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第二章 帝国編
第61話 激突②
しおりを挟むシェイラ達人間がそれぞれ決死の避難活動に勤しんでいる同刻。
上空で睨み合っていた二人の人外ー…オーギュストとグラテアは再びジリジリと互いの距離を縮め始めた。
といって、実際に距離を縮めようと積極的に接近を試みているのはグラテアの方であり、対するオーギュストはといえば、距離をあけて自身をその禍々しく変形した手で捕らえて害そうとしてくる奴から逃れつつ、なんとか反撃するタイミングを見計らっていた。
同時にちらりと下の惨状を見やるとグッと奥歯を食いしばり、されども表面上は余裕を崩すことなく再び目前の敵と化したグラテアを睨み付ける。
【愚かな…人間憎しと謳うのもいい加減にせよ愚物が。
奴らを下等生物だと宣うのなら、そして本気で我を害したいのなら奴らなど放って素直に最初から場所を移せば良いものを。】
『くくっはて?下等生物が故にどれだけ巻き込もうと奴らが死のうと構わんのだと先にも伝えたはずじゃが。
存外理解力がないのう森の?
なんなら主がそんなどうでも良きことに一々気を散らせぬよう、先に下の連中を皆殺し、喰ろうてやってもよいのじゃが』
地上で騒ぎ逃げ惑う人間を愉快そうにニヤニヤと眺めながら舌舐めずりをし、距離を詰めようとしてくるグラテア。
オーギュストは再度奴の変形した両腕と凶爪をつぶさに観察する。
伸縮し、うねる腕は柔らかそうに見えて奴本体特有の黒光りする鱗に覆われてとても硬く、その先に伸びた爪は禍々しく紫がかっている様子からもおそらく毒を帯びている。
それも精霊ー…人外であるオーギュストにも有効なほどの、猛毒。
奴は元が大蛇にして毒蛇。加えて見放されたとはいえ神の一柱に生み出された存在。
余程、自身のポテンシャルに自信があるのだろう。
ましてや奴は、未だ本来の姿には戻ってはいない。
要はー…現在の中途半端な変形でも勝利を手にするに易いと言いたいのだろう。
空中にも関わらずジリジリと態とらしくにじり寄る様子は完全にこちらのことを舐め腐っているようで腹が立つことこの上ないが、オーギュストとて伊達に永き年月存在し続けているわけではない。
その程度の挑発で一々激昂する程安い理性は持ち合わせてはいないのだ。
様子見程度に無造作に振られた腕から伸び迫る凶爪を建物内部にいたときとは違い、余裕たっぷりにひらりと躱すとこれでもかと言うほどの嘲りと見下しを含んだ視線で見遣り、一笑してやる。
【ふん、何を偉そうにいうかと思えば。
第一喰ろうてやってもじゃと?単にまたぞろ主の自制の利かぬ腹の虫に耐えられなくなって短気を起こしただけなのじゃないかぇ?
これで我に負けることあらば見事に言い訳が立つのぅ、煩わしい人間共やその建物が邪魔であった故に主は初めから本気を出せなかったんじゃとなぁ】
『ほんに…一々…感に障る物言いをするようになったの貴様ぁ…』
【んん?果てどうしたのじゃ、一人称が崩れておるぞ?我のことを余裕たっぷりに森の~とか呼んでおったくせに貴様呼びとは…やはり図星、言い訳する気満々じゃったのか】
『…もういい。消し炭にしてやる』
そうまで我に勝てる自信がなかったとは!それなら失礼したなと態とらしく笑いまじりに言葉を投げつけると先を倍する殺気を放ち始めるグラテア。
人間語で言えば確か…“ちょろい”、だったか。罵倒や嘲りの言葉に隠された何処までも安すぎる挑発に簡単に乗せられ激する駄蛇の化身に本気で呆れてしまう。その証拠に、本来の足ー…黒い鱗に覆われた尾が生え伸びてきているのを奴自身はおそらく自覚していない。
自覚はしていない、が。奴の攻撃手段が一つ加わったのは確かなわけで。
おそらく短期戦は望み薄であろうな、と内心で苦笑をこぼす。
(ほんに昔から変わらず、短気極まるのうグラテアよ。まぁそこが付け込む隙でもあるのじゃが…。さて)
遠見でシェイラらの無事と建物内から脱出を果たしつつあることを確認し、無事を安堵しつつもそろそろもこちらから攻勢に転じるかと、派手に光と暴風を放ち纏いながら空中に広範囲の結界を展開しつつ、それに紛れて今回の事態を収拾するための取っておきの切り札を切った。
(今まで惰眠を貪るか人間を甚振り殺すことしかしてこんかった愚物が…軽々に我を害せるなどと。
舐めたことをとくと後悔させてやろうぞ!!)
そもそもがオーギュスト自身、いくらシェイラの母の魂修復に力を割いているとはいえ、あんな人間の建てた建物内部でなくば早々後手に回ることはない。
【ふむ、これで邪魔も入らんじゃろうて…さて。
下で好き勝手にしてくれた礼じゃ。
今度は、我からいかせてもらうー…簡単に滅せられてくれるなよグラテア?】
『ほざくなぁぁぁあああああああッッッ!!!』
(あれが向こうに届くまでは…
もう暫しの間、時間稼ぎに付き合ってもらうぞグラテア!!)
鞭のようにしなり伸び迫るグラテアの凶爪と、オーギュストが瞬く間に現出させた無数の風槍が、結界の張られた白磁宮上空で激突した。
……………………………………………………………………………………
※次回、『違和感の正体』
お楽しみに~!!
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