出涸らし令嬢は今日も生きる!

帆田 久

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第二章  帝国編

第34話  先帝の病③〜母の心中〜

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喉が乾いたからと女官に茶を用意させる目の前の母に、
先程毒を女官に盛られた話をしたばかりだろう、と豪胆すぎるさまに苦笑する。



『本当、昔から分かりにくい示唆ばかりする母親だ。
困ったものだな』

女官が部屋を去った後にちくりと嫌味を含めて言えば、ふっと目前の女性が笑いを深めた。



『ははっ…カンに障るとでも言いたげだな!
まぁそれでこそ私が私たる証、
そうあらねば帝国ここで生きてこれなかったのだから許せとは言わんが…。
この皇宮魔窟で生き抜くためにどれほど苦労してきたかなど、
息子のお前に言って聞かせたところで詮ないことだからな』

『俺には貴女が好き勝手に振る舞う、
母親としての自覚のない女性にしか映らなかったが?』

『まぁそれも正解ではある。
正直お前を身篭った時点で母親なんてなるものではないと思っていたのは事実だからな、否定はせんよ』

『………』


まるで俺を産むこと自体嫌だったと聞こえるそれに、冷えた笑いが溢れる。
やはり自分と母の間には愛情だのといった親子の情はないのか…と自嘲気味に笑う俺の耳にその後、予想外の言葉が飛び込んできた。


『……尤もそうあらねば、お前は今頃生きてもいなかったろうがな』

『あ……?』

『お前を産んだことを殊更喜んだり、母親として愛情をかけたりすれば。
側妃達が黙っていなかったろう。
何せ他国の王女とあって鳴り物入りで帝国に迎え入れられた妃だったからな、私は。
元々帝国の貴族である自分達を差し置いてあっさりと正皇妃の座についた私を面白く思うわけもない。
そのあとルドルフがうるさい家臣達の声に負けてまるでおまけのように側妃に上がれば尚更だ』

『……おまけとはまた……』

『しかも三人が側妃に上がってすぐに私が妊娠してなぁ……。

お前の兄の時は凄かったぞ?
妊娠が発覚してから毎日のように毒物の贈り物、
産まれてからは刺客が幾人も使い捨てるように送られてきた。
兎角女の嫉妬とは恐ろしい』

『…………』

『(うわぁ……)』

魔窟、ここに極まれり。

初めて明かされる事実に、
背後でガドがうへぇ……と舌を出したのが目に見えるようだ。
俺にしても後継争いに発展するまでにそのような事が日常的に行われていたことなど露とも知らなかった。


『特に最後に側妃となった第三妃は凄いの何の!
野心を隠す気すらなかったぞ。
皇太子を産んだのもそうだが、
その後更にお前を産んだことによって完全に私諸共暗殺する気満々ときた。
お前が産まれた二年後に双子、つまりは第三皇子を出産してからは特に酷くて。
毎日寝る間もなかったわ。
これでお前に公衆の面前で気をかけてみろ、
お前が後継者争いでうんざりした以上に面倒臭いことになっていたことは確実だな!』

『それであんなに俺に興味がない素振りをしていたと?
奔放に振る舞っていたのも?』

『奔放に、は性分だ!
が、徹底的に皇太子への執着を見せていたのもお前を不自然なまでに放置してきたのも。
全てルドルフとお前の兄・ゼムと話し合って決めたことだ』

『待て、兄?ゼムリアス兄上ともだと?
何故そこに兄が出てくる?』


不仲が周知の事実と化す程に
徹底して自分を嫌っていたはずの兄の名が出てきて眉間に皺を寄せる。


『お前の兄はなぁ、お前が生まれた時本当は凄く喜んでいたんだぞ!
だが自分も常々身内たる側妃達に命を狙われてきてその上弟まで、
となるのが忍びない。
そんなことになる位ならばいっそ嫌っているように見せて距離を置けばあの愚かな側妃達のこと、例え第二皇子といえども目くじら立てて早急に処分をせずともとりあえずは皇太子である自分に的を絞るに決まっていると考えて敢えてああいった態度を取っていたんだよ。
くくっ……彼奴は誰に似たのか演技が上手くてな、
本心を知っているはずの私やルドルフでさえ時々本当にお前を嫌ってるのではと疑ったものだが』


兄が自分を、本当は好いていた?

(そんなこと、分かるはずがないだろう!)

あんなにも面と向かって嫌ってますと態度に表していた兄が、
他の兄弟達と親交を持ちながら自分ばかりを遠ざけ続けてきた兄が。
よもや自分の身を案じていたなどと今更言われてもどうしろというのだ。
もう彼はこの世にいないというのに……

分かりにくすぎる愛情表現をする自分の家族に
思わず頭を抱えてしまった。
長いこと家族の関係で苦しい思いをしてきた俺のことを知っているガドの顔は、完全に苦笑いだ。


話の流れで期せずして母や兄の心情を知ることになり、
どっと疲労が押し寄せてくる。




ともあれ。


問題としていた母がどうやら自分の味方であることが知れただけでも
良しとした方が良さそうだ。
そう気持ちを切り替えながらふと、父が伏せる原因となった毒が何なのかが気になった。



『ところで母上。
親父殿が盛られた毒とやらが何なのか、わかっているのか?』

『ん、ああ。正確には毒と言っていいのか迷うところだが、まぁ非常に有害なのは間違いないからな。
お前も知っているものだぞ。
確か呼び名があったな………以前とある国で使われて大惨事を起こした……』

母の呟きを聞き、嫌な確信を得る。


『まさか……“悪魔の秘薬”……か?』

『お、そうそうそれだ!!正式名称は何と言ったか……』

『“グラトヴィル”』

『それだ!精神に作用するもので粉末に精製されたものを食事に入れられたのだ。
幸い少量しか摂取しなかった為に命も正気も保つことが出来たが……
薬が抜けるまで相当な発狂ぶりだったぞ。
とてもじゃないがあの時の様子は他に見せられなかったよ』

『……おいルード、こりゃあ……』

『……ああ。一番あって欲しくない事実が判明したな』


つい先日、自分やシェイラの身までも危険に晒した粉薬が、
よりにもよって父の身体と精神まで蝕んでいる、今もなお。
そしておそらくそれを持ち込んだのはー……



『リオン………』


小柄な彼の、濁りのない笑顔を脳裏に思い描いて目を据わらせる。


お前は一体 何を考えている?

若き義弟の真意が見えず、
俺はひたすらに虚空を睨み付けることしかできなかった。
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