捨てられたものと拾うもの〜空虚な獣は眠り姫を渇望し囲う〜 

帆田 久

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4話  SIDE:道鷹  早く起きてくれ、いやまだ起きるな

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あの日ー。
辿り着いた都内高層マンションの地下駐車場から直通エレベーターで最上階へと上り、
急ぎ室内へと入って風呂場へと急行。
全身濡れ鼠且つ泥々な為にベッドへ寝かせてやりたくともこのままではと、
身体を拭き着替えさせる為にその肌に張り付いた服を脱がし始めた道鷹はしかし。
次第に明らかになっていく彼の身体の“現状”に、ただでさえ鋭いと評される目つきを険しく尖らせていく。
完全に衣服を取り払った頃には、堪えきれぬほどの怒りにより、
獣のような唸り声を上げてしまった。

先に指示しておいた彼の着替えを用意して遅れてその場に入ってきた部下・安曇をして、彼のその姿を視界に入れた瞬間ひゅっと息を呑まずにはいられなかった程に。

それ程までに、彼は、陸はだった。

暗闇の山道とは違い、今は室内で照明もついて明るい。
故に陸の状態は余すところなく視認できた。
全身が全身、擦り傷だらけなのは勿論、右腕と左足は骨折しているために折れた周辺が赤黒く腫れ上がっている。
唯一整ったままの綺麗な顔も血の気はなく真っ白で、まるで死人のようだ。
しかしそれらより何より己が怒りを感じさせたのは陸の腹部と首。

自分とその周囲がなまじ暴力を他人に与え慣れているだけに、わかるのだ。
腹部のほぼ全面が、徹底的なまでに繰り返し殴られ蹴られ突かれている。
骨折箇所以上に状態が劣悪。
ヘタをすると内臓まで損傷しているやもしれない、と。
よくよく見れば手の甲や裸足の足にも火傷の痕が複数。煙草や葉巻を押し付けて出来る、所謂根性焼きとも言われる類のものだ。
そして何より、首を絞めた痕。
それもロープのような紐状のと大きな手の痕がこれでもかとくっきり、痣の如く浮き上がっている。
これ程まで濃く痕が残るということは即ち、相当強い力で締められたのだ。
正直、死んでいないのが奇跡なレベル。


思わず慌ててその薄い胸に耳を押し当て、骨折していない方の手首に指も当てる。
かなり弱々しく小さいが、ちゃんと心音と脈があることに僅かな安堵を感じる。
しかしこれではそう長くは持たない。

指示を出そうと安曇へ顔を向けると、既にスマホで医者に急ぐように指示を出していた。

この安曇という男、細面ながらに武術に長けており、また頭の回転も速い。
知り合ったのもこの国最難関と言われている某大学の経済学部で同期生。
遠慮することもない、数少ないそれなりに気心の知れた奴だ。
両親共々どうしようもないロクデナシで、薬をキメ過ぎて早々に死んだのだと吐き捨てるように呟いていたこの部下が何故自分の部下として長年暴力と血が煙る裏社会に付き合っているのか、未だに理解できないが。

基本的に他人に対して俺以上に厳しく冷たい。
現に陸を車に乗せた時も、調査と医者の手配を指示した時も、
口で言わずともあり得ない!と喉元まで出かかっていたのを俺は知っている。
そんな不信極まりない人間を不用意に身近に抱え込もうだなんて、と。

だが、いやだからこそ。
陸のこの惨状を見て思うところがあったのだろう。
医者を呼ぶ必要性も、手元に置く必然性も、調査を迅速に行わなければならないことも。
ましてや自分よりも明らかに線が細く、年下であろう青年。
幼き頃に自身が味わってきたくそったれなひびと環境に重ねたのかも知れない、或いは彼もと。


兎も角、馴染み医者のクソ爺ィが来るまでに陸を綺麗にしなければ。
安曇に送る視線を切り、湯で濡らし絞ったタオルで丹念に身体を拭い。
乾いたタオルで拭き上げ簡素な寝着を着込ませて寝室へ。

