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第38話 真相

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 中野家の一角にしつらえられたテニスコートでは、直樹と新、拓海と律によるダブルス戦が繰り広げられていた。
 拓海による鋭い打ち込みを後衛に位置する直樹が拾う。直樹のショットは位置も速さも申し分なかった。普通なら間に合わないはずだ。しかし拓海のラケットはなんとかそのボールを拾い、直樹のコートに返した。
(間に合わない!)
 息を呑んだ直樹の動きはワンテンポ遅れた。その視界の中、前衛の新が左に走った。しなやかな動きでラケットを振る。
 皆の動きについていけていない律の前に、テニスボールが落ちた。
 ゲームセット。
 直樹と新の勝利だった。

◇◇◇

 拓海と直樹、そして律と新が握手する。それぞれベンチに戻って座り、直樹はスポーツドリンクを口にした。
「新は凄いな。本当になんでもできる」
 しみじみとした直樹の褒め言葉に、新は赤面した。
「そんなことないです。直樹こそ昔やったことがあるとはいえ、ブランクがあるのに短期間でここまで上達するなんて凄い」
 新はタオルを夫に差し出した。対戦相手の拓海は想像以上に強かった。直樹でも新でも、拓海と一対一なら絶対に勝てなかったはずだ。勝てたのは直樹も新もかなり高レベルなプレイヤーだったのと、律が足を引っ張ったのが理由だった。
 タオルを受け取った直樹は汗を拭こうとせず、配偶者のベータに囁いた。
「ありがとう。でも新の汗は拭きたくない。部屋で舐めさせてほしい」
 誘惑の声に、新は視線をさまよわせた。亀頭球を切除する手術は思っていたより早く終わり、術後一週間で新は直樹に抱かれた。亀頭球が無いぶん、痛みや違和感なしに奥まで直樹を受け入れることができて、抱かれるたびに激しく乱れてしまう。
「駄目です。今日は母と初めて会う日でしょう?」
「ああ。そうだったな」
 残念そうに言った直樹が、受け取ったタオルは膝に置き、先に自分のタオルで新の汗を拭いていく。その優しい手つきに、新は胸がいっぱいになった。
 前回、直樹が新の実家を訪れたとき、彼は応接室で新の父である忠彦に土下座した。自分が探し求めていた相手が律だと思いこみ、彼が拓海と駆け落ちしたことで怒り狂っていたとはいえ、忠彦の前で新をおとしめる発言をしたためだ。息子のためなら、彼を狙った中国マフィアを壊滅させるほど子煩悩な忠彦が、直樹から新を取り上げるために手段を選ばないことを思い知ったのだろう。
 新の汗を拭き終わった直樹は小さく呟いた。
「『謎に満ちた中野家当主』か」
「え?」
「知らないか。中野柊氏はほとんど外に出ないから、マスコミからそう二つ名をつけられている。俺は……新に何度もひどい言葉を浴びせたから、きっと嫌われているだろう。嫌われて当然だ」
 遠い目をする配偶者に、新は何も言えなくなった。両親に深く愛されている新と、両親に酷く裏切られた自分を比較するとき、直樹はいつも悲しそうな苦しそうな顔をする。新への異常なほどの執着も、完全には手に入らないベータ男性だということの他に、自分は誰にも愛されないという根深い不安があるのだろう。かける言葉を探しながら、新は直樹の膝の上に置かれた自分のタオルを取って、直樹の汗を拭いた。

「大丈夫」
「ん?」
「俺は父と母が何と言っても、絶対に直樹と離婚しない」
「新」
「だって、あなたがオメガの女性芸能人とデートしてる写真が週刊誌に出ても、十年間諦められなかったんだよ」

