出涸らし令嬢は今日も生きる!

帆田 久

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第二章  帝国編

第51話  風雲急を告げる事態②

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※一部残酷な描写があります。
苦手な方はパスしてください!!

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『あ、ぐ…………え』

『ウリミヤ!!?』

『シェイラ様お下がりをっ!!』


腹から剣を生やした、正確には背後から腹を剣先で刺し貫かれたウリミヤは事態を把握出来ず、激痛に呻き声を上げる。
咄嗟に駆け寄ろうとした私を背後に庇い、モリーが後退をする。


『何者だ!!』


モリーが声を張り上げる。
じきに騎士団員が駆けつけるのも計算に入れての敢えての大声。
現在モリーは何の武装もしていない。
これではウリミヤを刺した犯人を捕まえるどころかシェイラを守りながらの攻防となる為、避難ひとつすることも困難であることは明らか。
少しでも私を危険から遠ざけるべく行動するモリーの背後で必死にウリミヤを案じていると。


『ー……利用されてポイ捨てされたからとベラベラ話されるのも困りものですね。
侯爵も禄な手駒をお持ちでない』


そんな言葉がウリミヤの背後から届いた。
同時にウリミヤの背後からぬっと姿を現したのは一人の令嬢。

セルレーン・クロム・ヴィーダ伯爵令嬢が無表情且つ淡々とした口調で言葉を発した。


『なんのつもりだ…セルレーン・ヴィーダ』


モリーが低く押し殺した声を発する。
最早先ほど抑えた殺気は全開で、その凄まじさは彼女の背後に立つ私も震えがくる程のものだというのに。
ヴィーダ嬢は痛痒すら感じていないほど表情がない。会場で顔を合わせた際の無表情はてっきり薬で正気でなかったからだと思い込んでいたが、どうやらあれは彼女の素らしい。
ピタリとウリミヤの隣に張り付いたまま、背後に回した手で今なお剣の持ち手を離していない様子。
その証拠に時折剣先が前に押し出されてきている。


『っあああ……っ!!』

ずぶずぶと腹を抉られ、苦鳴を上げるウリミヤを煩わしそうに見やると、
ズルリと勢いよく剣を後ろから引き抜いた。
どさりとその場に倒れる彼女を足で仰向けに返すと、先程の刺し傷に向かって寸分の狂いもなく剣先を振り下ろしてそのままグリグリと傷口を広げる。


『かはっ……や、め……ぎゃぁああああッッ!!』

『ウリミヤ!!っヴィーダ様おやめください!!』

『なんのつもりだと聞いている!答えろ、セルレーン・クロム・ヴィーダ!!』

『無能な豚の娘はやはり豚……どうせ下品に鳴くことしか出来ぬなら、
初めから小鳥の鳴き真似をして囀ることなく死んで人間の食の糧とでもなればいいものを。
貴女が無能なお陰でも随分と手を煩わされたご様子…。
せめて汚ならしい臓物をぶち撒けてそのまま無様に息絶えなさい』


私達の声などまるで聞こえていないように冷たい目でウリミヤを見下ろし、
刺した剣先をそのまま横に薙いだ。
グズリと湿った音が響き、室内の絨毯に
夥しい量の血が染み込む。


『シェイ、ら、さ……ごめん、な、さ…………』

『ウリ、ミヤ……?』


上向きにこちらを虚な視線で見つめたウリミヤは
そんな謝罪の言葉を途切れ途切れに呟くと、
数度の痙攣の後、息を引き取った。


…………………………………………………………………………………………




『…………貴様………』

『で、何か仰いましたでしょうか?
ああ、豚が雑音を大音量で発していたのでよく聞き取れず申し訳ありません。
躾のなってない家畜というのは臭くて汚なくて煩い……
全く迷惑な生き物ですよね』



目の前で、虫けらを潰すように殺されたウリミヤ。
彼女は自分の犯した罪を悔いていた。
だからこそ自ら皇帝の前に立ったし、聴取にも素直に応じてもいた。
例えそれが、己の保身故の行動だったとしても、
彼女を軽蔑することはない。
先程も、私達を信じて、何か彼女にとって大切な人のことを話してくれようとしていたのに…!!