慎重にベッドへと横たえて布団をかけ、暖房と加湿器のスイッチをオンにした頃に漸く爺ィが到着。
夜中に叩き起こされたことで文句を言われ、陸の容体を見て蒼褪め、
診察、処置を手早く丹念に済ませた後もどういうことだと事情説明を迫られ。
暫く仕事部屋で落ち着きなく時計を確認しながら書類仕事に励んで、爺ィから陸の意識が戻ったと知らせを受けて寝室へと飛んでいけば再び眠りについていて酷く脱力し、と、慌ただしいことこの上ない夜を過ごして後2日。

そう、2日だ。
つまり、彼を、四条 陸を山道で拾ってから既に3日が過ぎていた。



※  ※  ※




静かに、極力音を立てないように気遣いながら寝室のドアを開く。
同じく静かに閉めてベッドに歩み寄り、すやすやと未だ目覚めることのない青年の横、ベッドの縁に腰掛ける。
ギシリ…とスプリングが沈み軋む音に不快気に眉を顰め、次いで陸の顔を覗き込む。
この3日、昼間に欠かさず点滴を打っているお陰か、最小の明かりに絞っている室内灯に照らされている顔色も心なしか血の気が戻っているように思える。
寝ている間に身動ぎでもしたのか、顔に長めで艶のある黒い前髪がはらりとかかっているのを見て取り、指先で慎重に横へと流して整えてやる。

暫くぼぅ……とその整った甘い顔を眺めていたが、
今の自分にはこれからやらなければならないことがある。
それも


「早く、……早く目を覚ましてくれよ、陸。
俺はまだ10年前の礼も、再会の名乗りも挨拶さえ出来てないんだからな。だから…
早く起きてくれ」


そう言いながらも、やはり今夜だけは起きなくていい、と正反対なことを願い、
寝室を退室した。

地下駐車場から車に乗りマンションを脱した俺の手には、数枚の紙。
朝方険しい顔の安曇から渡されたその調に車内で再び目を通すと、ぐしゃりと握りつぶした。
運転する安曇も、助手席に座る“裏”専用の人間・芝も、後部に座る俺も何も言わない。

どこに向かうかも、この後の予定も。
何もかももう、言わずとも知れているからだ。
この陸の調査書に俺が目を通したその時から。


「いいか、1人も逃すな。1人もだ」

「勿論、そんなはしませんぜ会長」

「特にはー…捕らえたら、丁重に、別室に運んでおけ。
俺が直々にもてなしてやる」

「くく…それは重畳。きっとあまりの歓迎ぶりに感動して咽び泣くのでは?」

「ハハッ!!安曇補佐も上手いこと言うぜ!」


やっと開いた口では軽口を叩くように、しかし凄絶な殺気を帯びながら。
車内で男達がうっそり嗤う。

30分ほど車をひた走らせ、自社ビルへと到着。都内の一等地に建つその高層ビルには一般社員が存在すら知らない完全防音の効いた地下室が複数ある。
用途は追って知るべしな類の。

安曇が恭しくドアを開け、車から降りる。
芝も降車したところで待機していた別の男がそのまま車を駐車場へと運んで行き、別のスーツ姿の大柄な男が身を寄せる。
その男が耳元で、




そう告げると、満足気に頷きでもって返し。
男の先導で裏専用の隠し通路から地下へと降るエレベーターへと乗り込む。

そうして地下階へと到着したエレベーターが開き、複数の扉と裏方の部下達を視認すると。

「さぁお前ら。
俺は“特別室”にかかりきりになるが。
俺のであり俺のものとなった人間になかなかのおもてなしを長年にわたってしていた人間の関係者達だ。
こちらも、精一杯、

それぞれの扉の前に立つ者達と両脇に立つ優秀なる部下2人はその言葉にー…
ニタリ、と揃って不気味な笑みを浮かべて了解と静かに呟いた。


「さぁて、楽しいもてなしの時間だ」

各扉へと静かに吸い込まれていく部下達を尻目に、
自身も部下達そっくりの嗜虐的な笑みを浮かべたまま、最奥・正面の扉へと足を進めた。


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※次回、胸糞・残酷描写注意報!!
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