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第一章 出会い編
第29話 皇帝と令嬢①
しおりを挟むside:シェイラ
(うう…。久しぶりのまともな入浴でしたのに。大変な目に遭いましたわ……)
(個人的に)羞恥極まる入浴タイムから脱衣所での着替えタイム(これも中々大変でしたわ)を経てシンプルだけど上品で質の良いワンピースに身を包んだシェイラは、その後簡単な軽食(久方食べる機会もなかった贅沢なもの)を別室にて頂くと、些かぐったりとしつつも、若干の緊張感を抱きながら再びルードの待つ二階の最奥の部屋前に侍女の一人を伴いやってきていた。
ルードと離れてからこの間、すでに二時間ほどが経過している。
(み、見苦しく見えなければ良いのですけど……)
何せ部屋の前に変わらず待機している騎士の二人が、何やら驚愕の表情を浮かべたまま硬直しているのだ。慣れない格好をしている自分はさぞかし珍妙に映っているのでは、と戸惑い後ろに控える侍女(三人の中の取りまとめ役で、モリーという名らしい)へ不安げな視線を送る。
(何故か)自慢に満ちた表情で微笑んでいる彼女は、硬直している騎士達に向けてコホン、と大きめに咳払いをして対応を促してくれた。
『皇帝陛下に、客人の準備が整いましたことのご報告に参りました』
入室のお伺いを、というモリーの言葉にハッと硬直を解除した一人が軽く頷き踵を返すとコンコン、二度のノックの後、『陛下、陛下の客人がお見えです。御目通りの許可を』そう扉に向けて声をかけた。
『……入れ』
程なくして聞こえてきた許可の声に小さくほっと息を吐くと、ゆっくりと開かれる扉の先へと足を踏み出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
side:ルード
『……本当に、度し難い程に愚かな連中だ』
部屋でシェイラの支度を待つ間、街へ調査に出していた影達から調査結果と様々な身勝手極まる借財などの証拠や言動、暴行の証言の記載された証拠に目を通していた俺は、険しくなる己の表情をそのままに嘆く。
影達が言うには、少し領主の後妻とその娘とあってか、ケインとやらの手が回っていたのか。
当初難航していた証言の確保は、とある娼館で働く娼婦の口から取れたのを皮切りに、意外なほど早く集まったそうだ。
その娼婦はどうやら領主の屋敷で勤めていた女らしく、ケインが他の使用人達を解雇後、屋敷から出た彼女らを裏稼業の男達に引き渡して他国へと売り飛ばしている現場を目撃し、急ぎ自ら辞表を部屋に置いて娼館に身を隠したそうだ。
ケインという男も、まさか伯爵家に雇われていた素性確かな家柄の女性が、自ら娼館に身を寄せようなどとは考えになかったらしく、見つかることはなかったという。
化粧や身なりを変え、日々客達の中から、街で後妻達やケインにより損害を被り恨みを抱く者たちから証言と証拠を集めつつ。
自身と同じく屋敷から出て身を隠している数名と繋ぎをつけ、街に潜むケインの手の者達の行動を見張りつつ証拠固めを、そしてそれらを手にいずれは王都の伯爵に訴え出ようとしていたことまで知るに至り、大した女だと珍しくも心中で感嘆の声を上げた程である。
彼女たちから情報を預かることの条件に、自分達ではなく、シェイラの身柄の保護を強く要求してきたのもまた良い。
(是非とも手元に欲しい人材だ……シェイラの専属侍女にでもなってもらうか)
もともと仕え、また彼女の身をこれほど案じているのだ。忠誠心は高かろう。
急ぎ影達にその女性達を秘密裏に保護するよう指示をして、さてこの証拠を元にどう踊らせてやろうかと黒い笑みを浮かべて考えを巡らせていると。
ノック音の後、外の護衛騎士から声がかかった。
シェイラの来訪を告げるその伺いに、チェストの引き出しにそれらをしまう。
事は彼女に関しての書類とはいえ、こんな書類を見て彼女が心を痛める必要はない。彼女はすでに9年もの歳月を一人で耐えてきたのだから。
『……入れ』
そう愛想なく入室の許可を出した俺は、彼女が侍女達にどう整えられたのかと、その様子を脳内で推察しつつニヤニヤとした笑いを止められない。この時俺は、多少まともになったかやあのボサボサ髪は果たして真っ直ぐになるのだろうか?といった、彼女にとって失礼な疑問を抱いていたのだが。
『失礼致します』
『……!!』
そう告げて入室してきた女性の姿に、それらは先ほどのだらしない笑い顔とともに遥か彼方へとすっ飛んでいった。
俺は知らず、息を飲んだ。
何度も洗われ櫛を通されたであろうあのボサボサ髪は、長く艶やかな赤髪へと姿を変え。
磨かれた肌は輝きを放っているかの如く白く。大きな二つの瞳は左右違う宝石の輝きを放って濡れたように妖しく潤み。
薄らと血色の良さを滲ませる顔には軽く化粧が施されているのだろう。お陰で腫れた頬の痛々しい赤みは見当たらない。
スッと通った小振りな鼻の下には吸いつきたくなるような形の良い蠱惑的な唇。
すらりとした身体に纏うのはシンプルなワンピースだが、簡素なだけに彼女の素の魅力が際立っており。
その身体つきは存外に悩ましく、酷く男の劣情を刺激する。
発せられる気は清廉。故に感じる強い誘惑。
(これは……『傾国』だ』
呆然と彼女を見つめる俺は、何か言葉を告げて気を逸らそうにも言葉が出ず。
また彼女の女神の如き姿が、俺に目を逸らすことを許さない。
『あの、陛下……?』
戸惑うシェイラの言葉にも応えることができず、知らず、光に吸い寄せられる虫のようにふらふらと彼女に近づき。
『へ、陛下…っ!?』
気がつけばギュ……と彼女を抱きしめていた。
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