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番外編 俺の本音は 2

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「気が付きましたか?」

 目が覚めたら見覚えの無い場所。…いや、少なくとも病院だろうか。

「道端で血塗れで倒れてたんですよ」

 はぁ、そうですか。と、返す。
 取り敢えず、職場に戻らないと…

「はーい、大人しくしてくださいねー」

 結局俺は体を殆ど動かすことなく数日が経過した。

―――――

「よ、ヒーロー」
「俺の名前はヒーローじゃないんだが」
「代名詞って知ってるか?」
「お前が俺を馬鹿にしているのは分かった」

 同僚、というか、二年の数学と三年の科学を担当している男、いずみ柳司りゅうじ
 減らず口を叩くこいつは放置に限る。

 暫く休みだった為に溜まっていた仕事を終わらせよう。

「ひっどいなー、人が折角心配とお祝いしようとしてるのによー」
「生憎俺は生徒がお前みたいな奴に変な影響受けてないか心配だったくらいだ」
「うっわ酷くね!?」

 自覚はあるのか?こいつはいまいち掴みどころが無い。だから非常に居心地が悪い。

「事情聴取ですら疲れるんだ、更に疲れさせないでくれ」

 これは、嘘。

「とか言って、本当は左手結構辛いんじゃねーの」

 こいつ、煩い。

「生徒が無事ならそれでいい」
「数日休んでても骨折とかはすぐに治らないっての。それに―――」

 泉の声が、急に色を変えた。

「心は、その数倍も治すに時間がかかるんだよ、馬鹿」

 どういう意味だ、と問い質したかったが、面倒だからやめた。
 だが、そんな俺の頭をこいつは撫でた。

「体にガタ来る前に、なんで相談しなかった」

 こいつ。全部知っていたのか?

「ま、少し手を休めるのもいいぜ?」

 なんでこいつは、俺に笑顔を向ける?少なくとも買いたての熱い缶コーヒーの味について、指摘されるまで甘いものだと気付かなかった俺を見て、「重症だな」と呟いたこいつの言葉である程度理解した。

 異常だったのは、俺の方だった。

 犬狼族に振り回されて感覚が麻痺して、結局後戻りできないレベルまで崩壊しているのだ、それに自覚すればするほど、俺の惨めさが見えてくる。

「…俺は、薄情者だな」
「あーそうだなぁ…どんだけ足掻いても犬狼族嫌いが早々治らないのは俺知ってるし。ニュースで犬狼族の話題になるとお前、顔色すげー悪くなるしな。表情変わってないのに顔色変わるの、ある意味器用過ぎだわ」
「…そうだな、そうに、違いない」
「でもさ。ある意味俺は羨ましいわ。あんたはこうやって教師してるけど、俺なら無理だ。絶対教師なんてできないし大神みたいな不良男子なんて相手にできないし。」
「いや、俺より真上の方が影響あるだろ。俺は、何もしてない」

 実際は、何もできなかった、の方が正しい。

「…俺も最初、犬狼族について信用してなかったよ。俺も彼女寝取られて目の前で俺とヤってた時よりも数倍色気のある声で啼いて腰振ってる姿見た時は、絶望したさ俺だって。最初は俺にもそんな奴の血が混ざってんのか、って恐ろしかったがな。」
「…おい待て、お前」

 冷たい風が、廊下と職員室を隔てる扉の隙間から漏れ、俺の理性を冷やした。

「曾祖父が犬狼族。それもちゃんと手順踏んで結ばれたカップルだってさ」

 今では関係ないけどな、と嗤うその姿は、儚げだった。

「…引いた?」
「…衝撃的だとは思った」
「つまり犬狼族と結ばれたところで、おおよそは変わらないんだよ。強いて挙げるなら…そうだな、肉が無性に食べたくなる、なんて時はあるかな」
「そこかよ」

 悪戯に微笑む泉は、何も変わらずに淡々と喋り続ける。

「俺は、犬狼族じゃなくて、普通の人間として、一人の人間として生きられて、まぁそこそこ幸せだぜ?過去なんて、結局振り返ったところで一銭にもなりゃしないし腹も膨れないし、恋人もできなけりゃ子供もできやしねぇ」
「…そう、だな」
「だからさ」

 泉が俺を見て真剣そうな趣きの声で射止める。

「俺を、抱いてみてくれねーか?」
「…は?」

 唐突の発言に、俺は理解が追い付かなかった。

「つーか、あれだ。ガス抜きっつーか。色々恨み嫉みをぶつける必要あるじゃんか。だから俺を使ってくれよ。俺も昔のあれで女にそういう目で見られなくなって、それどころかあんたと一緒に仕事してっと、妙にやる気出るっつーか…仕事がしやすいしお前が一緒なら少しはお前の面倒見られそうっつーか…俺、何言ってんだろうな!?」

 …つまり。こいつは俺に好意を持っている、ということか?

「あー、悪い。気持ち悪いだろ。男が男に『抱け』とかさ」
「いや、…お前に対して嫌悪感は、感じない」
「へっ」
「犬狼族に悪い奴は多くてもいい奴がいない訳じゃないのは理解しているつもりだ。あとお前はいつも気を利かせてくれている奴だとは思っていたし、居心地の良さは薄々感じていた、その筈だったんだが…そうか。お前は俺を選ぶのか」
「えっ、あっ…おぅ。お前を支えたい、つーか、仕えたい?」
「なんだそれ。まるでお前が召使いで俺が主人みたいな」

 なんだか、可笑しな話だ。

「あっ…今、笑った」
「…あ?」

 …あ、これだ。俺が無くしていたもの。

 これだ。俺が欲しかったもの。

 ずっと、空白になってたもの。
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