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第一章 出会い編
閑話 眠り姫を抱くは騎士かそれとも③
しおりを挟む『………本当に、遅すぎるぞエリーシェよ』
妻を労わるように撫でながら発せられたその言葉は酷く哀しげで、それでいて口振りとは裏腹に責める響きを一切持ってはいなかった。
硬直して動けない私の頭の中は混乱と疑問で一杯になっていた。
彼は何だ?
どうして突然現れたのか?
妻を“友”と呼ぶ、何故だ?
彼は彼女にとって、どのような存在なのか?ー……
次々と湧き出す疑問に答えを齎すことの出来る人物、いや、存在は目の前の彼だけ。しかしながら割って入ることのできない空気を醸し出す彼に、初対面の自分が疑問をぶつける事は憚られる。
結局は黙して語らず、ただ彼の意識がこちらに向くのを待つ他はなかった。
一頻り撫でて満足したのか、彼女の頭から手を離した男は哀しくも優しく細めていた眼差しを冷たいものへと変え、私を睨み付ける。
視線が合った瞬間、ぞわり…と鳥肌が立つほどの怖気が全身を包み、膝がガクガクと震える。
しかし腕の中の妻だけは落とすまい、彼から視線を逸らすまいと必死に足へと力を入れて彼を睨み返す私を見るや、ふん、と小さく息を吐き、眼差しを柔らかいものへと変える。
途端に消えた怖気と足の震えに戸惑う視線を送れば、彼は何やら愉快な生き物でも見るかのように形の良い眉の片方を上げた。
『初めまして、とでも言っておこうか。名を聞こう、【赤髪の騎士】
我はこの森を住処の一つとする者。
我が友は我のことを【精霊王】のオーちゃんなどとふざけて呼んでいたがな』
「…ロイド・レイランドルフと申します。が、……赤髪の騎士?精霊王……??」
『かつて我が友が言っていた。
自分には最愛の【赤髪の騎士】がついているのだと。お主がそうなのであろう?』
「……確かに私は彼女の夫ですし、赤髪ですが…」
『我が求婚した際にそう言って断りおったのだ、此奴は』
「きゅっ!!?」
懐かしむように語る目の前の人外とは逆に、ロイドはまたしても混乱の境地へと叩き落とされた。
(求婚!?という事は何ですか、私の妻はこの人ならざる存在の妻になっていた可能性が…!!?)
混乱に口をパクパクと開閉する私をさも可笑しげに見遣り、ふふふと軽やかに笑う。
『何をそんなに動揺することがある?結局のところ此奴が選んだのはお主であり、我は此奴を“友”とすることにしたのだ。その証拠に約束まで交わしてな』
「約束、ですか?」
『そうとも。友となる証に3つの約束をな。
だというに待てど暮らせど森に来なんだ。それどころか娘の方が先に来たわ』
「……シェイラがここに?」
『シェイラ、というのかあの娘は。
魂と片目に友と同じ色を宿しておったのでな、すぐに友の子だと分かったわ。
初めの頃はピーピーと泣いておったが。
何が楽しいのか一人でここに来ては本を読んだり、その本を片手に奇妙な舞を踊ってみたり独り言をブツブツ呟いたりと忙しそうにしておったぞ?
……ただ何だ。日を追うごとに身なりが粗末になっていったのには少々思うところもあったが』
(!!)
自身の知らない、この9年間のシェイラの様子を語る精霊王に目を見開く。
『友は来ぬ、時過ぎる程に娘は見窄らしくなっていくと何やら気になって仕方なかったのでな、まだ娘が幼いうちに勝手に約束の一つを叶えてしまうことにしたのだ』
「……約束。王よ、約束とは。妻と交わした約束とは何なのですか!?」
『ー…ふむ。友の最愛であれば良かろうか。
あの娘の血の半分はお主とも繋がっておることだしな。
我が友と交わした約束は3つ。
ー友が連れてくる最愛とも“友”となり、友の最愛として認めること。
ー友と最愛の間に子が生まれたら、森へ来た時それを“祝福”すること。
ーそして先の2つを叶えた時にもう一つ、…我の“願い”を許容すること。
先んじて叶えた約束は2つ目だ。
人の世で言う精霊である我の祝福は特別でな、人の理とは違う力を使うことができるようになる。
確か、魔法というのだったか……。少なくなったとはいえ今の世でも使い手がいないわけではなかろう。
要はそれを用いて身を守れるようになる上に、病や飢えで死ぬことのないよう健康でいられるといったものだ』
「魔、法……」
娘が、シェイラが、希少な魔法の使い手?
