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第一章 出会い編
第40話 深夜の報告会
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side:ルード
静まりかえった広い部屋の中に、微かな物音が響く。
寝台に横たわり閉じていた目を開くと、暗闇に向けて声をかけた。
『戻ったか』
『ご報告に上がるのが遅くなり、誠に申し訳なく』
『いやいい。それで?』
暗闇の中から浮き上がるように姿を見せた男、影の一人がベッド横に跪く。
弾力のある枕を立てて上体を起こし、背凭れ代わりに寄りかかると目を眇める。
多少時間はかかると思ってはいたものの、自身の就寝時間になっても報告が来なかった事に僅かながら苛立ちもあったのだろう。俺の様子から機嫌の下降を聡く読み取った影は僅かに身体を揺らしたが、それ以上動揺を表に出すことなく報告にかかる。
『ケインという男の尾行についた影ですが、裏通りに入ってすぐ姿を見失った為、我々と繋ぎをつける予定だった酒場にて待機しつつの情報収集に切り替えた模様ですが。失態が続き奴の子飼いと思われる連中に警戒・見張を付けられた為、他の影が後を引き継ぎ見張要員と別れた他の連中を尾行、その後ケインの姿を確認したとのこと』
『……とんだ失態だな、本当。
それで?まさか姿と寝ぐらの確認しかしていないなどと口が裂けても言うなよ』
『っは。ケインは裏通り奥にある『ヒドラ』という宿屋にて男達と合流し、失態を犯した影に手を出さず、引き続き見張るよう指示。どうやら雇主を炙り出そうという算段かと。その後去っていった男達とは別に、その宿屋の店主らしき老人と例の花の受け渡しについてやり取りをして根城に去ったそうです』
『ほう……あれをまた挿し替えに来るつもりか。
日取りについては?』
『話の中でケイン本人が6日後に用意して届けるよう店主に要求していたと。おそらく『大夜会』前日に城へ乗り込んでくると思われます』
『そうか。花はそのヒドラ、とかいう宿屋の店主が用意する手筈なんだな?』
『はい。それもかなり親しい間柄のようでケインは店主の事を“翁”と呼んでいたそうです。
宿にしてもただの宿屋ではなく売春宿であり、取引禁止の品物を融通出来ることから闇ルートで商いをするものかと』
『翁、か。』
(使用人達を奴隷化して他国に売買していた事といい、花を定期的に用意できていた事といい、後ろ暗い連中との付き合いはある程度予想はしていたがな……)
ここに来て新たに上がった名前といい、どっぷりと泥沼に足を突っ込んでいるケインにつくづく救えない男だとうっそりと笑う。勿論最初から救う気もないが、と鼻を鳴らすと再び影を流しみる。
『いかがいたしますか、店主の身柄だけでも先に押さえますか』
『いや不要だ。そのまま受け渡しを終えるまで放っておけ。無論、ケインも監視を継続させつつ行動を制限する必要もない』
『しかしそれでは、再び宰相殿が花の餌食となるのでは…』
『奴を捕らえるには罪を犯させた後の方が確実。それに、わざわざ城の中に来るというのならそれを利用させてもらうだけだ』
『……は。では他の者達にもそのように伝えます。動向に関しては引き続き報告に上がります』
『次はもう少し迅速にことを運べ、遅すぎる。これでは情報をわざわざ調べさせる意味がない』
『申し訳ございません』
『では行け……いや、もう一つ。
ヘマをした奴に伝えておけ。本国に帰り次第楽しい“再教育”が待っているとな。楽しすぎて死にたくなければ今後も真剣に任務に励めとも』
『っ………は。確と』
再度身体を揺らした影は小さく頷くと再び暗闇の中に融けていった。
ふぅ……と小さく息を吐く。
枕を元に戻して身体を横たえると、今度こそ深く眠る事に集中する。
しかしながらその口元は、俺の心中を反映してか薄く笑んでいた。
(捕らえる手立てはいくつか考えていたし、何か仕掛けてきたとしても面倒ごとも少なく城の警戒も薄れる『大夜会』後だと思っていたが。
自分からこちらの手の内に足を運んでくれるというんだ。当日に来るであろう恥知らずな後妻達共々、精一杯に持てなさねば、な)
