出涸らし令嬢は今日も生きる!

帆田 久

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第二章  帝国編

第16話  “真実”を語る茶会(前)

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とある夜。
白磁宮の皇帝の居室では、
秘密会議と銘打った小規模茶会プチティーパーティーが開かれていた。
参加者は部屋の主人とその近衛。
そしてー…

………………………………………………………………………………


『………まさかこれほどまで上手くいくとは』

『女って怖ぇ……』


若干引き気味にそう呟いたのはルードとガド。
ルードの自室でその報告を受けて、ほぼ同時に発した第一声である。

その場には二人の他に、の女性がいた。
一人目はシェイラ。
現在部屋を同じくしている為にいても不思議ではない。
二人目は侍女のモリー。
これもまた、シェイラの侍女として彼女の身の周りの世話をしているので同様。
しかし三人目ー…
ルミエス・クラン・エヴァンス公爵令嬢だけは、この中にあって少々異色だ。

真っ直ぐな水色の髪、同じく空色の瞳。
端正な中にも知性を感じさせるその佇まいといい、
皇帝のルードと一見強面なガドと席を共にしているのにも関わらず、
堂々たる存在感を放っていた。

モリーの入れた紅茶を口に含んで満足そうに笑むその顔は、
シェイラの目から見ても見惚れるほどの淑女としての魅力に満ち満ちていた。

思わず会話の最中であることも忘れて隣に座る彼女にポー…と見惚れていると、
ゴホン!と咳払いが聞こえて現実に立ち返る。
どうやら咳払いの主はルードのようだ。
若干不機嫌そうに眉を顰めているのを見て、
自分の態度が話の腰を折ってしまったのかと慌てていると、
クスクスと軽やかな笑い声が部屋に響いた。


『ふふふっ……どうやら我が帝国の誇る麗しの皇帝陛下は、
意中の美女が自分以外に興味を示しているのがお気に召さないご様子ね』

『…悪いか』

『あらあら、そこで開き直るんですのね?
仮にも帝国一の美丈夫と名高い御方が随分と余裕のないこと。
そうは思わない、モリー?』

『おっしゃる通りですね。
陛下……あまり独占欲が過ぎますと、
兎角女性というのは逃げたくなるものですよ(逃げられないよう御注意を)』

『…本当に、お前達が二人揃うと煩いことこの上ないな』

『くくっ!言われてやんの』


ルミエス様に笑われ、モリーに真顔で突っ込まれ、
ガドに揶揄われたルードは今度こそ完全なる仏頂面になった。
その子供めいた表情と周囲の笑い声の対比がおかしくて、
シェイラも思わず笑ってしまった。


『………シェイラ、お前もか』

『ふ、ふふっす、すみませんルー…陛下。
だっておかしくてっ!』

『あら、姫にも笑われてしまいましたわね陛下?
付き合い始めは素敵な男性、
でも結婚したら残念な……とならないよう祈ってますわ。
(失望されぬよう頑張って下さいまし)
それにしてもシェイラ様は…本当に可愛らしい方ね』

『ふふ………え?』

『燃えるような艶のある赤い髪、均整のとれた女性的な身体つき(撫で回したい)。
宝石の如く輝く左右の大きな瞳……(宝石箱にコレクションしたいくらい)。
すっと通った小振りな鼻も、愛らしくぷっくりとした唇も。
まるで誘っているかの様に魅力的ですわ(食べちゃいたい)』

『え、ええ(なんか凄い副音声が)!?』


するぅり……
自然且つ意味ありげに頬から唇の輪郭までをなぞられて顔に血の気が上がる。
ルミエス様の神秘的な雰囲気が細めた眼差しの艶かしさと相まって、
些かどころでなく倒錯的な気分に陥りそうになる。

(はわわわ!!)

