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第二章 帝国編
第36話 天使への疑惑
しおりを挟む再び居室に戻ってきたシェイラは、モリーに紅茶を振る舞ってもらいながら先程遭遇した天使、もとい美青年・リオンについて問うた。
謝罪し笑い合った後は機嫌良く茶器を抱えて部屋へとやってきたモリーだったが、
私の口から“リオン”の名を聞いた途端、眉を顰めた。
『リオン……その方はそう名乗られたのですか?』
『ええ、自分の名はリオン・ルーベンスだと仰っていましたわ。
身なりからしても高位の貴族令息のようでしたけれど…どなたかご存知?』
『リオン・ルーベンス…ええ、存じてますとも。
因みにどちらでお会いに?』
『え?ああ、この部屋からそう離れていませんでしたわ。
そうね…モリー達侍女の控え室を通り過ぎて階段を降らずもう少し直進した廊下でした』
『そうですか…』
眉を顰めたまま何やら考え込むモリーに怪訝な顔をして見つめれば、
ハッとした様子で笑顔を浮かべ直して疑問に答えてくれた。
『彼のフルネームを聞けばすぐにわかることなのですが。
ー…リオン・ルーベンス・カルド・カリスティリア。
先帝閣下の亡き第三側妃、レティシア様がお産みになった第三子にして我がカリス帝国の第四皇子殿下であらせられます。正皇妃レムリア様の第二子にして元第二王子であられたベルナード様が帝位を継ぎ、陛下は未だ未婚且つ後継がいない為、現在は帝位継承序列の第一位におられる方ですよ』
『!!つまりは皇弟殿下でいらっしゃるのね?
……私ったら、全然知らなくて……。失礼がなかったかしら』
『ふふ…そう気になさらずとも殿下は大人しい気性で有名な方ですよ。
シェイラ様は現在15歳ですよね?』
『はい』
『彼は現在17歳。
陛下とは五歳歳の離れておりますし、
昔から病弱で部屋からあまりお出になられておりませんでしたが…。
殿下は一体何故廊下に?』
『私も年齢を聞いて吃驚してしまいましたわ、
まさか年上とは…あ、これは失礼に当たりますわね。
兎も角…、廊下にいた理由ですか?
確か……身体の調子を整えるためにも散歩をしているそうですよ。
最近は随分と調子が良くなってきたと喜ばれていらっしゃいました』
『左様でございますか……調子が良くなり、散歩…』
『……何かあるのですか?』
『っいえ、どうかお気になさらず!』
どうも先ほどから含みを感じると問えば、やはり誤魔化すような態度のモリー。
奥歯に挟まったものの言い方が気になり、
つい問いただしてしまう。
『モリー、お願い。
何かあるのなら言ってくださいませんか?
私は帝国の歴史も本で読んだ程度しか知りません。
ルードが帝位につく際に激しい後継者争いがあったということは知っていても、
詳しい内情や関係は何も……。
ですからもし、モリーが懸念する何かがあるのなら教えて欲しいのです』
じっと見つめながら待っていると、小さく嘆息したモリーがわかりました、といって彼女の考えを明かしてくれた。
『何かがあるという訳ではないのです。何の確証もなければ、何の根拠もない。
ただの独り言と思い聞いて頂きたいのですが……。それでも?』
『ええ、お願いしますわ』
『そうですか…それでは。
まず私が引っかかっていることが二つほど。
一つは殿下のご容態。
彼は生来病弱、と先程申し上げましたが、正確には身体が“弱い”です。
病弱であれば病からの弱り、つまりは病気が治れば自ずと身体も強くなっていくものですが。
元々身体自体が弱くていらっしゃった殿下が最近急に、それも陛下が帝国へ帰還を果たしてから復調されたのがどうも気になるのです』
『そう、なのですか。ルードが帝国を離れる前までは確かに復調の兆しがなかったのですか?』
『侍女頭の私をして、彼の容態を常に把握していた訳ではないので確かとは言い切れませんが……。
もっと早くに兆しがあれば侍女や女官達が騒いでいても不思議ではないのでおそらくは“無かった”と』
確かにそう言われてしまえば、少し疑問が湧く。
長年身体が弱いために部屋から出てこなかった人間が、
果たして短期間で復調するものだろうか、と。
『二つ目は?』
『二つ目は、そうですね……彼自身、というよりも、彼のお母上。
彼が亡き第三側妃、レティシア様の息子で且つ現在唯一の帝位継承序列者だということです』
『レティシア様?』
唯一の継承序列者というのはまだわかる。
大国に帝位や王位の簒奪などの問題がついて回るのは避け得ないこと。
為人は兎も角、唯一の後継とあらば尚更な疑惑だ。
しかし彼の母親に起因する疑念とは一体……
『レティシア様は三人の側妃の中では一番召し抱えが遅かったのですが、正皇妃を含め、妃方の中では一番多く先帝閣下のお子を授かっています。
彼の兄の第三皇子然り。兄の双子で姉の皇女然り。
三人目に産んだ殿下も男児とあって、兎角野心多きお方であったと聞き及んでおります。
故に……』
『彼もまた母親に似て、野心ありと、そう言いたいのかしら』
『……あくまでも、可能性の話でございますので。
それに私の知る限り殿下は穏やかで性格も優しい方だったと記憶しております。
斯様な野心を抱くとは俄かには考えられないので……』
『そうですわね、私もそう思いますわ。
……ありがとうモリー…話してくれて』
『私の愚考をシェイラ様の一考に加えて頂けただけでも光栄でございますわ』
言葉を選びながら話してくれたモリーに礼を述べて紅茶を口に含みながら、
シェイラはリオンの邪気のない笑顔を思い出していた。
優しく微笑んで去っていった彼に二心がないことを祈って。
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