 違う、あれは!と必死に言い訳しようとする直樹に、新は声を上げて笑った。直樹自身を壊しかねないほどの狂愛は、新の勤め先にいた虫たちを外部企業に追い出したことでようやく落ち着いてきた。きっとそれは、新を信頼できるようになってきたからというのも大きいだろう。
「母と会うときは俺もついている。大丈夫だから」
 新が優しくなだめる。将来、中野グループの総帥になるだろう男は愛しいベータの言葉に「ありがとう、新」と頷いた。

◇◇◇

 二人はそれぞれにシャワーを浴びて、身支度を整えた。直樹は神経質なぐらい髪を整えたあと、何度も立ったり座ったりしている。新はたまりかねて椅子に座る夫の手を握り、その手を頬に当てた。
「直樹の手、冷たい」
 不安な気持ちが体温の低さに現れている。不意に二人の携帯端末が震えた。父の忠彦からだ。応接室に来るようにとのメッセージだった。
「そろそろ時間だ、行こう」
「ああ」
 校長室に叱られにいく子どものように、直樹は溜め息をついて椅子から立ち上がった。

 夕食にはまだ早すぎる時間で、呼ばれた理由が食事のためでないことは明らかだった。そもそも応接室という時点で、重要な話をしたいという意思表示だ。直樹の足取りがどんどんゆっくりになる。直樹にドアを開けさせるのは心理的負担が大きいと判断して、新は代わりにドアを開けた。
「母さん!」
「久しぶりだな新」
 立ち上がった男性は大股に新に近づくと、息子をしっかり抱き締め、一旦息子の体を離すとまじまじと見つめて、闊達に笑った。
「なんだ、忠彦から聞いていたのとは全然違う。痩せたどころか前より元気そうじゃないか」
 直樹は声も出せずに『謎に満ちた中野家当主』を見つめた。新に似ている。そっくりだ。そう思っていると、中野柊は直樹を見て破顔した。近づいてきて力強く握手される。
「初めまして、木南直樹くん。君と拓海が、もうじき中野の姓を名乗ってくれるなんて、嬉しいよ。ん? どうかしたか」
「いえ。新にあまりに似ておられるので」
「ほう。直樹は俺が新に似ていると思うのか」
 彼は面白そうに眉を上げ、夫である忠彦を見やって、「携帯端末で俺たちを撮ってくれ」と頼んだ。忠彦が複雑な表情で、直樹と柊と新を撮影する。
「見なさい」
 忠彦の携帯端末を覗きこんだ直樹は息を呑んだ。写真に映った柊は、明るい表情も意思の強そうな眼差しもたしかに柊なのに、むしろ律に似て見える。直樹は忙しなく写真と本人を見比べた。応接室にいる全員が、柊も、忠彦も、律も、拓海も、新も直樹を無言で見ている。
 ややあって、優しい声音で柊が言った。
「直樹は本当に新を愛しているんだな」
「はい」
 それだけは決して疑われたくなかった。直樹が柊に深く頷く。
「よし!」
 パンと手を打って、柊は応接室のドアから一番遠い家長席に置かれた一人掛けのソファに座った。その斜め後ろに忠彦が立つ。
「座りなさい。直樹が我が家の養子になる前に、話しておこう」
 そう言って脚を組み、ゆったりと微笑む柊は、まぎれもなくこの場の支配者だった。
 ローテーブルを挟んで律と拓海が、新と直樹が座る。中野柊は息子たちとその配偶者を見回すと、穏やかな声でその場に爆弾を落とした。

