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第二章 帝国編
第52話 危機の中の挑発
しおりを挟むモリーがヴィーダ嬢目掛けて駆け出すと同時に一駆けでシェイラへと迫るゼン。
腰元の剣を鞘から引き抜き掲げ、すかさず振り下ろす。
が、剣先が私に当たることはなかった。
キン!!という音とともに剣が弾かれ、ゼンが上半身を仰け反らせる。
『ぁあ?どうなってやがるんだこれ??』
その後数度に渡って剣を振られるが全て見えざる壁にぶつかったように跳ね返る。
よくもまぁ、あんな力いっぱい剣を振り下ろしておいて取り落とさないものだと僅かながらに感心してしまう。
普通、強い力を込めれば込めただけ、弾かれた時の反動は大きくなる。
それを絶妙な加減で柄を握る手の力を抜いて、手から剣が離れるのを防いでいる。
(流石は帝国騎士団副団長、といったところかしら)
『くそっこのッッ!!あ、た、れ!!』
(う~ん……こういうのをなんて言うんでしたか)
尤も、何度も懲りずに剣を振るってくるところ(確か“馬鹿の一つ覚え”というんでしょうか)と、そもそもこの場にやってきて私を襲っている事自体が騎士失格なのだが。
ただシェイラにしてみれば彼の脳筋ぶりも悪いことばかりではない。
彼が私の守りの魔法(オーギュスト様は“結界”といっていたが)に手を焼けば焼くほどに、時間が稼げる。
ガン!キン!!ガキン!!と身近で金属音が響く中、モリーの様子も伺う。
ー…そちらはこちらより遥かに壮絶な戦闘を繰り広げていた。
………………………………………………………………………………………………
side:モリー
低い姿勢のまま己の出しうる最速で室内へと駆け込む。
ヴィーダ嬢はぴくりと片眉を上げてこちらへ剣を構えるが、私は彼女を無視してその脇を通り抜ける。
目的は室内に必ずといってある品、蝋燭立て。
3本の蝋燭を刺し取り付けることのできるそれは全て金属製の上、蝋を固定させるために各所の先端が針のように尖っている。
暖炉の上にある二つを両手に取り、ぶん!と振りついたままの蝋燭を振り落とす。
『おやまぁ。随分と殺気立っていらっしゃる。
それに私を無視したかと思えばそんな物騒な物を…』
『貴女と違ってこちらは手持ち無沙汰なので。
即席とはいえ、ないよりましですから』
『よろしいんですか、お仲間のご令嬢は……あら?』
ちらとヴィーダ嬢が視線を流した先で、ゼンがシェイラ様に剣を振り下ろしている。
だが、後宮の時と同様に、見えざる壁に弾かれていたのを見て、少しばかり目を見開く。
『全く問題ございませんわ。
シェイラ様は御自身の身は御自身で守れるお方。
……それよりも、自分の心配をしたらどうだ』
『おぉ怖い。
侍女の身なりをしながらなんと凶暴なのかしら!
貴女本当に侍女?暗殺者の間違いではなくて?』
言葉と同時にこちらへ急速に接近して剣を振るうヴィーダ嬢。
かなりの速度で繰り出される剣技を身体を回転しつつ手にした二対の即席武器で受け流し、追撃を入れるが同様に剣でいなされる。
間髪入れず三手、四手、五手、六手と蝋燭立てを振るいながら蹴り技も織り交ぜるが、同じく蹴りで防がれ再度剣の襲撃。
『こちらが凶暴?ふん、どの口が言う。
この私の蹴りを蹴りで躱す令嬢が聞いて呆れる。
そもそも貴様、令嬢ではないだろう?
いつすり替わった?』
『あらそれもご存知で?
それに“この私”などと言われましても……
はぁ…中途半端に頭のまわる方はこれだから好きません。
といって、嫌いなわけでもないですが』
『いいから、答えたら、どうだ』
ビッ、ビッ、とドレスの裾を引き裂く。
一言ずつ区切る度に追撃を加える私に辟易したようにまたぞろ片眉を上げると、
またもやシェイラ様を窺い見る。
『よそ見とは随分と余裕があるようだ。
こちらの接待では不満とでも?』
『そんなまさか!
接待過剰過ぎて遠慮したいぐらいですわ。
しかしあのご令嬢ー…シェイラ様といったかしら?
