出涸らし令嬢は今日も生きる!

帆田 久

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第一章  出会い編

第45話  大夜会①〜お手をどうぞ?〜

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常なら日が沈み暗闇に支配されるはずのこの時間も、
今日という日に限っては、例外であるようでー…


過去に存在した魔導師や魔法使い達が遺したと言われる光の魔道具によって、夜の城が美しく照らし出されている。
灯に集る虫や蝶のように、城に向けて馬車が長蛇の列を作っている様はそれだけで今日が特別な日であることを示している。

支度を終えたシェイラは、豪華な衣装を身に纏った紳士淑女が次々と城の中に入っていく様子を窓から眺めて小さくため息をついた。


『シェイラ様、どうされました?よもや緊張しておいでになられますか?』

『ありがとうモリー。……ええそうね、少し』


耳聡く自分のため息の音を聞き取った侍女モリーが差し出してきた紅茶に口をつけ、ホッとしつつも苦笑を漏らす。
実際そうだったからだ。この1週間やれるだけのことはやってきたつもりではあるし、今日にしても朝からモリー、マリー、メリー達侍女三人組に朝から身体の隅々まで磨かれた上万全に用意された品々を身に纏い、常の自分より何倍も令嬢らしく仕上がっている。
実際鏡で確認した己の姿を別人と勘違いしかけた程の出来栄えだ。
しかしやはり、長年かけて植え付けられた他人からの評価というものは、中々消えてはくれない訳で…。

(本当に私などが煌びやかな場に出て行ってもいいのでしょうか…。)

事実上デビュタントとなる今日の催しへの参加を不安視してしまう、後ろ向きな気持ちを止められないのだった。
不安をなんとか払拭したくて、事前に父へ挨拶をしに行こうとしても、
『お父君におかれましては、宰相と伯爵としての責務により多忙につき、大夜会の会場でしかお会いになることが出来ないそうです』
と、そう侍女達から申し訳なさそうに返されてしまい、結局客室で待機し続けるより他はなかった。

そんなシェイラの不安を知ってか知らずか、しっかり者の侍女頭・モリーは大丈夫ですよ、と私に微笑んで見せる。

『聞けば初めての社交の場。
緊張も致し方ないと存じますが、この1週間シェイラ様の教師役を買って出た身といたしましては何の支障もないかと。マナーや会話術については言うに及ばず、ダンスに至っては本当に今まで本だけで覚えたのかと疑わしいほどのステップの熟練度でしたわ。
そして私どもが誠心誠意磨かせていただいた美しいシェイラ様は、誰も目から見ても陛下の隣に立つに足る、素晴らしい御令嬢であられますとも!』


『ふふ!ありがとう。…でも少し世辞が過ぎますわ』

『世辞だなどと、何をおっしゃいますシェイラ様!!』

『そうですわ!!』

『本当に…。ですがそうですね…。
私達侍女程度の言葉よりもっと信頼できる方から正しく評価頂ければきっと信じて自信と変えて頂けるかと……。

ー…そうでございましょう、我らが皇帝陛下?』


『え?』

モリーの言葉に振り向いてみれば、部屋の入り口にはびしりと正装に身を包んだルードが目を見開いて立っていた。
長い艶のある白銀の髪は後ろで上質な赤いリボンで一つに結えられ、
すっきりと整った顔も、綺麗な深蒼の瞳もよく見える。
カリス帝国の正装なのだろうか、白地に銀の刺繍が細かく施された襟と裾の長い軍服は、彼を美丈夫振りを数段引き上げ、優雅さに加えてどこか野性的な色気を感じさせる。すらりと長い足は黒い生地が覆い、靴も無骨ではない洗練された職人技が光る軍靴ブーツを履いている。

ー“英雄王”
その名で呼ばれるに相応しい美丈夫が、そこにいた。

蕩然とその姿に見惚れたシェイラは、
暗示にでもかかったように椅子から立ち上がってふらふらとルードの元まで足を運ぶ。

「…ルー…」

「……これは駄目だ、シェイラ」

「……え」


『陛下っ!?』


近寄ったシェイラにく…と眉を顰めると小さくため息を吐き白い手袋に包まれた手で口元を覆った。
モリーが後ろで咎める声を上げていたがそれに気づくことも出来ず、サァァ……と血の気を失い青褪める。

