創煙師

帆田 久

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第1章

閑話  地下での会合

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(赤煙国・朱儒ノ城、地下牢)


光の届かない地下の暗がりで、複数の気配と呻き声が響く。
しかしいかんせん暗闇が濃く、どこに声の主がいるか、
はたまたどのような様子なのかを判別する術はない。
一つだけ奇妙なことがあるとすればそれは、呻き声が皆女か子供の発するそれであり、男のものが一切ないということくらいか。

ともあれ、彼らの様子を知り得る人物とはひとえに、
彼らをへと入れた当人と関わった者だけ。

そんな陰鬱極まりない空間の開けた空間ー…入り口側の場所に、
1人、また1人と音もなく気配が増えていく。

殊更に暗闇を好む日陰者達がこの日、集結しつつあった。


※  ※  ※


じめじめと不快な湿気を帯びた地下空間に、
ぺたぺたとだらけた足音が響く。
同時に姿を現した若い青年に向かって、

「……遅いぞ、火輪かりん

空間の壁に背を持たれさせて低く呟く一際大柄な壮年の男が1人。


「うっせーぞおっさん、輪切りにされてあの世に行きたきゃそう言えよ」

男の言葉に苛立ち紛れにすぐ噛み付いた一番若手の男が1人。


「まぁ抑えよ龍堂りゅうどう
輪が反抗心旺盛な思春期なのは元より分かっていたことではないか」

「あ?巫山戯たことばっか言ってっと殺すぞ蛇炎じゃえんの爺ィ!」

ほほほと若者を庇うようでいて嘲り笑う年老いた男が1人。


「蛇炎殿の意に是。未熟な精神を露呈する発言が顕著。器の青さがが目立つ」

機械的な口調で老人に賛同する異常に痩せた不健康そうな男が1人。


「ガッハッハッハ!!人間我欲も意見も強くてなんぼであろうがっ!!
儂はそのイキの良さ、嫌いじゃないぞ!
ま、しかしながら新参者は上の者に従うのも世の道理っ、少し自重せよ!!」

やたらと口の回る煩い肥満体の男が1人。


大躯の偉丈夫 名を龍堂

若き粗暴なる青年 名を火輪

嗤う老人 名を蛇炎

独特なる口調の痩身痩躯 名を地毒じどく

陽気で矮小なる肥満夫 名を火酒ひざけ

ー…計5人
彼らこそ創氏より煙具を授かりしかの者の守り手にして、
赤煙国の最高武力。


この日この時、その全てが陰鬱なる地下へと集合を果たした。

初めにやってきた人物を含めて、
集合完了時間から既に30分以上は過ぎている。

とある事態を受けて集った国の重役たる彼らはしかし、
もう1人、集まるべき者がいないことによって話し合いは進行していない。


「俺ばっか遅いみたいに言ってっけどなぁ!
肝心のクソ野郎がいねぇじゃねぇかよ!?
あんのクソ蝙蝠野郎…っ、俺らを待たせるなんて何様だっつの!!」

「我らが言うなら兎も角、一番最後に来た貴様が言う台詞でもないがな!!」

「うっせ!」

「何はともあれ、彼奴の報告を聞かねば動きようがないことも事実。
分かったら少し黙っていろ」

ギャーギャー悪態を吐く火輪をピシャリと言で黙らせる龍堂。

地下の牢には当然、用を足す場など用意されていない。
牢に囚われた哀れな囚人達の垂れ流した排泄物の臭気が、集う男達の鼻を刺激する。
いかな若者を嗜める年長者とて、その臭気を感じないわけも無し。
出来ればさっさと話を終わらせてこの場を後にしたいというのは、彼らの共通認識なのだろう。

若干の苛立ちめいた気が空間を支配しかけたその時、
暗闇が揺らいだ。

そして一同が見守る中、1人の小柄なが暗闇より現れた。

「いやぁ~、お待たせしてしまってすみませんね皆さん!」

ちょっと僕の上司が人使い荒いもんでとヘラヘラ軽口を叩きながら現れた男はこの中の誰よりも若い。
だというのに遅れたことを大したことと認識していないのが、その軽すぎる謝罪にも露わだった為、例の如く二番目に若い青年ー…火輪が吠える。

「ふざけやがってこの屑が!
潜入と情報の吸い上げが得意じゃなかったら誰がてめぇみたいなクソなぞ待つかよ!?
一遍、いや百遍死んでこい!!
それとも手伝ってやろうか」

「おお怖~い!
僕か弱いからそんなこと言われたら話もまともに出来なくなっちゃうなぁ~、困ったなぁ~」

「っこのッッ!!」

「2人とも、黙れ」

ずぅぅん……と重く沈む錯覚を起こす声色が、
2人の無駄口を塞いだ。

5人中、一際尋常でない気配を纏った龍堂。
その迫力と彼の持つから、彼らの取りまとめとして君臨している。
しかし元が個々にて栄誉ある煙具を授かった身、比較的年若かつ融通の効かない性格、そして彼の“前歴”から彼を見下しているものも少なくない。
寧ろ、真っ向から噛みつく火輪以外の3人全てがそうだと言って良い。

