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第二章 帝国編
第31話 悪魔の秘薬
しおりを挟むルードの怒りボルテージが中々下降しないのを
暫しニヤつきながら見ていたオーギュストだったが。
流石に脱線が過ぎることに気付き、
ゴホン!とわざとらしく咳払いをした。
【冗談はそのくらいにしておくとしようかの……。話を戻すとじゃな】
『本ッッ当に冗談なら
先程のような笑えないものはやめて頂きたいものだな……(次言ったら殺す!)。』
【ちっ……若き者は短気でいかんのう……(心の狭い奴め)。
ま、これ以上は言うまい。
先程話しかけた例の香り使いじゃが、
香りの素を首飾りに仕込んでそのまま身につけておった故、
効果の打ち消しがてら首飾りごと消し飛ばしてしもうたぞ】
『首飾り……ペンダントか、ネックレスの類だな。
確かペンダントを身につけていたのはジョルダン嬢、だったか……
一瞬しか確認していなかったから確証はないが』
『オーギュスト様が会場で忠告を……』
『忠告?』
(薄桃髪の人間に気を付けろ、でしたわね)
薄桃髪の人間はあの会場に一人しかいなかった。
おそらくは彼女ー…ジョルダン嬢に間違いなさそうだ。
会場で姿を消す前に耳許でそう囁かれたことを遅ればせながら思い出す。
あれ程会場で気にしていたのに、
この部屋に来てから起こった度重なる騒動にすっかり忘れていた。
【うむ…ちゃんと聞こえていたようで何よりじゃ。
我は基本的に人が好かんのは先に述べた通りからして、
そのまま姿を現したままじゃと騒ぎになる上煩わしいのでな……。
万一にもあの後シェイラが彼奴と行動を共にせんよう忠告しておいたのじゃ】
『すみませんルード…色々ありすぎて動揺してしまい、
報告が遅れましたわ。
せめて聴取の前に言うべきでしたのに……』
『なに、然程問題ない。
どの道あの時聞いていたとしても、
誰かさんが証拠ごと消してしまってはなにも追求出来なかっただろうからな。
シェイラがそこまで気にすることはないぞ』
『えっっそれはちょっと違』
【……よもやそのペンダントなる首飾りを
我が消したこと、責めるつもりはあるまいな(助けてやったのにその言い草か)】
『いや?
助力頂いたことはとても感謝しているとも。
ただ、精霊王程の偉大な力の持ち主ならば、
証拠品の確保も何とかなったのでは?と。
ふと思った次第で、特に含みはない(偉そうにしている割には大したことない)』
【ぐぬぬ!!無礼な奴!!ほんに無礼な奴め!!
先ほど主を殊勝且つ素直な人間と良く評価したのは間違いじゃったか!
言外ではっきりと責めているではないか!!】
『ははは!オーギュスト殿は深読みがお好きらしい(よく分かっているじゃないか)】
先ほどまでの仕返しと言わんばかりに
ペンダントを消したオーギュストを責めて煽るルード。
真面目な話し合いに戻ったはずなのに台無しである。
その証拠に側でモリーとガドも呆れ顔だ。
話の前半はシェイラを慰めているようで
後半は完全にオーギュストへの攻撃(口撃?)となっている。
私自身が犯した失態をオーギュスト様に転嫁するような
ルードの会話の切り口に目を据わらせる。
【~~~っ!
シェイラよ、ほんにこんな狭量な男の何処が良いのじゃ!!?
今ならまだ違う良き男もいるのではないか?!】
『ー…そうかもしれませんね』
『っシェイラ!?何を言って??』
『先ほどはああ申しましたが。
私が隣に立つと決めたお方はどうやら責任転嫁がお好きらしいので、
少し考える余地はあるやもしれませんね(助けてくれた人になんてことを!!)
証拠品など私も手にすることは叶いませんでしたのに。
命の恩人にもっと礼を尽くす方を探してみ』
『俺の言い方が悪かった許せシェイラ!!』
『冗談ですよ』
『えっっ』
『もうあのような酷いことは言ってはなりませんよ(めっ!ですよ)?』
『あ、はい(めって……可愛い)』
『………(完全に掌のなんとやらじゃな)』
『『…………((将来尻に敷かれ(るな)ますね))』』
残念過ぎる自分達の主人の姿に、
オーギュストと一緒にヒソヒソと呟く。
『っゴホン!!
