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第1章
第9話 用心棒宿二階の住人
しおりを挟むここ、赤煙国の花街には女郎宿や楼閣以外にも、新領主となってかららも数は少ないながらも一般的な宿屋が未だ生き残っている。
その中の一軒、“巣”というかなりガタのきた看板を掲げた二階建ての古びた宿屋は少々特殊だ。
表向きは一般の旅人向けと謳っているが、その宿屋の中は常に超満員、新たに宿泊客を迎え入れる余裕はない。
更にいえば。
初見でその宿屋の暖簾を潜ろうとした一般客は9割、いやその全てが直後に慌てて宿屋から逃げ出してしまう。
何せ暖簾を潜った先、その宿屋の一階入り口の食堂兼酒場には、常にガラ・人相共に悪い男達で席が埋め尽くされているのだから。
そんなだから当然泊まっているのは全て同類。皆が皆、定職を持たず(というより持てず)呑んだくれているか賭け事をしているか。
要するに一種の悪い種類の人間の溜まり場なのである。
ここで一つの疑問を覚える者もいるだろう。
ただでさえ問題が起きやすい花街にそんな宿屋がそのまま放置されていたら治安は荒れに荒れて早晩街の営み自体が成り立たなくなるのではないか?と。
しかしながら答えもまた明白にして単純。
花街だからこそ。
日頃より酔客などが問題を起こすことの多い花街だからこその需要というものがあり。
商人や花街の店の人間が、自身の護衛や用心棒としてその人相の悪さと喧嘩に明け暮れた彼らの腕っ節を求めて日々この巣へとやってくるのだ。
その為、その日を生き抜く為の日銭や豪商との契約の機会を求めて彼らはこの宿に集い、溜まっているのだ。
そして泊まっているのも、この宿屋がこの国一安い、ただそれだけが理由。
だが、ただ一階に溜まっている連中と、継続的に宿屋に泊まり続けている連中では少々荒くれ者としての質が違う。
継続的にー…つまり激安とはいえ連泊し続けることが出来るだけの財力、つまりは金を得る手段を確保している手練れか伝のある人間かそうではないか。
はっきりと彼らの中でも明暗が分かれているのである。
だからこそ余計に仕事が、金がすぐ欲しいその日暮らしの連中は一階入り口すぐ側に常に陣取っているのである。
そんなガラの悪い・一般向けでは決してない宿屋・巣に今晩もまた一人、とある楼閣より使いの男が暖簾を掻き分けて足を踏み入れるのであった。
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ガラリと建て付けの悪い引き戸の開く音に、宿屋内の人相の悪い荒くれ者共や流人共が一斉に顔を向ける。
酒を飲みながら、花札を持ったまま、椅子に座ったまま、と態度や待ちの姿勢は様々で一見すると新たなる入店者を怠惰且つ煩わしそうに見遣っているようだが、僅かに荒くなっている鼻息や一様に血走った余裕の欠片もない目が見事にそれを裏切っている。
その無遠慮且つ人によっては不快を伴う視線を慣れたものだとまるっと無視して宿屋の入り口を揺るぎない歩調で突っ切っていく長身の男。
日に焼けた浅黒い肌、みっしりと筋肉の乗った身体。
何よりもその顔はその宿屋に屯しているどの男共よりも厳つめしく、視線も研ぎたての刃物のように鋭い。
自分を売り込もうと一歩近づいた荒くれ者をちらりと視線を向けただけで後退させ、注目する男達の間をするすると進んでいく。
やがてその男が宿屋奥の階段を上り始めた段になって、一階では落胆のため息やくそっと呟く声がちらほら。
要は、日雇いに用はないということだからだ。
そんな、一階中の落胆を背に淡々と、否、心なしか早足で二階へと上がった男は狭苦しい廊下を進み、最奥のー…二階の角部屋の前にたどり着く。コン、ココンと変わったリズムで戸を叩くと部屋の中より『誰だ』とくぐもった声が。
「清さん、“火車”の源二です」
ここにきて漸く強面の男、火車の帳場頭・源二が口を開く。
源二の名乗りからやや間をあけ、ゆっくりと戸が開くとそこには。
長く伸びきって目を覆い隠している以外は短い黒髪、高身長の源二より更に高い身の丈。
体格は源二よりはるかに細身ではあるものの決して頼りなさを感じさせることなく。
それどころか長身と相まって妙な迫力を醸し出している若い男が、部屋から姿を現した。
「……仕事、か?今日は予定にはなかったはずだが」
「すいやせん。楼主から先生を呼ぶようにお達しがあったもんで」
「……契約の通り、報酬は用意しているんだろうな?」
「へい。だからこその呼び出しだと俺は思いやすよ。
ー……それで、おいで下さいますんで?」
「契約の通り報酬が用意されているんなら、それでいい……」
ぼそぼそと低い声でそう呟くと、清ーまたは先生と呼ばれたその男は廊下に出、鍵を閉めることもなく乱雑に戸を閉めるとスタスタと階段に向けて歩き出した。
相変わらずの無愛想ぶりだと軽く肩をすくめて苦笑を漏らす源二。
火車の楼主と個人で特殊な契約を結んで用心棒を務めるこの男、出自も正確な歳も全て不明。
目を見て話そうにも長く伸びきった前髪が邪魔をし、尚且つ言葉数も極端に少ない彼だが、一つ確かなことは。
とても腕が立つということ、ただそれだけ。
腰には一本の棒をさしている。それ以外は防具も、刃物も何もなし。
だが何度かお目にかかったその腕前。
それだけで、彼を自身の務める楼閣の用心棒と認めるに余りある、と源二は考える。
暫し物思いに耽ってその場に留まっていた源二だが、清の姿が階段場から消えたことに気付くと、やや慌てて後に続いたのだった。
夜の闇も深まりつつあるこの晩。
自身を呼びに来て後に続く帳場頭の存在などまるで気にすることなく、用心棒宿“巣”二階の住人・清は、楼閣・火車に向けて淡々とその歩を進めていった。
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