事実、彼の言葉を鼻白んだように嗤っている火酒や蛇炎の態度がそれを物語っていた。

だがそんな彼らの序列意識など全く興味がないとばかりに、
或いは龍堂の強い視線に急かされてか、呼び出された案件について報告する為少年が口を開いた。


「えー、では時間に余裕もありませんのでご報告しまぁす!
本日未明、山中より貴方方がとして使っていた山賊が使“彫像のように固まった”状態で発見されました。
現在それらは全て赤狼の屯所に収容され、半数の部下達が痕跡調査の為に山中を現在も継続して調査中。
尚、貴方方ご懸念のは現在単独で色街へ情報収集に繰り出しています。
おそらくいつもの情報源である“火車”へ足を向けたものかと」

「……ほう?」

「彫像、とな?ふほほ!あの塵どもも彫像なんぞにされて、なんとも哀れよの」

「ふんっ!あんな輩、儂は元々使うのは反対だった!!
本当に使えない…使い一つ簡単に出来んとは!!」

蛇炎と火酒の罵りに次々と賛同の声が挙がる中、それで?と龍堂が口を挟む。

「我らの駒を彫像に変えた犯人は知れたのか」

「いえそちらはまだ」

「ちってめぇも大概使えねぇなぁ、蝙蝠野郎?」

「えー?無茶言わないで下さいよぉ~!
こう見えて僕、とっても忙しいんですよ?」

「…まぁそれは知れてから報告しろ。
他には、そうだな……山賊達が拐ってくる予定だった“赤毛”はどうした」

「あ、それなんですけどね?
貢ぎ物、じゃなくて赤毛ちゃんって“火車”の働き手じゃないですか。
ここに来る前面白い話を聞いたんですけど。
夕方無事に帰ってきた時に1人、えっらい綺麗な男?を連れて帰って来たようなんですよ!」

「“赤毛”が男を連れてようがんなことどうでもい」



ざわ………

にわかに一同が騒ついた。

「てことは何だ……?
赤毛も彫像を作った犯人もあのくそ狼も。
全員が今、妓楼に集まってんのかよ」

「んー、まだその人物が山賊達を彫像にした犯人、とまでは言い切れませんけどね?
でも面白いですよねぇ……。
今頃我らが団長様と鉢合わせてたりして~!!」

流石団長!と何故かはしゃぐ少年を尻目に、徐に火輪が動きを見せる。

「どこへ行くつもりだ火輪」

「あ?んなの決まってんだろ。
駒を潰してくれた犯人と俺らの邪魔ばっかりする鬱陶しいくそ狼。
両方おんなじところにいるんなら話は早ぇ!
……まとめてぶっ殺してくるんだよ!」

ついでに赤毛も拐ってくりゃあ、文句はねぇだろ?

殺気を放ちながらニヤリと嗤う火輪は、完全にその気だ。
血の気の多さに周囲がため息を漏らしそうになる中、意外な人物から賛同が挙がった。


「では行ってくればいい」

取りまとめであり、彼らの中でも慎重派の男、龍堂である。
彼にあっさりと許可を出された火輪は目を見張る。
まさかこの男が?と。
しかし、結局は昇りきった血の気が勝った。

「へぇ…まさかあんたからいいと言われるとは思わなかったけどな。
まぁいいや、好きにやらせてもらうぜ」

「ああ、行くのは構わんし連中を殺すのも構わん。
だがあの“火車”の楼主は少々厄介な存在だ。
二兎を追うもの一兎も得ずともいうであろう、赤毛は俺が拐おう」

「ますます驚きだな!…なんか企んでんじゃねぇよな、おっさん」

「企む?そんな面倒なことはせんよ。
ともあれ、夜の内に済ませたい。
お前は連中の始末に行く、俺は赤毛を連れ帰る。
それでいいのではないか?」

「……ああそれで良いぜ。しくじんなよおっさん」

「誰に言ってる。
お前こそ血の気が多いのは大変結構だが、柳は強いぞ?
もう1人のも、本当に犯人なら得体が知れん、油断だけはするなよ」

足元すくわれてあっさり死んでも知らないぞ?

そう言ってさっさと暗闇に溶けていった龍堂をふん、と鼻で嗤うと、
あんたこそ何言ってんだかと独りごちて同じく暗闇に姿を消した。


「……むぅ、何やら我ら、完全に蚊帳の外では?
放置とはまた……若者は年寄りに優しくないのぅ……」

「全く同意である!!なっとらんっなっとらんぞ!!」

「肯定」


まぁ面倒ごともまた全部若者に任せて我らは高みの見物と決め込めば良い
それこそがの高貴なる務めというものよ


そんなことを得意げに言って残して、他の3人も去っていった。


暗闇に残るは1人の少年のみ。
愛嬌のあるその可愛らしい顔には些か似つかわしくない、奇妙な笑みを浮かべていた。

(老害3匹、馬鹿1匹。
もう1匹、いや1人はまぁいずれ団長が直々になんとかすると思うけどさて。
取り敢えず、僕の役目は果たしましたよ?)

馬鹿の対処は自分でなんとかして下さいね~と歌うように呟くと、
蝙蝠と呼ばれた少年もまた、その陰気極まる場所を立ち去った。



夜、人知れず行われた会合という名の集会はこうして閉会し、
地下は再び囚人達の呻き声しか聞こえない空間に戻った。
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