(ああ…やはり。どんなに着飾ったところで、私は……)
彼に相応しくないのだと。
自分の至らなさに呆れられたのだろうと思い、顔を俯かせる。
この上勝手に傷付いて泣く無様まで見せられないと下を向きながら懸命に涙を堪えていれば、
するりと上質な布地が頬を滑った。

え、と思わず顔を上げれば私の頬を手をあて撫でて頬を染める、ルードがいた。


「……美しく、されすぎだ馬鹿」

「え、ルー…」

「こんなに美しくて、可憐で、色っぽくされて……。
こんなの、会場で飢えた男どもに視姦されるに決まっている!!」

(え、何故私は怒られているのでしょうか……?)

「それに俺を見つけるなりそんな、潤んだ目で見つめて近寄ってくるなんてっ。
お前は俺をどうしたいんだ!?
襲うぞ?いや分かった、襲われたいんだな?
………ふぅ。
………。
大夜会、出るのやめるか」

「ぇ、ええ!?」


顔を顰めたまま赤面して怒る、というなんとも判断に困る表情で、終いには大夜会への参加中止を宣言しだしたルードに驚き声を上げてしまった。
泣きそうだったことも忘れてあたふたとする私の手を掴み
俺の部屋に行くぞ、と言い出した彼を止めたのはやはりというかなんというか、有能な侍女・モリーであった。



『……へ、い、か??
何を血迷っていらっしゃるのですか!
いくらシェイラ様が女神の如く美しくなって理性を飛ばされたとしても大夜会参加中止など以ての外!婚前交渉など更にアウト!!言ってしまえば一番最初の言葉から完全にアウトですわ陛下!!』

『……またお前かモリー。
お前はいつもいつも…』


『そもそも。
シェイラ様が、。ちゃんと分かっておられますか』


その言葉にハッとしたルードが私を見つめる。
先ほどまでの名残でかなり潤んでいる私の目を極まり悪げに見つめると、んん!と仕切り直すように咳払いをした。

「その、悪かったなシェイラ。余りに似合っていて美しかったから少々取り乱した。
……許してくれるか?」

「………。」

「シェ、シェイラ……?」

「……っ、ふ…」

(本当に私ったら、現金なものね)
へにょりと先ほどまで顰めていた眉を下げて懇願してくるルードが美麗な身なりと反比例して情けなく映り、あまりにも可笑しくて。
あれ程悩まされた不安や劣等感が何処かへ吹き飛んでしまった私は、気づけばふふふっと笑っていた。


「お褒めに預かり、光栄ですわ陛下?」


にっこりと笑って小首を傾げた私をホッとした様子で見つめて自身も笑みを浮かべたルードは、少し身体を離すとす……と右手を前に差し出した。

「シェイラ嬢、お手をどうぞお取りいただきたい」

「陛下…?」

「これより参るはここトリアドル王国が主催の『大夜会』。
15歳となられた麗しい美姫・シェイラ嬢のデビューのエスコート役の栄誉を私に下さいませんか?」

「まぁ…!」


真面目だがそれとなく芝居がかったその誘いにクスクス笑いながら大仰に驚いて見せたりして悪ノリしたシェイラだったが、その手が微かに震えているのに気づくと
(不安なのも自信がないのも、私だけじゃない……)
そう思うとふわりと心から微笑んで自身の手を差し出したのだった。


「素敵なエスコート、宜しくお願いしますわ陛下」

「勿論。ほどに素晴らしい夜にすることを約束しよう、シェイラ嬢」



ー…大夜会が、長い長い夜が今、始まる。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※いよいよ大夜会当日がスタートっす!
キリが良いので本日はここまでですが、明日も欠かさず更新致しますので、お楽しみに~♪(´ε` )
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