「律と拓海の駆け落ちは、私が二人に命じたものだ」

◇◇◇

「なっ!」
 驚愕の声を発したのは、直樹ではなく新だった。
「なんで……母さん……」
 喘ぐ配偶者の手を直樹はしっかりと握った。直樹を見て不安げに瞳を揺らす配偶者に一度頷いて安心させ、中野家の家長に「続けてください」と促す。柊は苦笑した。
「直樹は驚かなかったな」
「驚いていますが、どこかにやっぱりそうだったのかという気持ちがあります。律、ああいや、律様と拓海の駆け落ちはあまりにもタイミングが悪すぎた。二人の性格を考えれば、招待状を送る直前に出奔するぐらいなら、そもそも結婚話が持ち上がったときにするはずだ」
「家族になるんだ、様はいらん。新は今初めてこのことを知った。忠彦に教えたのは、律と拓海が中国マフィアに襲われてからだ。忠彦はこの手の腹芸は苦手だからな。そしてこいつ、いくら聞き出そうとしても、俺にすらネックガードの暗証番号を教えなかった」
 苦笑いする柊に、忠彦は憤然として言った。
「当たり前だ、駆け落ちして番になるなんて、父親として許せるわけがない」
 直樹は律の駆け落ちの謝罪に来たときの義父の顔を思い出した。キレていた自分に逆ギレしていた彼には、そういう腹芸は難しいだろう。直樹は末席から義母である中野家家長を直視した。

「動機を教えてください」

 柊は脚を組むのをやめた。軽く前かがみになって膝の上で手を組み、義理の息子を直視する。
「新がお前を愛したから。そしてお前が未来の中野家総帥だからだ」
「待ってください、それはおかしい。中野家の総帥になるのは、本来は中野家の家長の配偶者のはずだ。それじゃまるで俺が新を愛するようになるとわかっていたみたいじゃないか。だが俺は初めて律に会ったとき、律こそ俺が探していた人だと思った」
 異議を唱えた直樹に、柊は撃ち込むように言葉を発した。

「そうだな。さっき私を新そっくりだと言ったように」

 直樹は口を開いたけれど、そこから声は出なかった。そうだ。律に初めて出会ったとき、彼こそ例のオメガの少年だ、間違いないと歓びが満ち溢れた。
 ――何故だ。

「中野家の家長になるオメガは、そのアルファにとって最も愛おしい人に映る。そしてアルファもベータもオメガさえもその人のために尽くしたいと願うようになる」

 悪戯っぽく中野柊が笑う。
「錯覚は、一緒に過ごす時間が長くなればなるほど薄れる。でも尽くしたい気持ちは増強する。錯覚の話で納得できただろう、直樹が本当に求めていたのは新だ」
「わかります。新が俺の初恋の相手なのは間違いない」
「うん。新が愛したから直樹が中野家総帥に相応しく成長したのか、それとも直樹に中野家総帥の素質があったから新が恋したのか。卵が先か鶏が先かと同じで、どっちが先かはわからない。ただ、十年前の園遊会で新は生まれて初めて『どうしても出席したい』と我が儘を言った。俺には、この子は今日、将来の中野家総帥と出会うとわかった。そのときには律はすでに拓海と出会っていたから」
 あっ!と悲鳴を上げたのは新だった。
「だから母さんは珍しく、自分も園遊会に出ようと言ったんだね」
 そうだ、と柊は頷いた。
「あのとき、拓海が律を守り通し、直樹が新しか見なかったことで、直樹が新の将来の配偶者であること、そして中野家の総帥になることを確信した。豊橋興産の乗っ取りも見事だった。けれど新はまだ十四歳だ。時間が必要だった。俺は新が大学を卒業し、就職して環境が落ち着くのを待ってから、律と直樹のフェロモン適合検査を依頼した」
「それでこれまで兄さんと拓海は番えなかったのか」
 つらそうな新に、律が身を乗り出して「新、気にしないで」と声をかける。

「はじめからベータ男性である新との結婚話を持ちかけていたら、直樹は、いや自分に自信のあるアルファなら、誰でも拒否する。どうしても律との結婚だと偽装するしかなった。律が駆け落ちすれば、新はすすんで身代わりをつとめるのは、母親の俺にはわかっていた。この子はずっと君の記事を集めて読み返していたから」