あー…とりあえず話の続き、いいだろうか?』
【あ、はい】
はじめとは逆にルードが咳払いで話題を切り、
気付けば言葉を振られたオーギュストが先程のルードの返事を鸚鵡返ししていた。
………………………………………………………………………………
ようやく落ち着いて話ができそうだと疲れを滲ませたシェイラは
安堵のため息をつく。
話題は中断していた話の続きー…ジョルダン嬢への対応を如何するかと
使われた香りの素が何なのかということ。
ルードや私のそばにいたモリーは何も気付かなかったようだが、
彼女がヴィーダ嬢と近づいてきた際
妙に甘ったるい香りがしたのを覚えている。
それを嗅いだ途端に皆の様子がおかしくなりまた
自分も酩酊に似たぶれる視界と足元が不安定になったことを皆に告げると、
ルードとガド、そしてモリーまでもが難しい顔で考え込んでしまった。
『甘い香りに正気を奪う…。まさか……考えたくはないが……』
『ああ……俺もだ。もしあれが使われたなら拙いどころじゃねぇ…』
『精霊王様がいなければ…私達もアレの餌食に…!!』
『あの?事情が飲み込めないのですが、あれ、とは何なのでしょうか?』
『『『………。』』』
皆が難しい顔をしている理由が分からず聞いても皆黙して語ろうとしない。
困惑していると、一人紅茶のおかわりを自分でよそって飲んでいたオーギュストが代わりとばかりに口を開いた。
【我は人間がアレのことを“グラトヴィル”とー…
そう呼んでいるのを聞いた覚えがあるがな】
『『『やはり!!!』』』
『グラト、ヴィル…?何ですか、それは』
初めて聞く名に怪訝な面持ちとなれば、
ルードが怖いくらいの真剣な眼差しでこちらを見据えて言った。
『ー…“グラトヴィル”
かつて帝国と長年戦争を繰り返していたヴィルタニア王国が戦の兵や騎士に使用して
敵味方の区別なく甚大な被害を齎らした悪魔の秘薬の名だ』
『若い頃、戦後処理に駆り出された時は地獄だったぜ…。
未だに時々夢に出てきやがる程の凄惨極まる戦場だった……』
『おまけに敗戦したヴィルタニア王国内も酷い有り様だったとか……。
アレのせいで生き残りは殆どいなかったと聞き及んでおります』
口々に語られるその秘薬が齎らした悲惨な効果に、
声が漏れそうになるのを必死で堪えた。
ヴィルタニア王国王城地下で生成されていたらしいその粉薬は、
製法や材料となるものにたどり着く前に全てが焼却処分され、
製作に携わっていた研究者も自害したそうだ。
その為原料が何かは未だ判明していないが、
粉末状になったそれが発する酷く甘い香りを少しでも吸い込めば正気を失い、
結果全てを狂わせる。
時には狂って味方同士突然殺し合い、時に男が男に発情して襲いかかり。
重度に狂えば素手で人の腕や足を千切っては生肉を喰らい、そして死ぬ。
帝国に領土を明け渡すくらいなら全てを無に。
そう考えるまでに追い詰められた当時の愚かな国王が
貴族・騎士・平民問わず国中にばら撒き蔓延させ、
重度に狂った者達を前線に放り出して戦さ場を混乱と大惨事の坩堝へと叩き込んだのだ。
確かに悪魔の秘薬とはぴったりの名である。
あれに冒された人間の死体は、土壌への悪影響を恐れられて全てが火葬された。
つまりは文字通り、
国ごと燃え尽き消滅してしまったのだ。
そんな、国一つをも消滅せしめた粉薬を一体誰がどうやって持ち込んだのか……。
それはそれで憂慮すべき問題ではある。
しかし万一ー…誰かの手によって生成に成功したのを今回使用し、
それが市井へと広がることあらば。
後に待つのは、帝国の破滅だ。
そう説明され皆の口が重くなった理由を理解すると、
途端に寒くもないのに寒気が止まらなくなった。
両手で自分を抱きしめて腕をさすっていると、
精霊王が呑気な声で言った。
【その秘薬とやらを初めに作った人間とやらは、
余程その王国が気に食わなかったと見えるのぅ…国ごと滅ぼしたいほどに】
『……今その初めに製作した人間はどうでもいいだろう!
早急に彼女がどこからこれを手に入れたのか聞き出すことが』
【急くでない、愚か者め。
製作者も死んだ?製法は焼却処分され原料も不明の今なき筈の粉薬が、
明確な名と確かな存在を主張しているのじゃ。
製作者の子孫、生き残りを探すのも手じゃというに……】
『!!生き残り…製作者の末裔……』
『はぁ~…何だかどんどん大事になってねぇか?
(俺の休みはいつ取れることやら)』
『帝国と陛下、シェイラ様の一大事なのです!
元より大事に決まっているではないですか!!』
『ヘイヘイ……』
『では彼女がアレを入手した先と製作者の有無、
まずはそれからだ。
本当にただ、過去の遺物を発見し使用したという可能性も捨てきれんからな。
ガド、また働いてもらうぞ』
『………ヘーイ…了解』
『私はシェイラ様から一時も離れませんわ!!
侍女の仕事はメリーとマリーに半分以上任せます!』
『えっ!?』
『ああ、それでいい。
今はシェイラが頼みの綱、最後の生命線ともいえる。
アレが効きにくいシェイラさえ無事であれば、なんとか糸口を見つけられる気がする。
という訳だシェイラ。
……くれぐれも一人になるなよ?』
『なろうにも、オーギュスト様がいらっしゃいますし…』
『それでもだ』
頼むから安全第一に行動してほしいと懇願され、
こうしてそれぞれがそれぞれの役目を持って動くことが決まっていった。
果たして悪魔の秘薬は、どこからきて誰が彼女に持たせたのか。
早く明らかになることを願わずにはいられない、
待つことを役付けられたシェイラであった。
………………………………………………………………………………
『ところでオーギュスト様?』
【む?なんじゃ?】
『先程製作者がかの王国を恨んでいたように仰ってましたけれど、
何故それが分かるのですか?』
ルードがガドとモリーに細かな差配をしている中、
蚊帳の外のシェイラは先程抱いた些細な疑問を精霊王へ聞いてみた。
【ああ、そのことか……。
ほれ、あのグラトヴィルという名じゃがな。
我ら人ならざる者の仲間にかつて気の荒い大蛇がおってな、
其奴は人間を嫌うあまり遥昔に人によって倒されてしまったのじゃが…。
雑食でとにかく大食い。
人の間でつけられた名はグラトニー。
滅びた人の国の名はヴィルタニアというのじゃろ?
ヴィルタニアを喰らう者でグラトヴィル、という訳じゃな!】
『!!成程、納得いきましたわ!!
ありがとうございますオーギュスト様!』
【う、うむ!
分からぬことはすぐ聞くが素直というものじゃ。
これからちと大変やも知れんがの、励めよシェイラ】
なんかあれば我が守るがな!と胸を張るオーギュストに
クスクスと笑いながら本日幾度目かの礼を述べたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※遅くなり、長くもなりましたが本日のラスト更新です!
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