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第二章  帝国編

第45話  鉄の侍女と帝国騎士団長の本領(前)

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side:ガド



(全く、やってくれるぜ……どっかの誰かさん黒幕よぉ…!)

襲いくる刺客の攻撃をいなしながら自嘲気味に呟く。
共にここへと踏み込んだ侍女頭殿は、一介の侍女ではあり得ない動きで相手を撹乱しつつ、持参の手甲で刺客の一人を吹っ飛ばしていた。

背後には腹を刺されて倒れ伏す侍女が一人。
ピクピクと痙攣を起こし、今にも息絶えそうな彼女を医務室へと運びたいが、正直今はその余裕はない。

突如修羅場と化した後宮のエントランスホールで大立ち回りを演じながら、
どうしてこんな展開になったんだっけ、とここまでの流れを思い返していた。

………………………………………………………………………………………………


嬢ちゃんが誘拐された後ー…



攫った犯人の侵入・逃走経路を発見してルードへと報告にあがった俺と侍女殿は、ルードから噴き出す殺気に必死で耐えていた。



『もう一度、言ってくれるか…ガルディアス、モリー。
どうも耳の調子が悪いみたいで聞き間違えたようなんだが。
シェイラが…………なんだって?』

『……話を聞くために部屋を出た僅かな間に何者かに拐われました』

『悪い、完全に俺の不手際だ。
俺が侍女殿を部屋から連れ出したから』

『シェイラが、拐われた…だ?』


バキッ!!

『何のための護衛と侍女だ!!』


ルードが手にしていた愛用の万年筆がへし折れる。
ルビニス鉱山で採掘された、この世界でも指折りの強度を誇るアビス鋼を芯に使用している万年筆が見るも無残の真っ二つ。
ルードの想像を超える怒りが窺えるその姿に、ガドは冷や汗をかく。
隣のモリーはすでに死にそうな顔をしている。
まぁ彼女の場合は、ルードの怒りに恐怖してのことではなく、自らの失態でシェイラをまんまと敵に拐われたことへの罪の意識からその表情を浮かべているに過ぎないのだろうが。

兎も角、完全に、完膚なきほどの、激怒。つまり激オコである。
帝国が誇る頂点、我らが皇帝・ベルナード陛下は只今激オコなのである。

自分の生活圏内で、侍女や自分の護衛まで近くにいながらのこの情けない結果に、酷く切れていらっしゃるのだ。
然もありなん。
自分とて、寧ろ自分が一番今回の事態を招いたことで自身に腹を立てているのだから、
大切なパートナーを失うかも知れないルードがこれ程切れるのも無理はないとも思う。
減俸でも罰でも素直に受け入れるつもりではあるがしかし。
今はそれらを後回しにしてでも、やらなければならないことがあるのだ。
一度儀礼的に頭を下げて見せた後、いつになく真面目な顔で怒り心頭のルードを見据える。


『陛下。今回の失態に関しましては後ほど如何様に処断して下さっても構いません。が、
今はそれより至急、シェイラ様を救出せねばなりません!
どうか…』

『……そんなことは貴様に言われずともわかっているガルディアス』


ここ最近の中で一番の盛大なため息を吐いて両手で顔を覆ったルード。
今が怒りに我を忘れる時ではなく、
思考を巡らせ行動を起こす時であることをを承知なのだろう。
わしわしと両手で顔を揉み込みそのまま髪を後ろへとかきあげたルードは、
先程の怒りに満ち満ちた表情から無表情へと切り替えて問う。


『侵入と逃走経路は割れているのか』

『はい。我々が居室を後にする際部屋を施錠した為、部屋の出入り口からの出入りは皆無。
恐れ多くも室内を捜索させて頂いたところ床の一部にズレを確認、隠し通路を発見いたしました。おそらくはそこから侵入・逃走したものと思われます』

『室内の隠し通路……少し待て』


言うやデスクの下部、鍵のかかった引き出しを開錠して、
中からあまり開かない埃を薄ら被った本の一冊を取り出す。
パラパラとページをめくると中に挟まれた一枚の紙を抜き取り開き、目を走らせる。


『おそらくはこの経路、だな。見ろ』

『拝見させていただきます』



こちらにすいと紙を差し出すルードに断りを入れ紙を受け取ると、そこには宮内に張り巡らされた隠し通路の見取り図が。

(こんなものがあったのか)