「そうなのか⁉」
 直樹は驚いて隣に座る配偶者に尋ねた。新はうつむいて答えなかったけれど、その耳たぶの赤さが回答になっていた。
 柊はぐったりとソファに身をもたせかけ、独り言のように言った。
「中野家のオメガは、性淘汰を繰り返したすえに生まれてきた。アルファの最も望む姿になり、さらに共に過ごせば過ごすほど忠誠心を植え付ける。アルファが自分の遺伝子を多く残したいなら、発情期だけオメガを独占できるハーレムを作るのが一番合理的な選択だが、その性選択に対抗できるよう進化したオメガが俺たちだ。だから……」
 苦しげに柊は顔を歪めて新を見た。

「だからベータの新は、俺や律のために平然と自分を犠牲にしようとするんだ」

 直樹はその場にいる者たちを順番に見ていった。新は絶句しているが、他の者たちはこのことを知っていたのだろう。そこまで衝撃を受けてはいない。
 直樹は天井を仰いで深く溜め息をついた。
 新の自己犠牲精神は異常とも思えるほどだ。中学生のときに、律の身代わりとなって興奮した複数のアルファに輪姦されそうになったこと。2か月ほど前、律の身代わりとなって、復讐心に燃える自分と結婚したこと。何もかも心当たりがありすぎる。
 柊はソファから立ち上がり、直樹の前に来ると義理の息子に深々と頭を下げた。柊本人以外の皆が息を呑んだ。
「直樹、頼む。新を中野家自身から護ってほしい。この家に何かあれば、新は俺や律のために自分を捨てて皆を救おうとするだろう。そうさせないためには、お前に中野家を託すしかない」
「頭を上げてください!」
 直樹はさっと立ち上がって義理の母に頼み込んだ。柊が顔を上げる。直樹には柊にもう一つ確認しておきたいことがあった。

「中野家家長であるあなたの先見の明は素晴らしい。おっしゃるとおりだ。もしはじめから新との結婚を打診されていたら、俺は会う前に断っていたでしょう。でももし新と結婚しても、俺が新に恋をせず、酷い目に合わせたらどうするつもりだったんです。実際俺は初夜のとき、新が純潔だと知らなくて、あやうくレイプするところだった」

 しばらく柊は答えなかった。直樹は急かすことなく回答を待った。大きく息を吐いて、柊は苦笑した。

「さすがだな。君は一番痛いところをついてくる。俺は新がどう動くかは予見できた。だが君がどう出るかはわからなかった。きっと君は新を愛するはずだと信じていたけれど、もしそうならなかったらと、ずっとずっと不安だった。そうだね、万が一にも君が新を害したら、俺は拓海に命じて事故に見せかけて処分するつもりだったよ」

「母さん!」
 叫んだのは新だった。柊は息子に冷静に言い聞かせた。

「死んでしまえばどうしようもない。新にはもっといい相手と出会わせるつもりでリストも作っていた」
「そのリストは廃棄してください。俺は必ず新を幸せにします。その代わり新は俺のものだ、絶対に返しません」

 息子を返さないと言われて何か言おうとする忠彦を、柊は制した。直樹は柊に深々と頭を下げた。

「お願いします。新の母として、彼の意に反して新を奪うことはしないと約束してください」
「約束する。ただし、新から別れたいと言われたら話は別だぞ」
「はい。そうならないよう力を尽くします」

 柊は頷き、目を閉じた。
「直樹と新が互いに求め合う相手と結ばれたのは良かったが、律には婚約を一方的に破棄する身勝手な人間だとの烙印を押してしまった。俺は母親失格だ」
「そんなことないよ。どのみちここまで荒っぽいことしないと、父さんは俺と拓海のこと認めなかっただろう?」
 律になじられても、子煩悩な忠彦はむっつりと言った。
「俺は子どもたちにはずっと家にいてほしかった。柊にベータの新は外に出してやれと言われたから、仕方なく就職を認めたが、いつでもうちに帰ってきていいんだぞ」
 全員から白い目を浴びても、忠彦はふんと鼻を鳴らすばかりだ。いまだに子離れできないでいる夫に、柊は仕方ないなという慈愛の眼差しをむけた。
「忠彦は優秀すぎるアルファの典型だ。愛するものを手放すことに恐怖と苦痛を感じる。だから彼は君に対して、週末婚だなんて新を愛してないからだと決めつけた。だがそうじゃない」
 そう言って中野家の家長は直樹に向き直った。

