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第22話 ウェブ会議

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 接続テストは問題なかった。
 ウェブ会議に接続したまま、カメラとマイクはオフにして、新は再び手元のスライドと読み上げ原稿に目を通した。
 怖い。ウェブ会議とはいえ、仕事で直樹と顔を合わせるのは初めてだ。あの人がどれだけ有能かは知っている。初めて出会ってから、雑誌や新聞に名前が出るたび丹念に記事を集めて読んできた。今日の会議でプレゼンに失敗して見限られたらどうしよう。
 ……いや。できる限りのことはしたじゃないか。自分自身を信じられないなら、自分を育てて教育してくれた両親を信じよう。

『定刻になりましたので、会議を始めます。聞こえますか? 聞こえない方はチャットでお知らせください』

 新はカメラとマイクをオンにした。いくつも分割された画面の1区画に、自分が映っている。
 本日の会議の議題は、新商品開発企画の主旨の擦り合わせと、具体的な商品の説明だ。この新商品はシリーズもので、複数の関連企業が関与する。こういうコンセプトの整理や焦点化は、資料を読んでくださいでは絶対に上手く伝わらない。
 一番最後までブラックアウトしていた区画に、男性の顔が映る。直樹だ。新の心臓が口から飛び出しそうなぐらい、緊張した。

『それでは中野主任、お願いします』

 来た。

『はい、ただいまご紹介に預かりました主任の、なかの、あらたと申します』

 人当たりのいい笑顔で挨拶した後、新は自分の世界に没入した。
 メイン画面にスライドを映し出し、聞き取りやすい声で、スライドの説明をした。自分が勤める企業が開発する商品について、潜在顧客の分類をし、その中でどういう顧客に焦点を当てるべきか、中野グループならではのブランド化の説明をしていく。
 自分にはできる。STP分析は父さんにも褒められたじゃないか。できる限り、既存の他社の商品展開も調べ上げた。どのような層に向けた、どのような商品展開にするべきかは、これしかないというところまで突き詰めただろう?

 たくさんのアルファが「ベータ風情に何ができる」と思って聞いているのが感じられた。
 その軽侮をねじ伏せる必要はなかった。新がやるべきことは、この新商品シリーズについて調査した結果、出てきた結論を述べるだけだ。尊敬されたり畏怖されたりは競争心の強いアルファに任せればいい。

『ご清聴ありがとうございました』

 新はプレゼンを終えて一礼すると、マイクをオフにした。しんと静まり返ったウェブ会議で、一番に拍手したのは直樹だった。次々に他の参加者たちが拍手する。嬉しさと恥ずかしさと誇らしさで顔が緩みそうになるのをこらえて、なんとか表情を保った。
 進行役が関連企業の人間を呼び出し、次のプレゼンが始まる。このウェブ会議に参集されたのは、自分以外はほとんどアルファだろう。それでも不思議なぐらい卑屈さは感じなかった。
 そうか。自分はもう、アルファになりたいとは思っていないんだ。
 体に絡みついていた重い鎖が、いつの間にか消えていたことにようやく気づく。きっとその呪縛を解いてくれたのは、直樹だ。自分にはできないことをあの人はできる。自分は自分のできることをすればいい……。
 新は発表者たちのプレゼンに聞き入り、夢中でメモを取った。

 新の携帯端末に直樹からメッセージが入ったのは、ウェブ会議が終わってすぐのことだった。
(先ほどのプレゼンは素晴らしかった)
 新はそのメッセージを何度も何度も読み返して、心に焼き付けた。直樹に仕事を評価されたのは初めてだ。すぐに(ありがとうございます)と返信して、ロックをかけた。
 顔の緩みを我慢するのは大変だったけれど、同僚からいい気になっていると誤解されないように表情を引き締めた。直樹に仕事ぶりを褒められるのは、好きだと言われるのとはまた違う歓びがあった。
 再び携帯端末が震えて、メッセージが届く。
(もし都合がつくなら、夜、食事に行かないか)
 新は驚いてメッセージを見たまま固まった。
 出かける⁉
 結婚して1か月は経つけれど、結婚前も後も、直樹と二人で出かけたことも、出かけようと誘われたこともない。新婚旅行には行ったけれど、あれは性処理の相手としてだった。こんなふうに食事に誘ってもらえるのは初めてで、せっかくの機会を逃したくなかった。だけど。
(すみません)
(これから今日の会議の結果をまとめて、社内共有資料を作るので、終業はかなり遅くなりそうです)
 どうしても今日は無理だ。会議の結果報告をして、資料作成しないといけない。ルーティンワークも溜まっている。
(わかった)
(急に誘ってすまない)
 引き際をわきまえたメッセージを、新はまたしても何度も読み返した。自分がどうしたいかは明らかだった。彼ともっと距離を縮めたい。セックスの相手としてではない、一人のベータとして見てほしい。彼に、仕事のことも話せる相手として評価されたい。
(でも金曜日なら定時に上がれます)
 直樹の家に行く金曜日は、同僚にも根回ししてあるから、早めに職場を出られる。この週末は祝日あわせて3連休だ。
(ありがとう)
(金曜日が楽しみだ)
(店を予約するから、都合のいい場所と時間を教えてくれ)
 矢継ぎ早に届くメッセージに心が高揚した。セックス目当てなら、金曜日の夜は駄目だと言うはずだ。いつも金曜日の夜は、連れ去られてすぐに彼の家の寝室に連れ込まれるから。そうではなく、外での食事を優先してくれたのは、仕事の話ができる相手と認められたんだろうか。そうであってほしい、そうだったらいいのにと思う。
 新は高まる期待のままに、携帯端末からメッセージを送った。
(俺も楽しみです)
 音漏れしないウェブ会議用専用ブースからノートパソコンを持って商品企画部のデスクに戻ると、デスクから一般参加していた上司に、「中野、すごい良かったぞ」と声をかけられた。
「ありがとうございます、すぐに報告をまとめます」
「頼む」
 会議の内容は録画してあるし、要点はメモしてある。報告書は本日中に作れるだろうか。社内共有資料の作成が大変だけど、そちらのほうは……。
「中野くん、いる~?」
 他部署の平山課長に声をかけられて、新は顔を上げた。ああ、この人もたしかアルファだ。
「さっきのウェブ会議、俺も一般参加してたんだけど、ちょっと聞きたいところがあってさ」
 質問を受けて、新は熱心に答えた。チラッとノートパソコンを見ると、開発技術部の藤田課長からも社内のコミュニケーションツールに(あのプレゼン凄かったな)とメッセージが届いている。

 身辺が一気に騒がしくなったけれども、新は充実していた。


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