ俺から逃げられると思うなよ?」

「っそう、ですか」


なにせ俺がお前をのだからー。


既に涙を零していた目の涙腺が、その言葉によって崩壊してしまった。
捨てられた僕を拾い、逃げるなと。
逃がさないとこんな自分に執着を見せてくれた。
もうそれだけで、今までの人生が救われたような気が、した。

捨てられた僕は、今日、この日。
正式に拾ってくれた彼のになった。


「拾ったからには、責任取ってくださいね」

「元よりそのつもりだ。
だから安心して、俺のものになれ、陸」


ニヤリと実に漢らしい笑みを浮かべる拾い主に、
廃棄寸前だった僕もまた、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたまま微笑い返した。





======================================================

※これにて一応完結とさせていただきます!
ご愛読下さった皆様、本当にありがとう!!

ー…とはいえ。


R18なのにエロが全くない!
出会いもあやふやだぁ~~(不完全燃焼)!!
とお考えの方のみ、続けて投稿される番外編をお待ち下さい♪
(→因みにR18は残酷な描写用に本来付けたものです)

そんなには続かない予定ですが、
10年前と8年前の出会いなどを含めて掲載する予定です!

番外編は14日午前0時アップします。
ではでは、お楽しみに~(o^^o)
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