「本性に逆らって愛するものを外に出すのが、アルファにとってどれだけつらいことか、俺にはわかる。新のベータ性を尊重してくれてありがとう。本当に、心から感謝している」

 その言葉に、直樹の両眼はじわりと潤んだ。わかってくれる人がいた。新以外にも、自分の苦しさを理解してくれる人がいた。直樹は思わず柊の手を握った。

「俺は必ず新を、そしてこの家と中野グループを守ります。そのかわり一つだけ頼みがあります」
「言ってみろ」
「俺は両親から捨てられた男です。だから。あなたと忠彦氏に、俺の両親になってほしい」

 柊はくっきりした美貌に泣き笑いを浮かべて、血の繋がっていない『息子』を強く抱き締めた。

「馬鹿だな。直樹も拓海も、とっくに俺たちの息子だ」
「柊~!」

 番のオメガが義理の息子とはいえ他のアルファに抱きつくのを見て、忠彦が哀れな悲鳴をあげた。柊が、直樹が、新が、律が、珍しく拓海までもが声を上げて笑う。
 笑いながらも新はたまらない気持ちになった。幼い頃から両親に愛情を与えられなかった直樹の願いが、愛しくて切なかった。直樹はそっと義母から離れると、複雑な顔の忠彦のところに行き、頭を下げた。

「お父さん。新のSTP分析は見事でした。俺にも中野グループの経営について教えてください。お願いします」

 ふーっと溜め息をついて気持ちを切り替えた忠彦は、大きく首肯した。
「ああ。新を、中野グループを頼む」
「はい。そして律、拓海。俺は子どもの頃から友達がいなかった。俺と友達になってもらえないか」
「もちろんだよ!」
 律が顔を輝かせる。拓海も頷き、ふと思いついたように言った。
「直樹。友達として忠告するが、新が実は、律よりモテることは知っているか」
「モテるのは知っているが、律よりというのは初めて知った」

 そうなのかい?

 直樹が眼の笑ってない、ヤバい笑顔を浮かべて新を見つめる。新は無意識に後ずさった。空気を読まずに拓海は続けた。
「新にちょっかいをかけていた社員を、人事交流の名目で関連企業に追いやっただろう。交代要員としてやってきた社員たちは、前にウェブ会議で新のプレゼンを聞いて、志願したアルファが多い。たくさん相談を受けているんだよな、新」

 なるほど。相談女の手口か。

 直樹の声の温度が氷点下まで急降下した。新は声を上ずらせた。
「いや、だって、仕事のことだよ。聞かれたら教えないわけにはいかないじゃないか」
 さらに拓海が追い打ちをかけた。
「新は優しいし、頭が良いし、容姿は世界一美しい律に似ている。ベータ男性でも構うものかと噂になっていて……」
「失礼。俺と新の夕食は部屋に運んでいただけないでしょうか」
 直樹から立ち昇る、燃え盛るような嫉妬のフェロモンに、さすがの拓海も黙った。
「新。誰にどれぐらいの頻度でどんな相談をされているか、話を聞かせてくれるね」
 猫撫で声で言って、配偶者であるベータ男性の体を軽々と抱き上げる。直樹が発するあまりにも濃いフェロモンに、中野家の者たちはアルファもオメガも一瞬気圧されたが、顔を赤らめた新が夫にしがみつくのを見て二人が去るのを大人しく見送った。
 律がキッと拓海をにらみつけて、彼のたくましい胸板をぽこぽこと握りこぶしで叩く。
「もうっ、拓海のバカ! せっかく久しぶりに大好きな新と一緒に食事できるって思ってたのに!」
「すまない律」
 ブラコンの律が自分を放置して新にまとわりつくのを阻止するため、わざと直樹を焚きつけた策士は、最愛のオメガを優しくなだめた。
「悪かった。夕食は無理だったが、明日の朝食のときに、新とおしゃべりしたらいい」
 それは無理だな。直樹の様子からして新は夜通し抱き潰されるはずだ。
 中野家家長とその配偶者は思ったが、あえて言わなかった。

