創煙師

帆田 久

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第1章

第6話 煙草と男と幼女と少女〜“私室”と包帯の下②〜

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 解かれて緩み、包帯がするすると顔の表面を滑って正座していた雫の太ももに落ちる。そうして顕になった彼女の顔ー…右眼と同じく左眼にも一切の傷跡の類はなく、光も失っていなかった。が、唯一その瞳の色、右の黒眼とはまるで似つかぬ、蜂の蜜を溶かし込んだかのような琥珀色の瞳が異様な存在感を放っていた。
 その異端な色合いの瞳を、寄りにもよって面持ちの端正な男に覗き込まれ、ひどく居心地の悪さを感じた雫。

(どうせまた、気味悪がられる)

 紫円は山中で賊達に、幽霊だ、化物だと云われたと嘆いていたが。こんな、左右の瞳に違う色を宿した自分の方がよっぽど“化物”じみているー。
 自身では見慣れ、他人にどう悪感情や不快気な眼差しを向けられようとも大きく波打つことの無い感情が、この男にそう思われるのだと思った瞬間何故か、容易く不安に揺れ動く。この男の口からはどうしても。己の存在を否定する言葉を、拒絶の意思を向けられたくない。
 表情の乏しい面持ちの下で激しく訴える感情に戸惑いながらもしかし,分かりきった反応だと半ば諦めている自分がいる。
もう、見せ物になるのはこれ位でいいだろうと、巻き直す為に包帯の端を掴んだ雫の手はしかしー。

(……え)

ふいに横から伸びてきたしなやかで大きな、男の手によって掴まれた。

 おそるおそる、手の主の表情を伺った雫はそこに、まるで侮蔑や忌避のない、寧ろ純粋な感嘆に染まった瞳をみた。

「ああ…。すばらしい」

まるで熱に浮かされているかのようにうっとりと囁き、ぼぉっと自分の瞳を凝視する紫円。


「……気持ち悪く、ないのか?金色の瞳なんて」

思わず零れた自虐的な発言に対して紫円は、うっとりと細めていた両眼を見開き、とんでもない!という。

「雫さんのは非常に珍しいですが、同時に特別な物なのですよ?左右異眼さゆういがんー…他にも色の組み合わせはありますがこれは……。“左眼琥珀”に“右眼黒曜”ですね。そもそも、現在はそう知られていないのかもしれませんが、かつて貴方のように左右に異なる配色を持った者は“神宿る器”として人々に崇められたり、存在することそれ自体が吉兆の証とまで云われていた程縁起の良いものなのですよ」

「サユウ、イガン?神宿る、器?……は??」

この男は一体、何の話しをしているのだろう。
聞き慣れない言葉の連続に、何がなんだか分からない。困惑を深める雫を余所に、紫円は一人熱を上げていく。

「その中でも、特に特殊で稀少とされたのが貴方の瞳。ああでも、しかし……。鹿火殿」

「何だ」

「この配色は確か、誕生する際唯一にして明確なとある条件があったはずなのですが……、何かご存知で?」

「…まぁな…伊達に長く生きちゃあいねぇよ。だがな、雫は6年前に山ん中で拾ったんだよ。ぶっ倒れてやがったし、おまけに自分の名と歳以外の記憶がないときた」

トントン、と燃え尽きた刻み煙草を捨ててフッと吸い口から息を吹き込んで煙管内に残った灰を吹き出した鹿火は、すかさず新たな刻み煙草の玉を火皿に詰めつつ答える。

「…残念ながら<>は見つかっちゃいねぇよ。そも、本当に存在しているかも分からんしな」

「そうですか」

「それに拾ったばかりの頃はともかく、5年程前からこの国は急に。どういう理屈が働いたんだか、死ぬ様子すらなかった先代国主の急死に、なるはずの無い屑がこの国の国主……創氏になったんでな。その部下もまた揃って屑。加えて、ちょいと変わった形をした国民が次々と姿を消し始めて終いにゃあ“神隠し”なんぞと呼ばれるようになっちまって切りがねぇ。全く厄介なこったよ」

「だからこその“包帯”ですか。赤髪も珍しいと云えばそうですが、この“瞳”程ではないでしょうしねぇ」

「そういうこった」

ふむ、と思案顔の紫円は未だ手を握ったまま。気味悪がられていないとわかり、ホッと胸を撫で下ろした雫であったが、中々離されることのない手に、何やらムズムズとしたものを感じて身動ぐ。

「雫さん」

「何」

「今、お幾つですか?」

「は?」

「女性に歳を聞くのは失礼かとも思いますが、お幾つですか」

これまた唐突に、よくわからない質問をされた。

「…16になった」

別段言い渋ることでもなかったので端的に答える、と。

「すると雫さんは既に、歴とした一人前の成人女性レディですね!」

「…は?」





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