そして長年虐げられながらも彼女が健康でいられたのは、祝福のお陰?見兼ねて祝福を施したということは、成されていなければシェイラは……
どうなっていたか、果たして生きていられたのかという考えに至った時、一気に血の気が引いた。
青褪める私を暫し見つめていた精霊王は、静かに続けた。
『そして今。遅すぎるくらいだが、1つ目の約束も果たした。
我はお主を友の最愛と認め、我の“友”と認めた。
これで漸く……3つ目を叶えることが出来る』
「3つ目……王の願い!?」
『そうだ。我と友になり約束を交わす。
その約束は我が名のもとに必ず果たさねばならぬ……よって【赤髪の騎士】ロイド・レイランドルフよ。
我が友を…エリーシェを我に渡せ』
「ッッ何故です!?私とて彼女の最愛、安らかに眠りにつけるはずだった彼女は9年もの間他の男に奪われていた!!
それでも渡せと、彼女をまた他の男に手渡せというのですか!!」
(約束?そんなこと知ったことか!もうこれ以上彼女を他の男などに……)
渡してなるものかと強く彼女の身体を抱きしめて離そうとしない私を凪いだ眼差しで見つめると、静かにため息をついた。
『最後まで話は聞くものだロイドよ、何もお主から取り上げたくて言っているのではない。
我の願いとは…我が友が死した時、魂を昇華し精霊へと生まれ変わらせることだ。
本当ならば友と友の最愛の人生を看取り、身体が朽ちた後に魂を救いとって願いを果たすつもりだったが……。
ー…もう、限界なのだロイドよ。
身体が朽ちてこそ魂は身体から離れる。しかし何者かが外法の術を用いたのか、友の身体は朽ちず。
それ故に魂が解放されることがない。
そして余りにも長く生を終えた身体から魂が離れることが出来なければ……魂は歪み、崩れ、消滅してしまう。
それでは精霊化はおろか、転生すら出来ぬ。存在自体が消えてしまう。
お主が真実友の“最愛”だというのなら、我に友の身体を渡せ。
最早唯の火で燃やしたところで、そのまま身体もろとも魂も燃え尽きてしまう。
故に……我の力で身体のみを消すのだ』
「……っっ!!」
途方も、根拠もない話だ。妻の身体を得たいが為に都合の良いことを言っているに違いない。
必死にそう思い込もうとしても。
目の前の男の、深い深い哀しみと痛みを湛えた眼差しが、その自分勝手な考えを否定する。
疑心に囚われた私を、精霊王は急かさない。
静寂が辺りを支配して幾ばくか。
漸く私は、口を開いた。
妻を………エリーシェの魂を、救ってくれ
最愛を己自身で救うことのできない無力感と悔しさを含んで絞り出した答えを、彼が笑うことはなかった。
『引き受けようぞ、我が友ロイドよ』
彼女の身体を私からそっと受け取ると、湖面に再び歩みを進めて低く心地の良い声色で聴き慣れない言の葉を紡ぐ。
『ーーー』
歌うように響くそれに合わせて柔らかな光の玉が彼女の身体を覆っていくのが見える。
やがて一瞬強く輝くと、彼女の身体は彼の手にも、どこにもなかった。
ただ一つー…小さな小さな琥珀色の玉が、精霊王の周りをふよふよと漂っていた。
『……最期の別れを惜しむと良い、我が友よ。
魂の修復には長く時がかかる。人の命の長さより遥かに永く、な』
疲れた様子でそう言い置き呆気なく姿を消した精霊王に、呆然とその場に立ち尽くしたままの自分。
彼女の身体を見つけた時、もう涙は枯れ果てたと思っていたのに。
とめどなく頬を伝う涙が、地面に落ちて大地を濡らす。
するとふよふよと漂っていたあの光の玉が、自分の元へとやってきた。
暫く私の身体の周りを漂いそして、額にふわりと触れた。
『あらあら ほんとうに わたしの だんなさまは なきむしね』
「っエリーシェ!!?」
『ふふふ わたしは だいじょうぶ
ともだちと のんびり おはなしでも しているわ
だから あなたは しぇいらの こと おねがい ね』
「…分かってる。でも、私は君に何もっ!!」
『もう! なかないの
あなたは わたしの さいあいで
わたしは あなたの さいあい それでいいでしょう?
だから わらって いて
あいしているわ わたしの ろいどー…』
「…っっ、私も、愛していますよ、私のエリーシェ……!!」
心と頭に直に響いたその声に、必死で笑顔を作った。
ふわりと離れた光の玉は、ふよふよと湖面の中心まで飛び、パチンと消えた。
眼鏡を外し、泣きすぎてひりつく目を擦って辺りを見渡せば、
いつの間にか朝日が燦々と上がっていた。
エリーシェ
ゆっくり
ゆっくり休んで下さい
いつか私がそちらに行ったら
仲間外れにせず 一緒にまた話しましょう
漸く、私の中に立ち込めていた霧が晴れた、
そんな朝を
迎えたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※以上、『眠り姫を抱くは騎士かそれとも』でした!!
長くなりましたが、楽しんで頂ければ幸いっす(*´꒳`*)
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