◇◇◇

 嫉妬の濃いフェロモンを撒き散らして、最愛のベータを抱えた直樹が大股に新の部屋に向かう。新にはその強すぎるフェロモンすら心地よかった。くすくすと忍び笑いを漏らすと、端正な夫にギロリと睨まれた。新がうっとりと愛する人に尋ねる。
「俺、またフェロモン漬けにされるの?」
「嫌なのか」
「ううん、嬉しい。あのね、俺、直樹のちんぽしゃぶるの大好き」
 愛するベータの大胆すぎる発言に、直樹はその場に立ち止まって新を見つめた。至近距離で新が誘惑するように微笑む。男性器の呼び方は完全に直樹の影響だ。直樹は清らかだった深窓の令息がそんな淫語を口にすることに、信じられないほど興奮した。しばらくして再び歩き出したけれど、その動きはぎくしゃくしていた。
「新は、その、口でするのが好きなのか?」
「下手なのはわかってるけど、俺がしゃぶりながら上目遣いで見上げたら、凄く大きくなるのが好き。でも直樹にされることならなんでも好き。俺の奥を突きながら乳首をきゅってつねられるのとか」
 ううと唸って再び直樹は立ち止まった。
「新。そういうことを言ってはいけない」
「ド淫乱だから?」
「違う。手加減できなくなるからだ」
「手加減しないで」
「新」
「誰も近づけないぐらい、フェロモン漬けにして。俺が直樹のものだって誰でもはっきりわかるようにしてほしい。ベータなら奪えるだろうと思わせないで」

 直樹のザーメンが飲みたい。

 愛らしい唇から出てきたその願いに、直樹は動けなくなった。股間が痛いぐらい充血して、「今、ここで彼を犯してしまえ」と主張している。奥歯を食いしばる夫を見て、新は再びくすくすと笑った。ほんの少し落ち着いて、直樹はゆっくりと歩いた。ようやく、やたら遠く感じられた新の部屋の前にたどりつく。
「早く、俺のことめちゃくちゃにして」
 配偶者の願いに哀れなアルファは呻くと、部屋の中にすべりこんで、可及的速やかにその願いを叶えた。





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みんなの感想(49件)

もくれん
2023.12.26 もくれん

奨励賞おめでとうございます!!😭✨

沢山の作品の中から、好きな作品が選ばれて、とっても嬉しいです☺️!!

これからも応援しております🥰!!

貴宮 あすか
2023.12.27 貴宮 あすか

お祝いありがとうございます。何より、このお話を好きな作品と言っていただけて、とっても嬉しいです。いっぱい応援してくださったおかげです!

解除
たろじろさぶ

奨励賞おめでとうございます🎉
やったぁ〜❗
執着攻×健気受の名作です✨

貴宮 あすか
2023.12.25 貴宮 あすか

たろじろさぶさん、ムーンだけじゃなくこちらでも応援ありがとうございました!
名作と言っていただけて感無量です🔥
オメガバースで、アルファ×ベータもありな人が一人でも多く増えますように!

解除
iku
2023.11.30 iku
ネタバレ含む
貴宮 あすか
2023.11.30 貴宮 あすか

ムーンにしか置いてない番外編もあるので、よかったら読んでみてください(人´∀`).☆.。.:*・゚
直樹は自分が新を壊してしまうんじゃないかと怯えていますが、新は新で直樹の独占欲が心地良くて煽ってるので、とてもお似合いなカップルなのです💖💖💖

解除
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