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第二章 帝国編
第62話 違和感の正体
しおりを挟むシェイラ達が白磁宮内から脱出を果たした丁度その時、上空から何かが激突する爆音が辺り一体に響き渡った。
『くっ!』
『くそっ!またおっ始めやがったか!?』
顔を顰めたルードと悪態を吐いたガドが上空を見上げる。
シェイラも同じく上を見上げたが、その際上空に膜のようなものが広く伸びてかの人ならざる二人を覆っていることに気付く。
(あれは…結界!!)
それも、自分などが展開するより遥かに分厚く広範囲のものだと瞬時に理解する。
おそらくオーギュスト様がこちらにこれ以上被害を及ぼさないよう手を打ったのだろう。
精霊王の名は伊達ではないとばかりに上空では暴風が吹き荒れているのがこちらからもよく見て取れる。
が、敵もさるもの。同じ(?)人外なだけあり、最早人ではあり得ない程にぐにゃりと伸び蛇の如くのたうつ両腕を鞭のようにしならせて鋭利な刃と化した伸びた爪で風を纏った精霊王を害そうと攻撃を絶やしていない。
更には。
『……あいつ、尻尾が生えてきてないか?』
『確かにありゃあ…何かの尾だな』
両腕や爪だけでなく、腰あたりから長い尾のようなものが生えてきている。
小柄な老人の身体が変形してきているのだ。
黒くヌメヌメと濡れ光るような質感に嫌悪感を感じてしまうのは、その生えた尾がびっしりと鱗に覆われているからだろうか?何れにしても人間の持つ身体の部位であろうはずもなく。
どちらかといえばそれは蛇やそれに類する爬虫類に属するものの様だ。
(…まぁ、爬虫類と分類するとすれば、何故に手足があるのかという疑問が頭を擡げる訳なんですが…)
『『シェイラ(様)…?』』
『嬢ちゃん…?』
上空では今尚人外達の激戦が繰り広げられているというのに、先程のガド様とモリーのほのぼのとしたやり取りからこっち、若干抜けてしまった緊張感が回復してくれない。
つまり締まらないのは二人に原因がありますわ!そうに違いありません!!
と、誰に言っているのかわからない言い訳を心中に抱きながら上空を見つめたままふんすと息巻くシェイラに、彼女以外のルード、ガドモリーが目先の危機の元から視線を外して訝しげな視線を送り始める。
が、すぐにそんな些細なことに思考を割くべきではないと三人が三人ともすぐに現実へと立ち返る。
彼らは現在、白磁宮裏、先日ルードが参加した母親主催の茶会が開かれた広い庭園へと身を置いていた。
というより、白磁宮内部にいたほぼ全ての人間は現在この場に避難し集っている。
騎士団長たるガドの指示により迅速に避難し終えたために怪我人などもなく皆無事のようではあるが、唐突に非常事態へと巻き込まれて困惑し、また上空のそれを目撃して恐怖しているのであろう。
皆一様に顔色が蒼褪めている。
しかし皇帝たるルードと指示を出した騎士団長が揃ってこの場に五体満足で存在しているおかげで、いまだパニックを起こしていないのが幸いだ。
今ならまだ指示が通る、皆しっかりと話を理解して従うだけの余裕があるということなのだから。
『陛下』
『ああ、そうだな』
この場に避難して暫し、漸く身体に力が戻ったらしいモリーが小さくルードを促し、彼もまたそれに頷き、近くに寄ってきた文官や騎士団員達にガドと共に更なる避難・騎士の部隊編成などの指示を飛ばし始めた。
早いところ彼らに新たな指示を出して冷静且つ迅速にこの場からも退避させ、事態の収拾に着手せねばならない。
それに他にも心配事がある。
(前帝様と現皇紀様ー…ルードの御母君がいらっしゃらない…?)
そう。
この場に真っ先に避難してなければならない筈の、現皇帝と同等に希少かつ国にとっての重要人物の姿が二人ともないのだ。
声を張り上げながら指示を飛ばすルードやガド様が時折周囲に何かを探す素振りを見せていた為に遅ればせながらそのことに気付いたシェイラであったが、同時に、彼の姿もないことにも気付いていた。
リオン・ルーベンス・カルド・カリスティリア
漏れ聞こえてくる騎士団員達や文官達の報告によれば、白磁宮内にいた人員は全員この場に避難を完了している筈。だというのに、白磁宮内に部屋を持つリオン殿下がこの場にいないのは明らかに不自然。
そしてそのことを誰も指摘しない現状もまた然り。
誰も、指摘しない。
あれ程今回の騒動の元凶として警戒を滲ませていて疑惑を確信にまで至らせていた筈の、ルード達でさえ。
(なにか……なにか、おかしい)
『シェイラ様?…どうされたのですか、もしやお加減でも?』
モヤモヤとした違和感が自身を包み、顔を顰めるシェイラに、モリーが異変を感じて声をかけてくるが、それに応えることなくじっと違和感の正体を探る。
一部が派手に破壊された宮殿、不安に揺れながらも指示に従い行動する宮仕えの人々、彼らに指示を飛ばす上官、ガド様、ルード……。
順々に、ゆっくりと。それぞれを注意深く見渡していく、と。
(あれは…何?)
