上 下
29 / 38

第29話 告白(前編)

しおりを挟む
「思って、ない」

 声が震えた。
 わかっていたのに。
 こんな結末になることは、最初っからわかっていたのに。
 覚悟は決めていても、直樹から「どんなに俺を愛しても、お前を選ぶことはない」と宣告される衝撃は大きすぎた。 
 この場で死にたい。誰か殺してほしい。いや駄目だ、兄と拓海が番になるまで、なんとか直樹を足止めしなくてはいけない。
 新は真っ青になりながらも、震える声で言った。

「アルファ男性がベータの俺を選ぶわけないって、わざわざ言われなくてもわかってます。どんなに律になりたいと願ったって、俺は律にはなれない。オメガには、なれない」

 痛い。胸が苦しい。どうして俺はまだ生きているんだろう。どんなに努力したって、直樹の運命の番にはなれないのに。
(新が好きだ)
(俺と一からやり直してほしいんだ)
(恋人候補にしてくれと言っても伝わらないのはわかった。俺と恋人になってくれ)
 そう言ってくれたのが、つい2時間ほど前のことだなんて信じられない。覚悟はしていたけれど、『運命の番』は何もかも、すべてをひっくり返してしまう。この人の運命の番は律だ。本当は俺を殺してでもあの二人を追っていきたくて、ジリジリしているだろう。わかっているけれど、通すわけにはいかない!
 新は必死に言い募った。

「だけど。お願いだから兄のことは諦めてほしい」

 お願いだから。
 俺を。
 俺だけを、見て。

 直樹が深い溜め息をついた。新は体を震わせた。夫が近づいてきた。

「新。お前が律の代わりに俺と結婚したのは、拓海のためなんだろう?」
「拓海?」

 ここで何故その名前が出てくるのかわからなくて、新はオウム返しに繰り返した。新が拓海の名前を口にしただけで、直樹は刃物で刺されたかのように苦痛に顔を歪めた。

「結婚式のあと、俺はお前に、『俺と結婚するメリットはなんだ』と聞いた。けれどお前は答えなかった。……お前は、あの男の恋を成就させるために、ろくに知りもしない俺に身を任せたんだろう。そんなにあいつを愛しているのか。たしかに見た目はいい。それは認める。麻酔なしで手当されている間も、一度も悲鳴を上げなかった。精神的にも肉体的にも強いアルファで、魅力があるのもわかる。だがあいつはやめておけ。あの男はお前の兄しか見ていない」

 何を言っているんだろう、この人は。
 新はぼんやりと直樹を見上げた。拓海を好きって、それだけはありえない。たしかに彼は顔と運動神経と頭はいいけれど、彼のすべては律のためだけにある。律が「死ね」と言えば、躊躇いもなく命を投げ出すような性格破綻者だ。彼とどうこうなんて、考えたこともなかった。
 新は深く考える前に、真実を口にした。

「愛する人って、俺には直樹しかいない」
「嘘だ」
 間髪を入れずに否定されて、新は驚いてまばたきした。直樹の端正な顔がうっすらと赤くなった。
「そんなふうに可愛く目をぱちぱちさせたって騙されない。お前の兄が駆け落ちしたあと、忠彦氏と二人で謝罪しに来たとき以外、式までは会うこともなかった。それ以前にも会ったことはない」
「あります」

 消え入りそうな声で新はこたえた。鋭い目で探るように見られて、恥ずかしさに頬がどんどん熱くなる。

「十年ぐらい前、うちが主催した園遊会でお会いしました。あなたはきっと覚えてないでしょうけれど」
 多忙なこの人が、一度会っただけの少年のことなんて覚えているはずがない。
「兄と間違えられた俺が、父より年上のアルファ男性に声をかけられているところを助けていただきました。そのあと、あずまやで座っているとき、心配して声をかけてくれて、わざわざ外にペットボトルの水を買いに行ってくれた。……凄く嬉しかった」

 中野家の息子だと知らず、ただの少年である新に、初めて無償の優しさをくれた人。
 新は勇気をかき集めて、自分の夫に告白した。

「あなたが好きです。あのときからずっと」

しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

きみをください

すずかけあおい
BL
定食屋の店員の啓真はある日、常連のイケメン会社員に「きみをください」と注文されます。 『優しく執着』で書いてみようと思って書いた話です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

ベータですが、運命の番だと迫られています

モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。 運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。 執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか? ベータがオメガになることはありません。 “運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり ※ムーンライトノベルズでも投稿しております

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

君の番として映りたい【オメガバース】

さか【傘路さか】
BL
全9話/オメガバース/休業中の俳優アルファ×ライター業で性別を隠すオメガ/受視点/ 『水曜日の最初の上映回。左右から見たら中央あたり、前後で見たら後ろあたり。同じ座席にあのアルファは座っている』 ライター業をしている山吹は、家の近くのミニシアターで上映料が安い曜日に、最初の上映を観る習慣がある。ある時から、同じ人物が同じ回を、同じような席で見ている事に気がつく。 その人物は、俳優業をしている村雨だった。 山吹は昔から村雨のファンであり、だからこそ声を掛けるつもりはなかった。 だが、とある日。村雨の忘れ物を届けたことをきっかけに、休業中である彼と気晴らしに外出をする習慣がはじまってしまう。 ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

処理中です...