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第29話 告白(前編)
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「思って、ない」
声が震えた。
わかっていたのに。
こんな結末になることは、最初っからわかっていたのに。
覚悟は決めていても、直樹から「どんなに俺を愛しても、お前を選ぶことはない」と宣告される衝撃は大きすぎた。
この場で死にたい。誰か殺してほしい。いや駄目だ、兄と拓海が番になるまで、なんとか直樹を足止めしなくてはいけない。
新は真っ青になりながらも、震える声で言った。
「アルファ男性がベータの俺を選ぶわけないって、わざわざ言われなくてもわかってます。どんなに律になりたいと願ったって、俺は律にはなれない。オメガには、なれない」
痛い。胸が苦しい。どうして俺はまだ生きているんだろう。どんなに努力したって、直樹の運命の番にはなれないのに。
(新が好きだ)
(俺と一からやり直してほしいんだ)
(恋人候補にしてくれと言っても伝わらないのはわかった。俺と恋人になってくれ)
そう言ってくれたのが、つい2時間ほど前のことだなんて信じられない。覚悟はしていたけれど、『運命の番』は何もかも、すべてをひっくり返してしまう。この人の運命の番は律だ。本当は俺を殺してでもあの二人を追っていきたくて、ジリジリしているだろう。わかっているけれど、通すわけにはいかない!
新は必死に言い募った。
「だけど。お願いだから兄のことは諦めてほしい」
お願いだから。
俺を。
俺だけを、見て。
直樹が深い溜め息をついた。新は体を震わせた。夫が近づいてきた。
「新。お前が律の代わりに俺と結婚したのは、拓海のためなんだろう?」
「拓海?」
ここで何故その名前が出てくるのかわからなくて、新はオウム返しに繰り返した。新が拓海の名前を口にしただけで、直樹は刃物で刺されたかのように苦痛に顔を歪めた。
「結婚式のあと、俺はお前に、『俺と結婚するメリットはなんだ』と聞いた。けれどお前は答えなかった。……お前は、あの男の恋を成就させるために、ろくに知りもしない俺に身を任せたんだろう。そんなにあいつを愛しているのか。たしかに見た目はいい。それは認める。麻酔なしで手当されている間も、一度も悲鳴を上げなかった。精神的にも肉体的にも強いアルファで、魅力があるのもわかる。だがあいつはやめておけ。あの男はお前の兄しか見ていない」
何を言っているんだろう、この人は。
新はぼんやりと直樹を見上げた。拓海を好きって、それだけはありえない。たしかに彼は顔と運動神経と頭はいいけれど、彼のすべては律のためだけにある。律が「死ね」と言えば、躊躇いもなく命を投げ出すような性格破綻者だ。彼とどうこうなんて、考えたこともなかった。
新は深く考える前に、真実を口にした。
「愛する人って、俺には直樹しかいない」
「嘘だ」
間髪を入れずに否定されて、新は驚いてまばたきした。直樹の端正な顔がうっすらと赤くなった。
「そんなふうに可愛く目をぱちぱちさせたって騙されない。お前の兄が駆け落ちしたあと、忠彦氏と二人で謝罪しに来たとき以外、式までは会うこともなかった。それ以前にも会ったことはない」
「あります」
消え入りそうな声で新はこたえた。鋭い目で探るように見られて、恥ずかしさに頬がどんどん熱くなる。
「十年ぐらい前、うちが主催した園遊会でお会いしました。あなたはきっと覚えてないでしょうけれど」
多忙なこの人が、一度会っただけの少年のことなんて覚えているはずがない。
「兄と間違えられた俺が、父より年上のアルファ男性に声をかけられているところを助けていただきました。そのあと、あずまやで座っているとき、心配して声をかけてくれて、わざわざ外にペットボトルの水を買いに行ってくれた。……凄く嬉しかった」
中野家の息子だと知らず、ただの少年である新に、初めて無償の優しさをくれた人。
