出涸らし令嬢は今日も生きる!

帆田 久

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第二章  帝国編

第58話  古の大蛇・グラトニー①

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“グラテア”




かつて人の世で暴虐・暴食の限りを尽くしたと伝承に残された古の大蛇。
地上を我が物顔で闊歩し占拠・増殖・繁栄をみせる人間という種族を殊更見下し、嫌悪し、我こそが地上の主・覇者であるとばかりに彼らを含めた生き物を喰って喰ってひたすらに喰らい尽くそうとした、世紀の悪蛇。

人間彼らはその大蛇に“全てを喰らう存在もの”の意味を込めてグラトニーと呼称し恐怖に震え上がったのも今や遠く過去のこと。

しかも伝承では、かの大蛇は決死の抵抗をみせた人間達との死闘の末に討伐されたとされており、すでにこの世にその存在を認知する者も、生存を信じる者もいない。



しかし今、正にオーギュストの眼前でー。


過去、人間達を含めた地上の全生物より恐れられたが、
老人の姿を形取った状態で強大な存在感を主張してこちらを睨みつけていた。


……………………………………………………………………………………………


side:オーギュスト




『その腐った名で呼ぶのを誰が許した……人間などに味方する腑抜けた偽善者』


(相も変わらず、いや。寧ろ以前より不快指数が増してはおらんかのぅ…)

突如として溢れ出した濃密な憎悪の籠もった殺気をまるで微風の如く受け流す。
殺気とともに部屋中に充満するどす黒い汚れた魔素に辟易としつつ、
かつてよりの知人ー否、かつてよく見知ったはずの存在を無感情に見遣り、ため息を吐く。

人間の形を取っていようとも、気配をいくら人という生物に似せようとも。
精霊であり且つ自分の目は決して欺けない。
そもそも、放つ気配も存在感も人のそれとは異なるのだから。


糸のように細まっていた両の目を見開けば金色に縦線の入った爬虫類のそれであり、つまるところ人外であることを言葉よりも余程雄弁に語っている。

睨み合ったまま対峙すること暫し。
取り乱したことを自覚したのか、再び取り繕うようにあの巫山戯た笑みを浮かべた奴は、ほ!と笑い声を上げて参った参ったと嘯く。


『相も変わらず意地の悪いことよの、“森の”。
儂としたことがついムキになってしもうた…

久しいのぅ、いつ振りじゃ』

【……主の魔素の波長を感じられなくなってから長い時が過ぎた。
てっきり人間達の伝承に残された通り、何らかの方法で討伐されたものと思っておったぞ】

当時は現時代より魔力・魔素を巧みに扱う人間も多かったことだしの、と告げれば、殊更可笑しげに顔を歪め、人間如きに儂が殺せる訳もなかろうて!!と声高に嘲る。


『冬眠じゃよ冬眠。儂が主も知っているじゃろ?
喰ろうても喰ろうても次々生まれては儂の食事の邪魔ばかりしてくる人間が煩わしゅうてな』

【で?冬眠したのなら世界が滅びるまでそのまま寝こけておれば良いものを……。
大嫌いな人間の姿に擬態してまで何をしておるのじゃ主は?
よもや、眠っていた間に人間に好意的になったのでもあるまいに】

『それこそ笑えん冗談じゃな!
いつ、どれほどに時を経ようとも人なる愚かな種族を儂が好むようになるわけがあるまい。
ほっほ…まぁ味は悪くはないのじゃがの。

主こそ、あのシェイラなる娘に随分と肩入れしているようではないか?元々人間に甘いところがあったとはいえ森を渡り歩いては引きこもっていた偏屈極まる主にしては珍しい…。
儂と同じく、喰ろうてみる気にでもなったのかのぉ?』

【あ?】

『ほんに、見るから見るに……娘よ……。
主の臭い加護がまとわりついているのは正直気に入らんが、それを補って余りある香り高く豊富な魔力を内包しておる。本人は自身がどれ程の魔力持ちかも自覚しておらんかったようであるし、何より柔らかい女子じゃ。さぞ歯触りも良かろうて。
さっきのもしたいことじゃし森の?
どうじゃ、あの娘を儂に譲らんかぇ?』


【それこそ、最悪な冗談ぞ暴食!
あの者は我の友の娘……巡り巡っては彼奴も我の友じゃ。
しかもが故に付けた加護…。我が加護を授けし者へ害を加えるのは許さん!】

『おお怖い』


ニヨニヨと不快な笑みを浮かべるグラトニー…グラテアに語調を強める。
一見巫山戯ているだけのように見えるが、タチの悪い奴のこと。
彼女ーシェイラを喰らいたいと言った言葉は、間違いなく本音だ。
細めた目に宿る強い我欲が隠し切れていない。

やはり危惧した通り、奴の腐った性根は全く変わっていなかったと顔を歪める。
同時に奴の言葉により、先程部屋で四肢を失って死んだ娘は奴に喰われたことも確信するに至り、なんてことをしてくれたのだと殴り殺したいと強く思う。

人間を殊更嫌っているのに、寧ろ他の獣や生物より好んで喰らう。
人の理から外れた存在であるにも関わらず、干渉し、蹂躙し、愉悦する。
尽きることなき食欲と我欲の権化。


生命の女神の御使であったのにその欲に負けた故に女神にも見放された愚物。

(本来であれば蹂躙はおろか、過度の干渉もしてはならぬというのに、奴は!!)


【…聞くに耐えん冗談をいう暇があったら質問に答えたらどうじゃグラテア。
人間を嫌うている主が、何故、人の真似事などしておる。
このような事に及ぶなど…何が目的じゃ】


人に擬態し、紛れ、共にくわだて、駒に使い。
一体何をたくらんでいる?


いつでも奴の動きを察知できるよう警戒を強める中、奴は……。


『ほ……?
何を聞きたいのかと思っていればそんなことか。
簡単なことよ。


事を起こしたのは、人間どもからそういった依頼を受けたから。
人間に擬態し紛れたのは
……その方が気付いたから。
ただそれだけのことじゃよ』



やれやれと肩を竦めて呆れて見せた後、
ニタリと醜悪な笑みを深めて、奴はそう告げた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※明日の更新に続きます!

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