一点。
先程白磁宮にて自身の結界に幾度となく斬りかかってきた末にガド様に斬られ、重傷を負ったまま意識のない副騎士団長。
避難と共に騎士団員らがこの場へと運び出したのだろう。
虫の息とはいえ一応万が一にも暴れられないようにと厳重に縄をかけられ芝の上に転がされた彼の、軍服上部ー…左胸の辺りから、とてもかすかで、それでいてとても嫌な気配が漂い周囲に漏れ出ている。
『シェイラ様、どこに…。!?近づいてはなりません!!』
(あれを放置しては、駄目な気がしますわ)
ふらりと倒れ伏している彼に向けて足を進め始めたシェイラに、モリーが制止の言葉をかけるが、私が聞く耳を持っていないことを様子から悟ると小さくため息を吐き、私と並んで歩き出した。
肩に触れ、『私がまず様子を確認します。くれぐれも先にお手を触れにならないように、いいですね?』と告げてくる彼女に小さく頷くと、目標にあっけなく到達。
元より自分が立っていた場所と大して離れていないのだからそれも道理なのだが。
そうしてまずモリーが彼を軽く足先で蹴り(結構容赦ないですねモリー…)完全に仰向けたのちに頭の方に回り、意識のない彼の上体を起こさせ両腕を背中に回して拘束しつつ、私に向けて『どうぞ、ご検分下さい』と告げる。
再度頷き、彼の前にしゃがみ込んで違和感と嫌悪感の強い彼の軍服の左胸辺りの内側を探る。
『シェイラ!!目を離した隙に何をやって!?』
『嬢ちゃん、勝手に動き回んなって言って』
『少し、静かにしてくださいましお二人とも』
『『……』』
あらかた指示を出し終えてシェイラがモリーと共に勝手に動いたことと彼女自身を害そうとした彼に不用意に近づいたことを窘めようと上げた声は、集中しているシェイラの耳には残念ながら届かず。
代わりにモリーにシェイラ様の集中を切らすなと言外に窘められ押し黙る。
シャツ越しに彼の左胸に、やはり強烈な違和感の元の存在を感じる。
(何かしこりのような…これは、石?)
軽く押すとゴリッッと手に硬い感触。
こんな石のようなものが左胸に埋まっていると?
懸命にその硬い存在を知覚・把握しようと目を閉じて集中すると、しこりに当てていた手が瞬間、カッと熱を持った。
『ッッ!!?』
『『『シェイラ((様)嬢ちゃん)!!!?』』』
かなりの熱を感じ、まるで火傷をしたように錯覚を起こしたシェイラはバッと手を軍服から引き抜き、熱を払うように振る。
が、よくよくその手を見れば、どこにも火傷の跡はなく、赤くなってもいなかった。
何だったんでしょう??と首を傾げていると、ややあってコロロ…ボトリと何かが転がり落ちる音が。
心配する周囲を他所に、その音源に目をやると、そこには黒光りする、小石が。
そしてそれの放つ異様な“気”が、自身の感じていた違和感の元凶であることを理解した瞬間、ルードに向けて叫んでいた。
『ルー…、陛下!あれを、あの黒い小石を壊してください!!』
『!?っ分かった!!』
『っおい!?』
一瞬自身の剣に手を伸ばしかけたルードは、隣に並ぶガド様の重量ある大剣を借りるぞ、と一言告げて引き抜き、垂直に真上からその切先を振り下ろし、突き立てた。
パリン!!
到底石のような硬いものが割れる音ではなく、硝子のような薄ものが派手に割れた、そんな音が響き。
小石は、呆気なく粉々に割れた。
割れたと同時、辺りの空気が妙に軽く、清浄なものに変化したような気がしたシェイラがルード達を見ると、彼らも不思議そうに辺りを見渡していた。
一頻り見渡し、それでも何が変化したのかに見当がつけられなかったルードが、シェイラを見つめる。
そしてたった今自身が破壊した小石の残骸に目を落とす。
『一体何が…シェイラ、先程壊した小石は一体?』
『ー…それは』
『嬢ちゃん、陛下!!下がれ!!』
『『!!?』』
良くない存在と感じたが為に破壊するようにルードに頼んだものの、それが何であるかは…と答えあぐねていると、不意にガド様が鋭い声を発してルードと私を引っ張り自身の背に庇い、ルードから大剣を奪って目前に構える。
えっと小さく声を上げた私をモリーが更に引き寄せて自身の背後まで下がらせる。
と。
ガド様が剣先を向けたその先、一同の目前では、呻き声を上げながら縄で縛られたまま横たわっていた筈の副騎士団長がのそりと上体を起こし、首を振っていた。
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