面白い技をお使いになるのですねぇ』
ギャリィッッ!!と彼女の剣と私の武器が合わさり擦れ、不快な金属の摩擦音を放つ。
手首を器用に返して剣で片方の武器が飛ばされたことに舌打ちが漏れる。
私は元より素手での戦闘の方が得意だ。
この世で有数の硬さを誇る金属で出来た鉄鋼で相手の武器を弾き、いなし、懐に潜り込んで打撃を加える。
それが私の戦闘における正攻法。
いくら警戒態勢を敷いているからといって宮内で常に武装している訳にもいかず、ましてや本業は侍女頭。
手練れがリーチのある剣を主軸とした戦法で向かってきたならば、
装備なしでは圧倒的に不利となる。
相手もそれを承知しているのかはわからないが、他を気にかける余裕が未だ残っている以上、このままでは早晩こちらの手立てが尽きる。
(陛下もガルディアス様も一体何をやっているのかしら!)
シェイラ様が精霊王様を使いに出した以上、すでに繋ぎは取れている筈。
というのに未だ騎士の一人も駆けつけないのはどう考えてもおかしい。
いくらなんでも援軍が遅すぎるのだ。
先程ゼン副団長に、正反対の場所に向かっていたにしては、などといってはみたが、あれは半ば鎌掛けだ。距離はあるが駆けてくれば大して距離が離れているわけではない為、これ程到着が遅くなるということは……
『まさか貴様………陛下の方にも手をまわしているのではなかろうな!?』
『そんなわかり切った事に今頃気付いたのですか?
やはりここの人間は甘えた思考の持ち主ですわね、
一国の頂点の座す場所だというのに呑気な事で……反吐が出る。
あら失礼。
私には質問に答えろなどと言っておきながら私の問いかけを無視されたものですからつい。
長年身を偽っていると口調まで低能に感化されてしまっていけませんわ』
『ふん、無視されるのは自業自得というもの。
何せ結局はこちらの問いに答えていないのだからな。
自分だけ都合良く答えを得ようなど、虫が良すぎるのでは?』
『そこはほら、融通を利かせて頂いても』
『貴様に融通するものは何もないこの痴れ者』
ヒュッと剣先が頬を掠めると同時に相手の頬にも蝋燭立ての針先を掠め、同様の傷を作る。
同時に跳んで後退し、距離を取る。
彼女は自身の頬から血が出たことを思いの外驚いているようだったが、こちらはそれどころではない。
(ぐっ……なんです?)
くらりと視界が一瞬ぶれる。
同時に手足に痺れを感じて武器を持っていない方の手をぐっぐっと握ったり開いたりして感覚を確認するが、やはり違和感が拭えない。
まさか毒か?
その考えは間違ってはいなかったようで…
『ふふ、手足が痺れるでしょう?
といって、普通なら大の男でも少しの擦り傷だけでも立っていられなくなる筈なのだけれど……。
貴女本当に人間かしら?』
『……麻痺毒、か』
『正解!でもどうしましょうか……こうも手を焼くとは思いませんでしたわ。
思いの外時間をとってしまいました……お爺さまに叱られてしまう』
『その“お爺さま”とやらは紹介してもらえないのか?』
『孫である私はお爺さまの命には逆らえませんの。
ここで役立たずの始末と貴女の連れてきたもう一人をお爺さまの元に連れて行かねば、どのようなお叱りがあるかわかったものではございません』
完全に足にきて身動きが取れなくなっていると思ったのだろう、くるりと踵を返してスタスタとシェイラ様の方へと歩き出したヴィーダにふざけるなと小さく呟く。
侯爵を利用して前回誘拐したことといい、今まさに拐おうとしていることといい。
何故そうまでしてシェイラ様を連れ去ろうとするのか。
理由は色々と思い浮かぶがそれよりも。
ガキン!!