加えて聞こえてきた、これまた少々過激にすぎる副音声にあたふたしていると、
こら、と嗜める声が掛かった。



『駄目ですよ、誘惑しては(彼女は(ヘタレ)陛下の相手ですよ)。
愛らしい女性を前にすると出る、貴女の悪い癖ですよ(寧ろ昔より悪化しているのでは)?
少し自重しなさい』

『まぁ私としたことが(あら残念)!
すみませんシェイラ様。シェイラ様があまりにもお美しいので
少々我を忘れてしまいましたわ……。
……勝手に触れるなど……許してくださるかしら?』

『え!ええ、わ、私は平気ですわ!!
ルミエス様も、どうかお気になさらず』

『うふっ、それは良かった!
本当に。
この様な愛らしい御方を射止めるなんて、
陛下が羨ましゅうございますわ(譲ってくれないかしら)』

『……………おい(譲らん!聞こえてるんだよ変態)』

『はぁぁ……シェイラ様はお優しいですからね……。
(簡単に気を許してはなりませんよ、何せ変態ですから)』

『は、はぁ……(皆何言ってるのかちょっと分からないわ)』



渋面を更に顰めるという器用な真似をするルードと、
ため息を吐きながら首を横に振るモリー。
呆れの中に気安さの混じる会話に目を白黒させながら、
同時に然もありなんとも思う。

そう。
ルードとルミエスは所謂幼なじみ。
そしてモリーはといえば、驚いたことにルミエスの腹違いの姉だというのだ。
モリーはエヴァンス公爵家の長女として生まれたのだが、
残念なことに妾腹の娘で認知すらされていない。
対してルミエスは正妻の一人娘。
待遇の違いは明らかで、
ともすれば険悪な仲となりそうなものだが。
実はこの二人、とても仲が良い。
父親である公爵と二人の母親に隠れて幼い頃より交流を深めていた為、
その際にルミエスを通じてルードの侍女となったのである。

現当主である公爵は妾腹の娘であるモリーに露程も興味がなく、
それ故にルードが名指しで侍女とした時も何の横槍も入らなかったという。
モリー曰く、ただ単に存在を忘れていたのでは?ということらしいのだが、
真相は定かではない。

兎に角。
ルードは身内がおかしくなっていき、
争いが激化していく中で味方を欲していたためにモリーを雇い。
モリーは妾腹の娘の身で人生を生き抜くためにルードの侍女となった。
そしてルミエスは争いの折から現在に至るまで、
父親にそれとなく将来有望なルードに協力するよう働きかけ続けて、
家格と今の暮らしを密かに維持してきた。


それぞれがそれぞれの目的のために影で協力しあってきた結果が、
今のこの気安いやり取りを出来る関係、という訳だ。

故に。
今回の婚約者選定の参加者一覧に目を通した際、
ルードとモリーが一も二もなく協力を仰ごうと名を上げたのが彼女ー、
ルミエスであったことは当然の帰結ともいえる。

念の為にと他の令嬢達の調査も兼ねて後宮へと潜入したシェイラから、
ルミエスにがついていることを知ったルード達は、
彼女とその侍女を引き離すために策を講じたのが
今回の後宮で巻き起こった亡霊騒動の発端でもある。

尤も……事態は予想してたよりも大事になりまた、
予想外にもルード達に都合の良い方へと転がった訳だが。
つらつらと彼らから聞いた関係性について思い返していると、
ルードがトントンと茶器やお菓子の並べられたテーブルを指で叩いた。


『兎に角、これでは話が進まん。
これが仮にも会議で、各自の報告会も兼ねていることを忘れてもらっては困る』

『あらそうだったのですか?
私はてっきり…身を隠すのに打ってつけのこのお部屋で
可愛らしいシェイラ様を愛でる会かと今の今まで思っていましたのに』

『ルミエス……頼むからこれ以上場を茶化してくれるな。
これ以上ふざけるのなら、いっそお前だけ退室するか?』

『はあい。
申し訳ございません陛下。
以後暫くは不要な発言を控えさせていただきますわ』

『初めからそうしてくれていれば早かったのだがな……。
ともあれー…。
事の初めから話し、情報を整理するとしよう』


ルードの言葉に、
シェイラを含めた他の茶会参加者達は小さく頷き、順を追って語り出すのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※次回に続きます。













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