新は勇気をかき集めて、自分の夫に告白した。
「あなたが好きです。あのときからずっと」
声が震えた。
わかっていたのに。
こんな結末になることは、最初っからわかっていたのに。
覚悟は決めていても、直樹から「どんなに俺を愛しても、お前を選ぶことはない」と宣告される衝撃は大きすぎた。
この場で死にたい。誰か殺してほしい。いや駄目だ、兄と拓海が番になるまで、なんとか直樹を足止めしなくてはいけない。
新は真っ青になりながらも、震える声で言った。
「アルファ男性がベータの俺を選ぶわけないって、わざわざ言われなくてもわかってます。どんなに律になりたいと願ったって、俺は律にはなれない。オメガには、なれない」
痛い。胸が苦しい。どうして俺はまだ生きているんだろう。どんなに努力したって、直樹の運命の番にはなれないのに。
(新が好きだ)
(俺と一からやり直してほしいんだ)
(恋人候補にしてくれと言っても伝わらないのはわかった。俺と恋人になってくれ)
そう言ってくれたのが、つい2時間ほど前のことだなんて信じられない。覚悟はしていたけれど、『運命の番』は何もかも、すべてをひっくり返してしまう。この人の運命の番は律だ。本当は俺を殺してでもあの二人を追っていきたくて、ジリジリしているだろう。わかっているけれど、通すわけにはいかない!
新は必死に言い募った。
「だけど。お願いだから兄のことは諦めてほしい」
お願いだから。
俺を。
俺だけを、見て。
直樹が深い溜め息をついた。新は体を震わせた。夫が近づいてきた。
「新。お前が律の代わりに俺と結婚したのは、拓海のためなんだろう?」
「拓海?」
ここで何故その名前が出てくるのかわからなくて、新はオウム返しに繰り返した。新が拓海の名前を口にしただけで、直樹は刃物で刺されたかのように苦痛に顔を歪めた。
「結婚式のあと、俺はお前に、『俺と結婚するメリットはなんだ』と聞いた。けれどお前は答えなかった。……お前は、あの男の恋を成就させるために、ろくに知りもしない俺に身を任せたんだろう。そんなにあいつを愛しているのか。たしかに見た目はいい。それは認める。麻酔なしで手当されている間も、一度も悲鳴を上げなかった。精神的にも肉体的にも強いアルファで、魅力があるのもわかる。だがあいつはやめておけ。あの男はお前の兄しか見ていない」
何を言っているんだろう、この人は。
新はぼんやりと直樹を見上げた。拓海を好きって、それだけはありえない。たしかに彼は顔と運動神経と頭はいいけれど、彼のすべては律のためだけにある。律が「死ね」と言えば、躊躇いもなく命を投げ出すような性格破綻者だ。彼とどうこうなんて、考えたこともなかった。
新は深く考える前に、真実を口にした。
「愛する人って、俺には直樹しかいない」
「嘘だ」
間髪を入れずに否定されて、新は驚いてまばたきした。直樹の端正な顔がうっすらと赤くなった。
「そんなふうに可愛く目をぱちぱちさせたって騙されない。お前の兄が駆け落ちしたあと、忠彦氏と二人で謝罪しに来たとき以外、式までは会うこともなかった。それ以前にも会ったことはない」
「あります」
消え入りそうな声で新はこたえた。鋭い目で探るように見られて、恥ずかしさに頬がどんどん熱くなる。
「十年ぐらい前、うちが主催した園遊会でお会いしました。あなたはきっと覚えてないでしょうけれど」
多忙なこの人が、一度会っただけの少年のことなんて覚えているはずがない。
「兄と間違えられた俺が、父より年上のアルファ男性に声をかけられているところを助けていただきました。そのあと、あずまやで座っているとき、心配して声をかけてくれて、わざわざ外にペットボトルの水を買いに行ってくれた。……凄く嬉しかった」
中野家の息子だと知らず、ただの少年である新に、初めて無償の優しさをくれた人。
新は勇気をかき集めて、自分の夫に告白した。
「あなたが好きです。あのときからずっと」
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