どの通路がどこへと繋がりまたどこへ出るのかまで詳細に記載されているそれを手にして、
こんなものがあるのなら知らせて欲しかった…と今更言っても詮無い悪態を心中で呟く。
今までルードが宮を抜け出す際に使っていた宮内の通路は直接先帝から口伝によって知らされたものだと思い込んでいた。
おそらくは皇帝のみが知らされる秘密であることは承知だが、それでも護衛をする身にしてみれば少々複雑な心境である。
だが今は湧き上がるその気持ちを隅に追いやり、くだんの経路について目を通す。
例の通路は一度地下へと伸び、その後枝分かれしていた。
一方はそのまま皇宮の敷地内を超えて延々と帝都の貴族街へ。
こちらでそのまま連れ出されたなら少々どころでなく厄介だ。
足取りを掴むのが難航している間に下手をすれば帝都から連れ出されてしまう可能性すらあり得る。
そしてもう一方は……


『後宮内にも、続いてますね……』

『ああ……』


隣から覗き込んだモリーが呟く。
空返事をしながら、この件に後宮へ未だ滞在する二人の令嬢を脳裏に思い浮かべる。
ヴィーダ伯爵令嬢と、薬を持ち込んだ件で最も警戒していたジョルダン嬢。
経路の線はそのジョルダン嬢の隣室へと繋がっていた。
これを見る限り、ジョルダン嬢が手合いを手引きして宮内へ侵入し、そのまま枝分かれした貴族街の通路へと犯人達を逃す、または自身も随行したのではと考えを巡らせるに至り、推測の域を出ないことですがとルードへと己の見解を述べる。
きっと事実にそう差異はないはずだと告げれば、グッと一度目を閉じたルードが目を開いた瞬間から矢継ぎ早に指示を飛ばす。

『影』

『ー…は』

『急ぎ他の影達と共に貴族街及びジョルダン嬢の実家へ捜索・監視の手を広めろ。その間シェイラ本人を発見することあらばなんとしても保護して帰ってこい。またすぐに救出が困難な場合は何を置いてもここへと知らせに来い』

『承知いたしました』


そう言って天井から気配を消した影の方をちらとも確認することなくそのまま続ける。


『ガルディアスは早急に警備の強化と後宮への訪問客の有無とその後門を出たかの確認も含めて検問で確認を取れ。モリーは数人騎士を連れて後宮へ向かえ。
万一後宮に連中が残っていないとも限らん、故に…。』

『!かしこまりました、陛下』

『っお待ち下さい陛下!侍女頭殿を向かわせるのは如何なものかと』


ルードの言葉にニヤリと笑みを浮かべて了承の声を上げたモリーにギョッとしつつ、自分も共に後宮へと向かう旨を告げれば、ルードが片眉を上げた。


『なんだ、騎士達も同行させると言っているのに不満か?
お前もモリーのは知っているだろうに』

『知ってるからだろうがっ…です。
万一荒事になった際に彼女とぶっつけ本番連携が取れる者はいないということを申し上げているんです』

『お前ならそれができると?
まぁ出来るのだろうな。……だったら門での確認から後宮へ向かうのも。全て二人で行え』


二人で失態を取り返して見せろと暗に告げるルードに、不満げなモリーを無視して了承の返事をしたのであった。
そうしてその場を辞して急ぎ出入りの確認を門にしてみれば案の定、後宮へ何人かが入り込んだままことを知り。
いよいよ持ってと万全の装備をしてモリーと二人で後宮へと踏み込んでみれば……

誰ぞの侍女が黒装束を着込んだ何者かに腹を刺された瞬間に出くわした、というわけで。

そして冒頭に戻るのだった。


思考を再び現在へと回帰させた俺は、しかしその間も休まず腕を奮い続けていた。
どうやらこの連中、俺達よりも背後で倒れているあの侍女に余程止めを刺したいようで、先ほどから仕切りに床で呻く彼女へと追撃を放ち続けている。
(連中の悪事の証拠でも握ってるのか…いずれにしても口封じか何かだろうな)

であるならば何としても彼女を生きたまま助けねばならないと刺客の集中砲火から彼女を守るべく防戦に徹している。
対するモリーは遊撃として相手の隙をみては攻撃して離れとヒットアンドアウェイを繰り返している。
だがやはり、肝心の侍女が、腹への傷から身動きが取れないために俺もモリーも本気を出せない。
どうしても防戦に傾いてしまう現状に僅かな苛立ちが滲む。
それにどういうわけか、最初より刺客の人数が確実に

到底侍女一人を始末するに充てる人数ではない。
すでに俺もモリーも2、3人は斬り伏せ、或いは殴り殺している筈なのに次から次へと湧いてくる。

(…どこからか増援を支持している奴がいるな。どこだ)


内心舌打ちをしつつ、せめてあの侍女だけでもこの場から退避させることが出来れば。
好転しない現状に少しばかりの焦燥感が頭をチリチリと焦がし始めたその時。




『ラヒム!!しっかりしなさいッッ!!ねぇ……!』


突如背後から聞こえてきた声に、ニヤリと口角が上がる。
どうやら件の令嬢ー…ジョルダン嬢が登場したようだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※13時頃更新の後編へと続きます。
次回、モリー視点



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