ドレスの裾が血で汚れるのも厭わず、もの言わぬ骸と化したウリミヤを足で蹴って転がしながら宣うヴィーダ嬢にモリーの殺気が増す。
人一人を殺したばかりとは思えない頓着の無さでうんうんと自身の言葉に一人頷いてみせる彼女の言動がまるで理解できない。
同時に、なんてことをしてくれたのだと彼女を睨み見据える。

白地のドレスを身に纏った、表情のない令嬢。
まるでからくり人形が口だけパクパクと動かして声を発しているようで、
彼女という存在を一層不気味に見せている。


背後から足音が響き、ハッと振り返ると先ほど執務室を退室し去った筈の騎士団副団長がこちらへ駆けてくる姿を捉えた。
騒ぎを聞きつけ急ぎ駆けつけてくれたのだろうか?
であったとすれば僥倖なのだがと言い知れぬ不安を抱えていると、モリーが小さく忠告の言葉を発した。


『シェイラ様、御注意を』

『……はい』


彼女が警戒をまるで緩めていない様子に不安が増す中、何事だ!!と声を上げながらこちらへと身を寄せてきた副団長・ゼン。彼は最初私とモリーを見て、その後部屋の中に佇むヴィーダ嬢に視線をやる。


『侍女頭殿、一体なんの騒ぎなのだ!
なんだこの有り様は!?』

『見れば分かるでしょう……敵襲です。
貴方こそ何故ここに?訓練場へ戻ったのでは?』

『行ったさ。だがやはりもう一度陛下にご忠告申し上げようと再度宮に参じたら貴殿の声が聞こえてな。
……どうやら本当に曲者がいるようだ』


ジロリと室内に佇むヴィーダ嬢を睨め付けると手伝おう、と声を上げて慎重な足取りで更にこちらへと歩み寄ってくる。
しかし。


『結構です。
…それ以上、近づかないで下さい』

『…なんだと?』


ヴィーダ嬢から視線を外さぬまま近寄るなと言われ、ゼンが額に青筋をたてる。
執務室でもモリーのことを侍女如きと言って憚らなかった彼のこと、事件にわざわざ助力しようとしているのにその態度はなんだと言わんばかりに剣呑な目つきへと変わる。
そして案の定、侍女が言うことなど知ったことかと再び歩みを進めようとしたところで、
ならば何故一人で来たのです、とモリーに問われ、たたらを踏む。


『声が聞こえてすぐに駆けつけたのだ。それのどこがおかしい?』

『寝言は寝てから言ってくださいまし、おかしいことだらけです。
ここは白磁宮、それも貴族や皇族の方の居室区域です。
要所要所に警備の騎士が配置されている筈。
先程陛下に再度御目通りを願うために参じたと言いましたね?
この場から正反対のところにある陛下の執務室へ向かっていた貴方が何故警備の騎士達よりも早くこの場に駆けつけるのですか』

『……いい耳を持ってるんでね。
それに丁度宮の入り口に入ったところだったんだ』

『だから寝言だと言うんですよ。
入り口にいたのなら尚のこと、貴方以外に人員が来ないのはおかしい。
ー…入り口に常駐している騎士団員は各所警備に配置されている人数より余程多い』

『………』


モリーのいうことは尤もなことだった。
シェイラとてここにくるまでに幾人もの警備の騎士と挨拶を交わしたのだ。入り口なんかより余程近くにいた彼らが来ず、再度参内したゼンが先に来るのはどう考えてもおかしい。
ましてや警備団員でもなく宮内だというのに、帯剣したままなのも異様なこと。
何故なら通常、宮に入る際には武器の類は預けなければならず、ガド様でさえ陛下の近衛だからこそ特別に帯剣を許されているに過ぎないのだから。


『(聞こえますか、オーギュスト様?)』

押し黙るゼンを警戒しつつ、頭の中でオーギュスト様に語りかける。
すぐに返事は返ってきた。

【…なんぞまた変な連中が現れたのぅ。おちおち寝てもおれんわ】

『(警備の騎士達がどうなったのかの確認と、ルードとガド様に知らせてはくれませんか?
モリーだけでことに当たるには少々厳しそうですので)』

【ふむ、あの娘御……。
すぐに行ってきてやろうぞ。それまでくれぐれも……】

『(分かっておりますわ。モリーの邪魔にならぬよう守りに徹してます)』

【であれば良い】


そう言い置いて気配を消した精霊王に一先ず連絡手段を講じることが出来たと安堵し、
小声でモリーにそのことを伝える。
自分が守りの魔法を使えることについては昨日のうちに言い含めてあった為、私の言葉を聞いたモリーは小さく首肯する。

『私が合図したらすぐにでも魔法をご使用ください。
見たところ……二人とも、手強い。
武器もない中相手取るには少々分が悪うございますれば』

『分かりました。モリーも無理をなさらず、危険だと思ったらすぐにでも退いてください』


今なお押し黙ったまま、ジリジリと距離を詰めてくる彼は最早敵で間違い無いだろう。

前門のヴィーダ嬢に後門のゼン副団長。
突如として訪れた危機。
八方塞がりな状況の中、ルード達が援軍を連れてくるまで何とかして凌がねばならない。
手に強く力を込めて握り込む。


『シェイラ様!!』

『はい!!』


ヴィーダ嬢へと駆け出しながら発せられたモリーの声とともに、
シェイラは守りの魔法を発動した。


自身とモリーの命を守る、ただそれだけを強く念じながら。




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