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第1章
第10話 優男、用心棒と対峙する
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甘い声であの手この手と紫円を落とそうと躍起になる女衆に囲まれて、彼女達の獲物と化した哀れな羊ー…否、紫円ははははと乾いた笑い声を上げながら、ポリポリと頬を軽く掻いた。
唯一の頼みの綱、というより救世主たる少女・雫は、一早く部屋を去った楼主に何事かを告げられた後に続くようにして非常なまでの無関心さで「私はこれでお暇させてもらいます」と頭を下げたのち、とっとと部屋を退出していってしまった。
孤立無援……たくさんの華に囲まれていながら孤独感に涙を禁じ得ないよと小さく嘆いてみせることで気を紛らわせる優男の姿がそこにはあった。
彼の宴会を開くために帰宅や宿替を余儀なくされた男達がこの現場と彼の呟きを聞いたなら、なんて贅沢な、代われ!いや爆発しろ!!とどす黒い殺気と共に声を揃えて罵倒されたであろう。
が、当然そんなことは当人たる紫円には預かり知らぬことであり。
まぁ兎に角、無法地帯(人によっては桃源郷ともいう)と化したこの火車二階・大広間の状況を鎮静化、或いは脱出することは不可能に近いのだろう…と諦めの境地に達した紫円は延々と注がれる酒を飲み干し続けているのだが…。
そんな彼の心情を知ってか知らずか。
それは救いの神か、それともお邪魔虫か。
少なくとも獲物と化してしまっている紫円当人にとっては、その二人の人物が姿を見せたその瞬間だけは前者となったに違いない。
“失礼しやす”
渋い声でそう告げて襖を開け、紫円にお客人ですと告げてきたこの楼閣の帳場頭と。
その厳つめしい筋肉質な彼に紹介されて部屋へとのそりと足を踏み入れた、長身の若い男は。
瞬間静まり返った部屋の様子にホッと息を吐きながら、にっこりと極上の笑みを浮かべ、
救世主(?)な闖入者に声をかけた。
「ああこれは夜分遅くにどうも初めまして。
してー…貴方のお名前と、御用向きは?」
それに対しての(紫円曰くの)救世主の答えはといえば。
「……清。
貴様の名は?」
ぼそりと呟くように発せられた、無愛想且つ簡潔すぎる一言だった。
ここ、楼閣・火車にて、多くの華達に囲まれる中。
一人の胡散臭い美麗な優男と高身長・無愛想な用心棒が、初めて顔を合わせることと相成った。
===================================================
「紫円、と申します。何、しがない流しの飾り職人ですよ。
で、御用向きは?」
先程答えなかった、ここに現れた用件について再度問うた紫円の言葉を黙したまま聞き流し、周囲に侍る女衆に、
「去れ」
そう冷たく一言告げると入口の襖に寄りかかり、腕を組んだまま今度こそ微動だにしなくなってしまった。
行動から察するに、彼と紫円以外の全員がこの場から立ち去るまで何も行動も発言もしない、と言外に告げているんだろう。
冷たい言葉を突然浴びせられた女衆は、顔見知りであり楼閣の用心棒といえども許せん!と最初憤慨したように清に詰め寄ろうとしたものの。
側に控える帳場頭の源二が小さく首を横に振り、無言で“引け”と鋭い視線で告げてきた為、渋々ながら一人、また一人と退出していき、遂には清を連れてきた源二もその場を去っていった段になって漸く清は動きを再開した。
スタスタと遠慮のない歩調で座したままの紫円の前まで歩み寄ると、どかりと雑な仕草で紫円の対面へと胡座をかいて座り込んだ。
そうして紫円の方へと顔を向け、
「話が聞きたい。
貴様が何者で、どこから来て、何を知っているのか、全て」
と宣った。
これにはさしもの紫円とても、苦笑を溢さずにはいられなかった。
尋問の類いにしては、余りに抽象的且つ問いとそれを問う目的が分かり難すぎると。
「……いやはや、これは参りましたね……。
清さん、と仰いましたか。
流石にそれでは最終的に何を聞きたいのかさえ分からず、こちらとしても答えようがありません。
何より……
初対面の貴方に私が親切丁寧に答えて差し上げる義理もなければ必要性も、感じておりません」
「つまり、何も答えるつもりはないと」
「ええ、なにも」
逆に何故話さなければならないんしょう?とにっこり笑んだまま言い返された言葉に、そうか…と小さく呟き。
徐に、その手はー…腰に差した一本の長い棒に添えられた。
笑んだまま用心棒を見上げる優男と、棒の柄をそっと握り込む長身の用心棒。
二人以外に人気のない二階広間には宴の余韻は既になく、突如として妙な緊張感を帯び始めた。
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