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第二章 帝国編
第35話 シェイラとリオン〜遭遇〜
しおりを挟むルードがレムリアと先帝の宮へと足を運んでいる頃、シェイラの方はといえば。
現在見知らぬ小柄な美少年と遭遇を果たしていた。
『ご機嫌よう……』
『こんにちは!』
(か、可愛ッッ!!?)
にっこりと微笑む顔のなんて天使なことか!!
呼び鈴で呼んだ筈のモリーが姿を見せないのを訝って、
ルードの居室から恐る恐る出たシェイラ。
廊下を突き進みモリー達侍女の控え部屋を覗いてみたがそこにも姿は見えず、
あまり宮内の構造に詳しくない為どうしようか、やはり部屋へ戻った方がと惑っていると。
正面からフワフワのダークブラウンの髪と同色且つ潤んだ瞳の天使とばったり遭遇する羽目に。
とりあえずは挨拶よね!と挨拶をしてみたはいいものの、
目一杯可憐で愛らしく返事を返された後、会話が続かない。
ちらと彼の身なりを盗み見ると、とても仕立ての良い上品で繊細なもの。
白磁宮内を自由に歩き回っているところをみるに、ここの関係者、それも高位の貴族ではないかと予想してみたがどうにもその予想がしっくりとこない。
というのも、若いのだ。
背丈は私より少し高い程度、肌も抜けるように白く、
日頃あまり日に当たっていない様子。
なのに唇は濡れたように紅い。
まるで深窓の令嬢だ。
そして繰り返し強調するが、美少年。
女性であれば(この際女性でなくとも)ルミエス様が騒ぎ立てそうな愛らしさである。
(どう考えても勤め人ではないわね……)
その美少年はこちらを見ながら小首を傾げている(その仕草も天使!!)。
輝かんばかりの美を前によろめきそうになった自身の足を叱咤しつつ、
こちらもにっこりと微笑み返すとふわりと柔らかそうな頬を更に緩ませて声をかけてくる。
『お美しい方、宜しければお名前をお伺いしても?』
『…お初にお目にかかります。
シェイラ・レイランドルフと申します。
美しいなどと過分な評価を頂き光栄ですわ』
澄んだ声で名を問われ、内心わたわたと慌てながらなんとか名乗りを上げる。
『レイランドルフ嬢、ですか。
あ、僕はリオン。
リオン・ルーベンスっていいます!
どうかリオンと名前で呼んでください』
『そんな…初めてお目にかかったのにいきなりお名前を呼ぶのは些か』
『駄目……ですか?』
些か馴れ馴れしすぎないかと続けようとした私の言葉は、
うるうると潤んだ瞳と殺人的に可愛い顔での“お願い”の前に口から出ることはなかった。
『で、では……リオン、様?
これでよろしゅうございますか?』
『っとてもいいですね!
レイランドルフ嬢のような綺麗な方に名を呼んでもらうと何だかドキドキしてしまいます』
『ドッ!?あ、はは……。
左様でございますか……(なんで男性なのにこんなに可愛らしいのかしら!?)
では私のこともシェイラ、と。
それでおあいこでございますわ』
『シェイラ…シェイラですか!
わかりました“シェイラ”!』
ぱぁぁぁ……!
【天使が大天使に昇格を果たした!!】
(あらやだわ、変な副音声が……)
目の前の天使が眩しすぎて幻聴まで聴こえるようになってしまったようだ。
ニッコニコである。
天使がニッコニコなのである。
密かに部屋を出てきた事実も忘れて目の前の天使、もといリオンに見惚れていると、
彼がふと気付いた、といった素振りで問いかけてきた。
『ところでシェイラはここで何を?
僕は健康のための散歩中なのですが』
『さ、散歩?白磁宮内を、ですか?』
『はい。…恥ずかしい話なのですが僕、元々身体が弱くて……
風邪とかすぐに引いてしまうんですよ。
だから出来るだけ運動をするよう心がけているんです!』
『まぁ…!!今は大丈夫なのですか?』
『ふふっ!流石に最近は歩き回る位なら平気になりましたよ。
今日も、いつもより調子がいいくらいです!』
『それはよかったですわ』
『恥ずかしいですよね……もう17になるというのにこんなに虚弱で。
でも心配してくれてありがとうございます』
『え、17歳……(年上!?)
ま、まぁ、調子がいいのならそれに越したことはありませんわ!!』
17歳……自分より2歳も年上ということは。
少年ではなく青年、だったらしいことに衝撃を受けて固まりかけたが、
笑みで何とか誤魔化した。
『私はその……そう、侍女が見つからなくて探しているのですわ。
控室にもいませんでしたし……』
『……侍女、ですか?
ああ、もしかして先ほどの……』
『?』
『先ほど宮の入り口に急な訪問客が来たそうで、対応に騎士達が困っていたところに一人侍女が駆けつけて話し込んでいましたよ。きっと人手がなくて急遽駆り出されたんじゃないですかね?』
『なるほど。そうかもしれませんわね!
では私は部屋で彼女を大人しく待っていることにしますわ』
『そうですか?良かったら僕も探すのを手伝いま』
『いえ、お手数をかけるわけにもいきませんし、
何より折角の散歩を邪魔してしまっては悪いので私はこれで!』
『……そうですか……残念ですね、せっかくシェイラと知り合いになれたのに…』
しょんぼりと肩を落とすリオンに、
思わずもう少し話しても…と気持ちが傾いたが、すんでで堪える。
一人で行動しない、モリーか護衛なしでは部屋を出ないとルードとも約束していた為、現在一人で部屋を出ているこの状況を知られるのは非常にマズいのだ。
私の意思が変わらないことを悟った彼は
もう一度出会った時と同じ笑みを浮かべて“本当に残念”と呟いた。
『……もし、また会うことがあれば。
また僕と話してくれますか…?』
不安げに瞳を揺らす様子は酷く庇護欲をそそるものがあり、
初めて会った人間であるにも関わらず、気がつけば諾する言葉を発していた。
嬉しげに笑ったまま手を振り去っていく彼を見送りながらふと、そういえば結局白磁宮内で散歩などに勤しむ彼は何者だったのだろうと遅ればせながら疑問に思ったのだった。
ゆっくりと歩いていた筈なのに、シェイラが疑問を抱いているその間に
かの天使青年は姿を消してしまっていた。
こうしてシェイラは知らぬうちにルードの義弟ー…
リオン・ルーベンス・カルド・カリスティリアと初遭遇を果たしていたのであった。
部屋に急ぐシェイラは、
彼が帝国の第三皇子であることも、
彼が見た目通りの天使などではないことも、まだ知らない。
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