『……まだそのような余力が……。
もう貴女と遊ぶのにも飽きたのですが?』
『腐っても私はカリス帝国皇帝陛下直属。
簡単に倒れるなどとは妄想であろうとも思わぬ方がいい。
それと人との殺し合いを遊びと称するには少々己の腕に対しての評価が傲慢にすぎるのではないか?』
『本当に面倒な人ですね貴女は。
犬との戯れを遊びと称して何がいけないと?』
『人と呼称した後で犬と呼ぶ…お里が知れるな。
殺した人間のことを無能だのなんだのと呼ぶ割におつむが弱い』
背後から一撃を入れ(当然のように防がれたが)、足止めのためにお前馬鹿だろうと安直な挑発をしてみると。
てっきり無表情のまま呆れた反応が返ってくると思いきや、
ヴィーダは今日一の表情の変化を見せた。
『……あ?』
ゆらりと身体を揺らしてこちらを向き、憤怒に染まった形相を浮かべてこちらを睨む。
予想外ながら見事に挑発に乗って怒るヴィーダ。
関心がシェイラ様から逸れた事に
内心ほくそ笑みつつ、表向きは小馬鹿にした表情を保って尚も馬鹿にする。
『おや。
どうやら本当のことを言われて気に障ったようだな。
子供には少々きつい言葉だったか……うん、これは貴様を育てたであろうお爺さまに言うべきことだったやも知れんな。
忘れてくれ、おつむが弱いのもむやみやたらと他人を傷つけて悦に浸るのも全て、
お爺さまの教育が至らなかったせいなのだろう?』
『……その汚ならしい口を閉じて下さるかしら?
無知蒙昧な輩にお爺さまを非難する資格などありませんわ』
(良いですわ、もっとだ)
『ん?これも気に障るのか…困ったな。
いよいよもってそのお爺さまの教育方針を疑うぞ。
小難しい言葉だけは使えるのに、他人の言葉に過剰反応してすぐに短気を起こす。
これでは一人前の大人どころか図体ばかりが大きくなった凶暴性を増した禄でもない子供になってしまう。
一大人の女としてそのお爺さまには直接苦言を呈したいところだな』
『っ黙れといってるのがわからないの!?』
(もっと怒ればいい。怒って)
冷静さを欠け。
時間を使え。
使えば、冷静を欠けば欠くほど、時間は過ぎて攻撃も単調になる。
こちらに有利にことが運ぶ。
ヴィーダに視線をやっている風を装ってシェイラ様を見れば、ゼン副団長は相も変わらず馬鹿の一つ覚えのように魔法の壁に向かって無意味な攻撃を繰り返している。
シェイラ様が視線に気付き心配そうにこちらを伺っているのがわかり、安心させるよう口元に小さな笑みを浮かべる。
その微笑みをすら馬鹿にされていると感じたのか、
最早お得意の無表情は何処へやら、見る影もない鬼女の形相。
ゆらりとと状態を幽鬼の如く揺らしながら距離を詰めてくるヴィーダから警戒を外すことなく、自身の状態を改めて確認する。
すでに手は握力を大分失い、足にもきている。
正直いって立っているのも中々難儀だ。
こんな状態で相手を挑発して殺意を刺激するなど自殺行為に近いが、それでも。
シェイラ様に危険が増すより余程いい。
ヴィーダが地を蹴った。一足飛びにこちらへやってくる。
血を吸った剣先がギラリと濡れ光り、もっと血を吸わせろと叫んでいるようだ。
両足と武器を持つ手に力を込めて低く構える。
殺気は凄まじいものの、打って変わって大きな挙動で振りかぶる彼女の懐へ潜り込みー…
武器を持っていない手を握り込み、渾身の打撃を薄い腹へと入れる。
『がぁッッ!!』
『ぐぅっ……!!』
よろめき後退しながらも反射で蹴りを入れられて自身も床に転がる。
麻痺で震える手をついて上体を起こしヴィーダを見れば、
打撃を受けた腹を押さえながら追撃を加えるべく即座に向かってきている。
床に転がった反動で手にはもう武器はない。
これでは剣での攻撃を受けることもいなすことも出来ない。
(ここまで、ですか……)
ぼんやりと向かってくる敵を見つめながら、その背後に必死で声を上げるシェイラ様が視界に映る。
薄く微笑んだままただその光景を見つめているとー…
『何やってるんだ馬鹿野郎ッッ!!』
『あぐ!!?』
ヒュン!!と空を鋭く切る音とともに、目の前の敵が呻き声を上げる。
彼女の腹からナイフの先が顔を出している。
奇しくもその場所は、先ほど自分が打撃を与えた場所だ。
(ああ……やっときましたか)
ぼやけた視界の中に駆け込んできたガタイの大きな騎士団長を映して、
小さく“遅刻ですわよ、馬鹿野郎”と呟き、知らず微笑みを浮かべた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※少しばかり長くなってしまいました!
次回“風雲急を告げる事態③ side:ルード&ガド”をお楽しみに~♪
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