同時に、今日父親と再会して嬉しそうに笑っていたシェイラの笑顔を脳裏に再現しつつ、今度こそ俺は夢の国へと旅立ったのだった。
静まりかえった広い部屋の中に、微かな物音が響く。
寝台に横たわり閉じていた目を開くと、暗闇に向けて声をかけた。
『戻ったか』
『ご報告に上がるのが遅くなり、誠に申し訳なく』
『いやいい。それで?』
暗闇の中から浮き上がるように姿を見せた男、影の一人がベッド横に跪く。
弾力のある枕を立てて上体を起こし、背凭れ代わりに寄りかかると目を眇める。
多少時間はかかると思ってはいたものの、自身の就寝時間になっても報告が来なかった事に僅かながら苛立ちもあったのだろう。俺の様子から機嫌の下降を聡く読み取った影は僅かに身体を揺らしたが、それ以上動揺を表に出すことなく報告にかかる。
『ケインという男の尾行についた影ですが、裏通りに入ってすぐ姿を見失った為、我々と繋ぎをつける予定だった酒場にて待機しつつの情報収集に切り替えた模様ですが。失態が続き奴の子飼いと思われる連中に警戒・見張を付けられた為、他の影が後を引き継ぎ見張要員と別れた他の連中を尾行、その後ケインの姿を確認したとのこと』
『……とんだ失態だな、本当。
それで?まさか姿と寝ぐらの確認しかしていないなどと口が裂けても言うなよ』
『っは。ケインは裏通り奥にある『ヒドラ』という宿屋にて男達と合流し、失態を犯した影に手を出さず、引き続き見張るよう指示。どうやら雇主を炙り出そうという算段かと。その後去っていった男達とは別に、その宿屋の店主らしき老人と例の花の受け渡しについてやり取りをして根城に去ったそうです』
『ほう……あれをまた挿し替えに来るつもりか。
日取りについては?』
『話の中でケイン本人が6日後に用意して届けるよう店主に要求していたと。おそらく『大夜会』前日に城へ乗り込んでくると思われます』
『そうか。花はそのヒドラ、とかいう宿屋の店主が用意する手筈なんだな?』
『はい。それもかなり親しい間柄のようでケインは店主の事を“翁”と呼んでいたそうです。
宿にしてもただの宿屋ではなく売春宿であり、取引禁止の品物を融通出来ることから闇ルートで商いをするものかと』
『翁、か。』
(使用人達を奴隷化して他国に売買していた事といい、花を定期的に用意できていた事といい、後ろ暗い連中との付き合いはある程度予想はしていたがな……)
ここに来て新たに上がった名前といい、どっぷりと泥沼に足を突っ込んでいるケインにつくづく救えない男だとうっそりと笑う。勿論最初から救う気もないが、と鼻を鳴らすと再び影を流しみる。
『いかがいたしますか、店主の身柄だけでも先に押さえますか』
『いや不要だ。そのまま受け渡しを終えるまで放っておけ。無論、ケインも監視を継続させつつ行動を制限する必要もない』
『しかしそれでは、再び宰相殿が花の餌食となるのでは…』
『奴を捕らえるには罪を犯させた後の方が確実。それに、わざわざ城の中に来るというのならそれを利用させてもらうだけだ』
『……は。では他の者達にもそのように伝えます。動向に関しては引き続き報告に上がります』
『次はもう少し迅速にことを運べ、遅すぎる。これでは情報をわざわざ調べさせる意味がない』
『申し訳ございません』
『では行け……いや、もう一つ。
ヘマをした奴に伝えておけ。本国に帰り次第楽しい“再教育”が待っているとな。楽しすぎて死にたくなければ今後も真剣に任務に励めとも』
『っ………は。確と』
再度身体を揺らした影は小さく頷くと再び暗闇の中に融けていった。
ふぅ……と小さく息を吐く。
枕を元に戻して身体を横たえると、今度こそ深く眠る事に集中する。
しかしながらその口元は、俺の心中を反映してか薄く笑んでいた。
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自分からこちらの手の内に足を運んでくれるというんだ。当日に来るであろう恥知らずな後妻達共々、精一杯に持てなさねば、な)
同時に、今日父親と再会して嬉しそうに笑っていたシェイラの笑顔を脳裏に再現しつつ、今度こそ俺は夢の国へと旅立ったのだった。
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